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(6)

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走れ!走れッ!
そんな、まだ戦っているんだぞっ!
まずは自分の命のが大切だろうがッ!
ぉ、おいっ、待て…!
……あ…?くそッ!ここまで来たのに──!
天井の高いトンネルのような通路に声が反響する。
血に汚れた拘束服の男たちが琥珀に気づき、足を止めた。
場にそぐわないスーツ姿に、間を置かず眼の色を赤黒く変化させる。
「っ、てめぇ"白鳩"か…!」
「待て──」
琥珀の背後の暗がりから府河が姿を現す。
「お前たち…まだ戦っている、と言ったな」
府河が拘束服であることが安心させたのだろう、男たちは息をついて頷いた。
先に逃げたことを後ろめたく思うのか、来た道を気にしながら話す。
「ガスマスクの連中だったな…」
「隻眼の青年も、そこにいましたか…?」
「あ…?ああっ、いたよ。王とか名乗ってた、若い喰種だ──」
琥珀の問いに答える"王"という言葉に、府河がぴくりと反応する。
「それと、フードを被った"白鳩"が一緒に戦ってたな…。なんでかは知らねぇが──…」
「──…ありがとう」
琥珀は礼を言い、廃水路の奥へと進む。
府河も逃亡者らに告げながら琥珀の後に続いた。
「出口はすぐそこだ。警備も抑えている。…今ならコクリアの塀も容易く越えられる」
背後で遠ざかっていく足音を聞きながら、琥珀が視線をやった。
「一度助かった身なのに、また戻るんですか」
「俺を外に出した者…隻眼の王が戦っている──」
それが理由だと府河は答える。
"王のビレイグ"──喰種を率いる王の物語だ。
ビレイグが指し示すは"片目を欠く者"。
作家・高槻泉であり、アオギリの樹を纏めた喰種・エトが、最後に蒔いた種子。
「信じるんですか。"隻眼の王"を」
「俺を助けたのが王であれば、二度目の命を捨てる価値がある」
「…意外とロマンチストなんですね、府河さん」
「知らん。…君塚、貴様の理由は何だ」
「私は……私の命よりも大切な人がそこにるからです」
「男か」
「…だめですか?」
「いいや」
十分な理由だ、と府河が答えた。
琥珀の頬が僅かに緩んだ。


