人為的な記憶喪失












少女はパチリと瞳を開く。

その蜂蜜色の瞳をでくるくると辺りを見回し、

見た事のない部屋に

小さく眉をひそめる。


「あっ起きた!」


びくり。

少女の体が小さく跳ねる。


「よかった〜もう目覚めないのかと

 思っちゃったよ!

 なんせ一週間近くもずっと眠ってたんだからね!」


ぺらぺらとよく喋る少年―――アベル。

しかし少女は

その言葉の意味が分からないとでも

言うかの様に、

ただ困惑した表情でアベルの事を

見つめる事しかできなかった。


「……ねえ、どうしたの?

 さっきっから一言もしゃべんないけど……?」


ふわりとアベルの手が

優しく少女の手を包もうとした

その瞬間――――――





パシンっ………!





「……え……?」


その手を思いっきりはらう少女。


「…ど、したの……!?」


その少女の様子は、どこか普通ではなかった。

困惑と戸惑い。

それらが混じり合った瞳で、

少女はアベルの事をただただ無言で見つめる。


そんな異様な光景の中、

なんとも平和的で呑気な音が

部屋の中に響いた。



『グ〜………』



「……え?」


ふとアベルが少女の方を見ると、

少女は顔を真赤にさせて俯いていた。


「…あぁ!

 お腹空いたの!?

 確かに一週間点滴しかしてなかった

 みたいだしね!」


悪魔でもニコニコと笑いながら、

少女に優しく声をかけるアベル。


「アカネって言う子も連れてくるからさ、

 今のその状況で食べれそうな物は

 どんな物かとかさ、

 色々判断してもらおうね」


そう言って、

アベルは部屋から出て行ってしまう。


少女はその扉をじっと見つめながら、

すぐ横にかかっている

一つの鏡に視線をさ迷わす。


(……だ、れ………?)


そこには少女の顔が写っているのだが―――

―――少女には

自らがどういった者なのか、

全くもって分かっていなかった。


(わたし、だれ………?)


それに伴い

感情を言葉に変換する方法、

つまりは

喋る方法や自らの言語を忘れてしまったりと、

一種の言語障害を起こしながらも、

少女は今現在、







記憶喪失を起こしていた。








「……なるほど。

 『記憶喪失』と『言語障害』、

 その他にも多分

 様々な問題をこの子は抱えているわ」


アカネという少女は

かなり高度な医療技術を持っているらしく、

まるで一流の医者の様に

てきぱきと少女を診察していき、


この様な診察結果をもたらしたのだった。


「…な……!?

 でもここに運んでくる前は、

 すらすらと言葉も喋れてたよ!」

「…………、」


アベルが目を大きく見開かせながら、

言葉を紡ぐ。

その様子を黙って見ていたアカネだったが、


「………アベル、貴方に少し

 確認したい事があるわ」


そう言って

その場からストンと立ち上がった。


「少しここで待っててくれないかしら?

 すぐ戻ってくるから」


少女にはアカネやアベルの言っている

言葉の意味が

なんとなくしか理解できていない為、

(これも言語障害の一種だと思われる)

曖昧にこくりと頷く少女。


「そう…いい子ね、貴方は」


アベルと違って、と付け足すと、

アカネはよしよしと少女を安心させるかの様に

頭を撫でる。


少女はほんのりと赤く頬を染め、

にこりと、

アベルがニホンから連れ去った時には

一度も見せた事もない笑みを、

いともたやすく見せてみせた。



「「……っ!!」」



その笑みを初めて見た二人は、

一瞬にして固まってしまう。


その笑みがなんとも可愛らしいもので、

自分が異性だろうが同性だろうが

そんなものを通りこして―――

ドキリと、

胸が高鳴るのを感じてしまった。




少女の兄、青龍空海と

少女の姉、青龍冷華は

ニホンの中でもそれはそれは

容姿が綺麗な事で有名なのだ。


そんな二人の妹が

容姿が綺麗じゃないはずもなく、

その笑み一つで

大量の男を落とせるのではないかと

本気で疑ってしまうほどだった。


しかし少女がまだ青龍千歳として

生きていた頃、

それはそれは無愛想な顔しかしていなかった為、

その笑顔は

少女の身近な人物(特に少女の兄)だけの

特権となっていた。




しかし、

少女は今現在

『青龍千歳』としては生きていない。

家柄のしがらみから解放され、

全ての期待、反感を全て忘れてしまった少女は、

今や何者からも制限される事がなく

自らの全てを曝け出しているのだ。



「え、あのえっとその………」

「…えっええっと………」


顔を赤くして慌てふためく二人を余所に、

少女はそんな二人を不思議に思いながらも

小さく首を傾げる。


「…とっとりあえずアベル、

 廊下に行くわよ」

「あっう、うん!」


あまりにも不自然な、会話。

二人はそんな様子のまま、

顔を赤くさせながら

部屋から出て行ってしまった。










「すっ凄い可愛かったぁ……!」


廊下に出てからの第一声。

アベルはハァァァと大きなため息をつきながら

真赤なままの顔で

アカネの方を見た。


「なんであんなに可愛いの!?

