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そして、私たちはファミレスにいた。
彼はハンバーグを頼み、私はオムライスを頼んだ。
なぜこんなことに。
知らない人と食事なんて、ましてや男の人と二人なんて。
「小原菫」
「と、申します……」
そういえば名乗ってもいないと気がついて、慌てて名刺を差し出すと、彼は淡々と読み上げた。
「菫でいい?」
「は、はい」
「俺は龍之介でいいよ。龍でもいいけど。みんなそう呼ぶ」
龍之介。
意外に堅い名前だ。
「公務員なの」
「はい」
「俺も」
「へ」
「俺は教師だけど」
見てくれと違いすぎて、思わず驚きが表情に出た。
彼はそれを見て鼻で笑う。
「見えないって?」
「い、いや、そんなことは」
「もっと言うと国語の先生」
「えっ」
今度こそごまかせないような声が出た。
なので、慌てて取り繕う。
「じゃ、じゃあ、名前ぴったりですね」
「あ?」
「龍之介って」
「ああ」
「……すみません。私、芥川好きなんです」
それは事実だった。
昔から、人としゃべるのが苦手で、本ばかり読んでいる子供だった。
今も読む量は減ったとはいえ、毎日本を開いている。
「うん」
嫌な顔をされるかと思ったが、意外にも彼は目を細めて優しい表情をこちらに向けた。
出会って二度目だが、この人はこんな顔ができるのかと思ってしまった。
それくらい、柔らかな顔だった。
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