お友だち(偽) | ナノ

51


 満和の頭の中は混乱の極みにあった。
 思い出してみると、いつだって記憶の中には北山がいる。有澤の家に初めて来たときから今まで、ずっとそばにいた。そのことは揺るぎない事実だ。そして北山が優しかったのも穏やかだったのも賢かったのも全て満和の目に映ったこととして変わらない。

「変わらない……」

 知らない顔があったにしても、それは北山の違う面だということだ。受け入れる受け入れない以前に、そちらも事実として存在する。満和が知らない部分があったとしても当たり前だ。見せないようにしていたならばなおさら。
 有澤を狙撃したとき、北山はどんな気持ちだったのだろうか。知りたい。

「知りたい」

 談に敷いてもらった布団の上でぱちぱちと瞬きをする目はきらきらとした光を取り戻していた。むくりと身体を起こす。さらさらつやつやの黒髪が揺れた。ぷくぷくとした頬が色を取り戻す。

「みーわくん」

 障子の隙間から見ている鬼と目が合い、すっと頭の中が静かになる。世界で一番好きではない人物の登場だ。鬼島優志朗、ナツの結婚相手だということも、ふわふわへらへらした辺りも好きではない。好きではないだらけ。

「知りたい? 北山さんのこと」
「あなたから聞く気はありません」

 あらまあ、とにやにやしながら目元は冷ややかなまま。いつだって鬼島はそうだ。どれだけにやにやにまにましていてもよく見ると目元は冷たいままなのだ。そのギャップがまた恐ろしいと言える。
 何を考えているかわからない。
 何を思っているのかもわからない。
 何を感じているのかもわからない。
 それが満和から見た鬼島優志朗だった。

「あなたから聞く真実は真実じゃない気がする」

 にやーと口元が笑う。

「満和くんのそういう冷ややかなところが好きよ」
「ぼくは嫌いです」
「んー、いい切れ味」

 からりと障子を開け、ずいずいと入ってきた。ひょろりと長い鬼島が入ってくるとそれだけで圧迫感があるように思う。空間が狭くなるというか、息がしにくくなる感覚。満和にはそれが鬼島から放たれる存在感だとはわからなかった。

「そういう冷たい子には優しくしたくなっちゃうわー」
「近付いたら押しますよ、眼鏡を指で」
「悪魔みたいなこと言うのね! 眼鏡族にとっては眼球も同じことなのに!」
「知りません」

 まあまあ、と座る鬼島。胡坐をかき、だらりと上半身の重心を後ろに持っていく。両手を畳の上について。

「冗談はさておき、とりあえず聞いといて損はないって」
「何をですか」
「北山さんの真意。だいたい今頃行っても、ライ……直来あたりの警察が来てるからお話は聞けないと思うよ」
「……鬼島さんが本当のことを教えてくれるんですか?」
「信用ないなあ。そんな失うようなこと、満和くんに俺したっけ?」
「普段の態度です」
「それはそれは……直しようがない」

 直しようがない、とあっさり言ってしまう鬼島に冷たい眼差しを向ける満和。ナツがいるときにはこれほどあからさまな態度はとらないようにしているが、二人きりとなると話は別だ。
 今は北山のことが最優先だ、と自分に言い聞かせ、教えてください、と鬼島に言った。

「教えてください。北山さんのこと」

 にまりと鬼島が笑う。

「お代はあーりんから取っておくね」
「お願いします」

 さすがだ、抜け目がない。

「北山さんがなんて言ったか知らないけど、真実を語ってるのには間違いない。北山さんは嘘つかないからね」
「そうですね。ぼくも本当のことを言っていると思いました」
「だけど、北山さんは事実は言ってない。真実と事実は違うから」

 化かされているような気持ちになってきた。満和の頭の中が再びぐるぐるしだす。

「んん?」
「わからないって顔、最高に可愛いよ」
「そういうのはいいですから」
「はい。……北山さんは確かにあーりんを狙撃した。あの腕なら間違いなく撃ち抜けたのに、どうして頭を狙わなかったんだろう? 不思議だと思わない? お腹狙いだなんて一番不確実だわ」
「不思議、なんでしょうね」

 北山の腕は相当なもののようだ。あの腕ならば、と鬼島に言わしめるのだから。
 そして有澤がお腹を負傷したのは初めて聞いた。無事ならいいのである。

「発砲音は聞こえなかった。サイレンサーっていう消音装置がついてるからね。でも仮に、発砲されたのが二発だったら? 一発はあーりんのお腹を、一発は本当の犯人の弾をはじいてたとしたら? 北山さんが撃ったのは本当だけれど、また違う事実が見えてくるでしょ」

 ふむ、と満和が頷く。北山が有澤を守ったというならば、そちらのほうが事実に思えてくる。
 満和の居場所を壊すような真似を、北山はしない。
 そこには確固たる自信があるのだ。
 満和の頭の中のぐるぐるが晴れた。違和感はそれだったに違いない。どうして北山が、満和の足元を揺るがすようなことをしたのか。しかしそれが自分を、満和のいる場所を、有澤を守るためだったとしたら。しっくりくる。

「でもなんで……なんで北山さんはあんなことを? 正直に言えばいいのに」
「それは満和くん、時間稼ぎのためだよ」
「時間稼ぎ?」
「今、警察が追ってる。その先に上弦がうまいこと餌を撒いて、ルートを作ってるところ」
「上弦さん……シノちゃんの、お父さん」

 そうそう、と頷いて鬼島が微笑む。口元だけで。

「ぽろぽろネタをこぼして警察全体を動かすようなことは、上弦にしかできない。悔しいけど。でもあーりんのためだからまあ許す」
「鬼島さんは、もう誰がやったかわかってるんですか」
「わかってるわよ。でも先に捕まえたって無駄でしょ。多分同じ結論に警察は到達するからそれを待つつもり」
「犯人は……誰なんですか」

 にまりにまりと鬼島が笑う。

「満和くんの知らない人。あ、でもナツくんは一回会ったことあるかな」

 悔し紛れって怖いよね。
 鬼島の一言は、満和にはわからなかった。

「とりあえずライには帰ってもらうから、そのあと北山さんと峰太さんとゆっくり話すといいと思う。家で話してもいいし、ここに呼んでもいいけど、どうする?」
「……おうちに帰ります」
「じゃあ送ってく」

 有澤邸と鬼島邸の間にある押し戸を開け、どうぞ、と鬼島が促す。
 満和の目はもう迷っていなかった。鬼島を信じることでしか、今は自分も北山も守れない。

「鬼島さんも事実を話していなかったら?」

 ふと思いついて見上げながら言った。
 鬼島はひひひと奇妙に笑う。

「北山さんと満和くんとあーりんが幸せなら、そのほかの道筋なんてどうでもいいと思わない? たまには自己中心的になるべきよ」

 少し首を傾げながら、満和がこっくり頷く。
 これはわかっていないな、と鬼島はにまにましていた。満和やナツには、多少鈍感なままでいてほしい。


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