 今まで見てきた女の子の中でも

 一番可愛いよ!!」

「……確かに凄い可愛かったわ。

 一瞬ドキッとしちゃった位だし……」


こちらも真赤な顔のまま、

アベルの方を向く。


「……それよりも、アベル。

 あの子はニホンに居た時は本当に

 記憶喪失なんて起こしてなくて、

 正常な状態だったのね?」

「うん、

 正常だったかわりに

 ボク達に凄い無愛想でさ、冷たくてさ、

 ボク的には今の方が好きだな〜」


デレリ。

可愛い女の子が非常に好きなアベルは

頬をゆるませ、

先ほどの少女の笑みを思い出しながら

一人にやにやと笑う。


「……貴方みたいな人の事を

 女ったらしって言うのよ」

「分−ってるよ!

 これでも自覚はあるつもりだってば!」


少年は幼いながらも――

女ったらしという誠に不名誉なあだ名を

周りからはつけられていた。


「だってしょうがないじゃん!




 あの時はそういう事位しか

 娯楽はなかったんだから!」




「………」


アベルの意味深な発言。

その元凶全てを知っているアカネは―――

そんなアベルの事を

なんとも言えない表情で見つめる事しかできなかった。


「ボクらはあそこから逃げ出してきた大罪人で!

 地上ではボクらを探す

 沢山の人達が居て!

 そんな状況下の中で

 表の世界で生きれるはずもなくて!

 ボクらは、

 ただ裏の仕事に就くしかなくて、

 ただ裏の世界で生活するしかなくて!

 裏の世界にはお菓子屋さんも

 学校もボクらと同年代の子供も居なくて!

 何も無くてッ!!」


アベルの瞳には――無数の狂気が入り混じる。


「娯楽なんて

 むさい男とするポーカーと

 女遊び位しかなかったんだよ!

 それなのにっそれなのにそれなのにそれなのにぃっ………!!」


アベルはギュっと自らの頭を抱く様にして、

その場にしゃがみこんでしまった。


「…アベル……、」


そんなアベルを心配し、

アカネがアベルの肩に手をかけようとしたが―――



「触るなッッッ!!!」



パシンっ!


まるで自らを守るかの様に―――

アベルの周りにはいくつもの防御陣が

浮かんだ。


「触るなッボクに触るなッ!

 触るな、触るな、触るな触るな――――――」


「アベル!!」


ハッと。

瞳の中は正気と狂気が混じる。

アカネはまっすぐと、

強い意志の持った瞳でアベルの事を見つめる。


「いつまで過去に囚われてるの!

 いい加減っ!

 いい加…減…………っ…………、」


アカネの瞳には目一杯溜められた涙。



「過去じゃなくって

 現実≠ノ目を向けてよ………ッ!!」



「……!!!」


アカネは悲しいのだ。

こんなにもアベルとの距離が近いのに、

自分の事にも、

他の仲間達の事にも、

まるで目を向けてないのだ。


アベルが目を向けているのは、

もう終わってしまった過去の話。

アカネはキュッと強く拳を握り、

今にも零れ落ちそうな涙を

必死に流すまいと我慢していた。


「……ご、めん………。

 ……ごめん、アカネ」


正気が瞳に充満するアベル。

すぐそこに、

すぐ傍に居るアカネの手を、

固く握られているその拳を

優しくその手で包みこみ、

ふわりと笑みを浮かべてみせた。


「…もう大丈夫。

 そうだよね、

 ボクは今や『ラルトの適合者』………

 あの頃のボクとは違う」

「……アベル………」

「ちゃんと皆の方を見てるよ。

 でも、

 時々過去の記憶が頭をよぎるんだ……」


それはアベルのトラウマ。

アベルが時折狂ってしまう、

原因、元凶。


「……ごめんね、アカネ」

「……ううん、ごめんなさい。

 私こそとり乱しちゃって……」

「アカネは悪くないよ。

 悪いのは……ボク」


一瞬だけ。

寂しそうな顔をした後、

アベルはまたいつもの笑顔に戻っていく。


「それよりもさ、

 今は向こうで待ってる千歳ちゃんの話をしよ!」

「……そうね、お互い様ね」


少しばかり乱暴に涙をぬぐうと、

アカネもいつも通りの表情を

顔には浮かばせた。


「ここまであの子を運んでくる間、

 何か余計な事をしなかった?

