9
「そろそろ帰るか」
ぼんやりと時間を過ごし、日が傾いてきた頃、勇介がそう切り出した。
名残惜しくて立ち上がらずにいると、呆れたように勇介が私を見下ろし、手を差し出してくる。
帰りたくない。
もう少しここで涼んでいたい。
視線で訴えたが、勇介が私を睨むので、しぶしぶ手を持ち上げる。
するとぐいっと手首を引っ張られ、思いがけず強い力にどきりとした。
「白……」
立ち上がっても手が離れず、不思議に思って顔を上げる。
日に焼けていない私の肌に視線を落とし、勇介がぽつりと言葉を落とした。
掴まれた手首が熱くなる。
あのときの記憶がフラッシュバックする。
東京に行く、数日前のことだった。
引越すことが決まってからも、同じように日々は過ぎて、同じように勇介と過ごしていた。
寂しいとか、そんなことは口に出すことはなかった。言われることもなかった。
だけど、ある日の学校帰り。
右の手首を掴まれて、言われた。
行くな、と。
「日傘差してるから、でしょ」
赤く染まった顔を隠すように、私は下を見て答えた。
勇介も我に返ったように手を離し、視線を外して頭を掻く。
「帰るで」
勇介はそう言い、くるりと背を向けて歩き出す。
何事もなかったように。
あのときと同じように。
私は慌ててサンダルを履き、勇介の背中を追いかけた。
響く蝉時雨と私の鼓動。
こんな森の中では、この頬の赤さを日射しのせいだとごまかせない。
木漏れ日とともに揺れる勇介の影を眺めながら、私は熱に焦がされ、燃え尽きてしまいそうな感覚をおぼえた。
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