「大丈夫ですか」

誰か思い出せないでいるうちに、男が口を開いた。
は、と訳も分からず声が漏れる。

「どうぞ」

上着を差し出されて、言わんとすることを悟る。

「いえ、だ、だいじょうぶです」

私は反射的に固辞した。
差し出されたのは白いスポーツタオルで、私が使えば汚れることは必須。

この惨状を見て声を掛けてくれたらしい。
ヤンキーだなんて思って申し訳ない。

「帰れねぇだろ、そんなんで」

「い、いや、でも、汚れちゃう……」

「別にいい。無いよりましだろ」

もごもごと答えているうちに、彼は面倒そうに私の腕にタオルを押し付けて歩き出した。

「え、ちょ……すみません」

わたわたと振り返り、背中に掛けた謝罪は届いたのだろうか。
男は振り返りもせず、さっさと町の中へ去っていった。

ぽかんとその背を見送り、私は手に残った見知らぬ男のタオルを眺める。
いったいどうしたものか。
でも、彼の言う通り、いくら暗いとはいえ、このどろどろの姿で帰るわけにもいかないし。

恐る恐る、タオルを肩に引っ掛ける。
サイズが大きくて、汚れた服を隠してくれるのが助かった。

最低な一日の最後、ひとつの親切のおかげで随分救われた。
私は小さくくしゃみをして、ようやく帰路へと足を踏み出した。
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