 何か強い衝撃をあの子に与えちゃったり、

 ショックを与えちゃったり、」


はたまた、

そう言うとアカネは何かを探る様な目つきで

アベルの事を見ながら、

ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「激痛を……与えちゃったり………、」

「………激痛……?」


あの時の事を、少女を運ぶ時の事を、

思い出していくアベル。




「――――そんな薄っぺらい偽物の運命なんて、

 ボクが、

 全て拒絶してあげるよ






「――…………あ……」


一つ、思い出される事。


「……心辺りがあるんでしょう?」


アカネが呆れた溜息をつきながら、

ジッとアベルの事を見つめる。


「……千歳ちゃんがボクの『ラルトの声』を

 聞き取れるんだって事が嬉しくてさ、」

「うん」

「千歳ちゃんの意識を飛ばす時にさ、」

「うん」

「千歳ちゃんに………、





 ボクの『ラルトの声』を

 めいいっぱい聞かせて

 無理矢理意識を飛ばせちゃった☆」





「……アベル、貴方ねぇ………。

 自分がなんのラルトの適合者か分かってるの?」


アカネは鋭い目つきでアベルの事を睨む。


「『拒絶』よ?

 貴方はラルトの中でも

 無系≠ノ入る部類なのよ?

 貴方は適合者だから感じないのかもしれないけども、

 貴方の『ラルトの声』は他人からしてみたら

 一言聞いただけでも

 凄い激痛が走るのよ?」


過去に

アベルの『ラルトの声』を聞いた事があるアカネは、

その余りにも凄い激痛を再び思い出し、

ぶるりと身を震わせた。


「それが原因ね。

 まあ一瞬の……

 自己防衛本能が働いたんでしょう。

 貴方のおかげで

 あの子は記憶を全て失って、

 あまつさえ

 喋る事もままならなく―………」

「……ボク、

 相当悪い事しちゃったみたい?」


冷や汗を流しながらも、

可愛らしく首を傾げるアベル。


「そうよ。

 だから少し反省をしなさい」


そして次の瞬間、




ドカンっ!!!!




何かの爆発音にも聞こえるその騒音は、

地を軽く揺らした。


「いったぁぁぁぁ……!!」

「当然の罰よ」


アベルの頭には、

それはそれは大きなコブができ、

アカネは自らの拳を

きらりと差し込む光に反射させた。


「私はこれで許すつもりだけれども、

 でも、

 この事実を知ったあの子が許すとは

 限らないわよ、アベル」

「……!」


ピクリ。

肩を震わすアベル。


「そりゃあそうよね〜

 自分の記憶喪失は人為的に

 起こされたものだって知ったら……

 しかもその犯人が自分の

 すぐそこに居る人だって知ったら………」


……アカネは黒い笑みを絶やしながら、

拳をびしっとアベルの方に突きだす。



「絶・対・に・殺・る」



「ヴっ………」


顔を真青にさせるアベル。


「どっどうしよう……!」

「……まあ今はあの子の体調を

 戻すのが先ね。

 あの子の体調が元に戻ったらきちんと謝りなさい!

 いいわね?」

「うっうん………」


うっすらと涙を浮かべながら、

アベルは観念したかの様に呟いた。








コンコン。


「入るわよー」


がちゃりと扉を開ければ、

そこにはベットに眠る少女が居た。


「……待ち疲れって奴かしら?」

「……多分……」


あからさまにテンションが下がっているアベルの背中を

バシリと叩き、

アカネは少女を見つめながら、

言葉を紡ぐ。


「……きちんとこの子と向き合いなさいよ」

「……努力はする」


自分が犯してしまった過失に

強い後悔と反省をしながら、

アベルもアカネと同じ様に

ベットに横たわる少女の事を見る。


相変わらず少女はとても可愛らしく、

見ている内に

まつ毛が長いだとか、

ほっぺが桜色だとか、

唇がぷっくりしていてそこにキスしたいだとか、

髪が絹みたいに綺麗だとか、

肌が透けそうな位白いとか、


色々と健全な事も、やらしい事も思ってしまい、

別の意味で再び少女から

視線を逸らす。


「……でも決してこんな誘惑には負けないよ、

 絶対謝ってみせるんだからっ………!!」


しかしその思いもむなしく、

少女に謝るのがだいぶ遅れてしまうのは

もう少し先の事。


そして、



少女に謝るのが遅くなってしまった事により

少女に疑心暗鬼の芽が生えるのも

もう少し先の事だった。















 ▼後書きのコーナー

 まあつまりはですね、

 主人公千歳の記憶喪失はアベルのせいだという事が
 この話の中では一番重要になりますね!←
 よく意味分かんないわ〜
 とか言う方は
 今回の話と照らし合わせながら
 日常→非日常編をもう一度読んでみてください!


 アベル、ラルトの適合者の中でも
 一番のトラブルメーカーですけども、

 ここまでやっちゃったかぁ……!

 ……というのが管理人の本音です←
 過去サイトでは
 この時のアカネがもっと黒くて
 冷徹な発言をしてます……。
 
「まあ記憶がないんだったらその分逆に
 利用できるかもしれないわね(黒微笑)」
「……Σ(・・;)!!」

 ……でもその発言が余りにも
 冷た過ぎたので、
 ちょっとカットしました←
 嫌っこんな発言しても
 アカネは千歳の事ちゃんと好きですからね!
 勘違いしちゃ駄目ですよ!←←



 





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