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幼い頃の見た目の印象はまじめそうとか優しそう、という当たり障りのないものだった。その仮面をかぶるようになったのはずっと幼い頃のこと。そうでなければ施設で生きてはいけなかったし、自分を歪めてでもそうしなければならなかった。
歪めて、歪めて、そのひずみが悪い意味で解放されたのは、中学生の頃。
覚えている限り、十三、四歳の時には人を殴り蹴り、物理的にも精神的にも踏みつけて屈服させることに快感を覚える質だった。人を騙し陥れ、順調に進んでいた関係をぶち壊して憎み合わせて揉めさせて、関係が破綻するのを見るのが大好きだった。何よりも。
たまたま見かけた自殺志願の後輩を見かけて、最初は適当に優しくしてやって、懐かせて楽しんだ。警戒心というものがあるようなないようなその後輩を通じて、人を手懐ける楽しみを手に入れた。
陰から人を弄ぶ面白さに浸り切り、セックスも暴力も博打もたまらない楽しみ。
年上の男女を引っ掛け、うちへ転がり込んでヒモ生活をしながら売ったり買ったり。寝て起きて食って賭けて、揉めて殴って。
身体が大きくなると負けることもなくなり、知恵もついてより上手に、大きな場所で立ち回れるようになった。町を仕切る暴力団には疎まれ、不良共には敬遠される存在。
「いつか殺されますよ」
高校で出会った後輩が、いつも言っていたことば。それならそれで良かった。死んでしまえば楽になる。何を考えることもない、誰も困らない。
そんな風に考えていたある日、豪雨の中、ひっかけた女と一緒に歩いていたところを後ろから急に刺された。最初は痛みもなく、突然後ろから勢いよくぶつかられたくらいの感覚。悲鳴を聞いて、痛みを覚えて、ようやく刺されたことに気付いた。
刺してきたそいつは顔も覚えていないような奴。よくわからないことをわめきながら消え、一緒にいた女も関わり合いたくなかったのか走り去った。
雨が血を流す。
とりあえず柄を身体からはみ出させたまま、しばらくふらふらと歩いた。
痛みと出血と冷えで、体力が奪われてゆく。
ゴミクズみたいな人生だ。ここで終わったところで構わない。
そんなふうに思った。雨の中で死んで、肉体も流れ出して跡形もなくなったら便利なのに、とよくわからないことを思いながら、ごみがたくさん集められていた場所に倒れ込んだ。
布団に寝かせたナツくんを見る。この子がいてくれたおかげで今の俺がある。
大切で愛しい。
愛しすぎて、俺だけの存在にしたい。俺だけに感情のすべてを向けてほしい。
世の中の正誤は関係ない。俺だけのものだから。
「あなたは誰ですか」
ナツくんが気を失う前に行った言葉。
俺が誰か、出会いがいつか、なんて何も思い出さなくていい。俺にとって尊いと思える日々だけど、ナツくんは何も考えなくていい。
「俺は『鬼島さん』で、君は『ナツくん』だよ」
そう。それでいい。
何も思い出さなくていいんだ。
夏輔さん。
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