廃水路は目前だった。
コクリア建設時、物資輸送に使用された坑道と平行して流れるその水路に降りれば、それが外への道だった。
ただ問題なのは、その廃れた坑道へのルートが他にも存在していたこと。
先回りをした捜査官が網を張っていたこと。
「これからの人生を裏切り者と呼ばれるのよ。…どんな気分かしら──」
「……。特に感慨はありません」
それが特等捜査官"たち"自らの、陣頭指揮であったこと。
「我々にクインケを向けるなどっ!一体何が不満だったのだ上等ボォォォイ!?」
「…職場に不満はありませんでした」
辞表を提出したタイミングもあいまって、その二人の集中砲火を受けそうになっている、ということだ。
田中丸の"ハイアーマインド"は連射不可能な高威力と、低威力の連射。加えて近接攻撃。
安浦の"是毘図"は追尾可能な複数弾と、こちらも近接も可能。
せめて待ち受けるのがどちらか一方であってほしいと密かに願っていた。
それも都合が良すぎるか、と、丈の希望的観測は迫る弾幕に紛れた。
「平子さん──!」
「こちらは問題ない──…、カネキ、お前は手負いの仲間のフォローを」
カネキ自身も、何人もの捜査官にマークされていながら、しなやかに伸ばした赫子で追撃の態勢を阻む。
丈もまた寸前で砲弾を避けつつ、追従していた0番隊へ、安浦への攻撃指示を出した。
正確な狙いをつけられるうえ、俊敏性を備えるという厄介さ。
一方で田中丸の一撃も、放たれれば多人数をまとめて戦闘不能にする威力。
早急な武器破壊か、あるいは本人を沈黙させる必要がある──。
丈は標的に向けて走り込む。
「ではなぜ!?何故に喰種に手を貸すっ!?申し開きがあるならば──」
虚にも似た射出口に光の粒子が集束する。
丈を捉え、丈もまた真正面から対峙した。
「局で聞こうっっっつ!」
コンマ数秒という刹那を感じる。
射出口にクインケを突き立てる寸前。
「(──しくじった)」
コンマ1、タイミングが遅い──と。
言われたような気がした。
回避に移行しつつはあるが、"ナゴミ"の刀身にひびくらいは入るかもしれない、と丈は心配になる。
「(これではあいつを守れない──)」
安浦の言う通り裏切り者と呼ばれる今後、本局ラボに立ち入る予定などない。
クインケの次の調整も整備も未定だ。
──真横からの掩護が無ければ。
「tough guy…!まだ戦いたいと言うのかねッ!!」
「………、!」
羽赫による鋭い射撃が田中丸の攻撃を中断させ、その場から退かせる。
丈も距離を取った。
まさしく"横槍"となる攻撃を入れた喰種が、治癒しかけの腹部を押さえながら立っている。
荒い息遣いを整えつつ、誰へともなく声を絞る。
「……"白鳩"へは…憎しみの感情しかない…」
強い意思の滾る瞳で丈を見て、そして田中丸へと視線を戻す。
「…だが生き残るために…、あの二人を守るために必要ならば……。アイツの部下とも手を組む…」
静かに筋肉をたゆませ身構えた。
怪我を負いながらもブレずに精密に狙える様子から、技量の高さと経験とが窺えた。
その証拠に、田中丸のクインケの砲身は破損した。
「………」
丈も捜査官として多くの喰種と戦ってきた。
部下を率いる身として。あるいは、上司である有馬と共に。
その記憶の中のどこかに…この喰種もいたのだろうか。
篝火のようにひっそりと、確かに燃やしている。怒りと、憎しみと、決意を。
しかし過去を振り返る余裕はない。
「──助勢に感謝する」
故に、丈は先の展開の予測を立てる。己と、この喰種、互いが切り抜けるための算段を。
「……"元・白鳩"に…感謝される謂われはない…」
「俺も、守りたい者の顔が浮かんでいた」
「…。」
丈の言葉に、一瞬、羽赫の喰種は視線を向けた。
何か言いたげに、しかし口を閉ざした時、ヨモさん!と声がした。
ショートカットの女性が心配そうに此方を見ている。
「ヨモ?」
女性に頷いて返した羽赫の喰種が、ぼそり答えた。
「………。四方…蓮示だ……」
言葉数の少ないところだろうか。
飾り気のない声の交換に、丈はどこか親近感のようなものを感じた。
「………俺は、平子丈という」
「………」
果たして今後、名を呼び合うかはわからない。
だが、互いに知っておくのも悪くはないと思った。
ナゴミを構え直して、丈は田中丸を窺う。
"ハイアーマインド"の破損状況は恐らく小〜中レベル。回避直後、田中丸自身が気にする様子を見せた。
砲身に不安のある今、高威力の砲撃は控えるはずだ…。
「…平子丈、」
「──…?」
早くも名前を呼ばれたことを意外に思いながら、丈は視線を返した。
「俺は羽赫だが…近接でも戦える」
背を折って押さえていた腹部から四方の手が離れる。
「…援護する」
顔色はすぐれず、調子も元通りとはいかないだろう。
しかし意思の宿る瞳は尚も強い。
元・敵だった丈と組んででも、今、何を優先すべきかを知っている。
即席の連携相手として、自分達の相性は悪くない。
「有り難い──…四方蓮示、」


はじめに、それを知ったのは万丈だった。
怪我人への治療を行いながら、戦う者たちの後ろで待機をしていた。
眼前で繰り広げられる激しい攻防。
一見したところ、喰種たちは少しずつだが捜査官らを押していた。
しかし、それでは不十分だった。
「(怪我人もいる……逃げたって簡単に追いつかれちまう)」
このまま戦い続ければ、いつかは喰種が勝てるだろうが、その時間をかけている余裕はない。
こんな時に、喰種のくせに戦いに特化しなかった己をもどかしく思う。
自分にできることは、怪我人に最低限の治療を施し、マシな怪我人として再び戦いに送り出すこと。
特等捜査官の攻撃を受けたアヤトも未だに治療中で、そちらの手も緩められない。
せめてもう少し時間があれば、と万丈が悪態をつこうとした時だった。
「──あなたの赫子は喰種を助けられるんですね」
気がつくと、黒いコートの女がいた。
「ぉぉおわッ…!!」
万丈は驚き仰け反る。
万丈が何かを口にしようとする前に、女──琥珀がしゃがみ、距離を縮めた。
「説明は後で。怪我人の救護を行ったら戦いには戻らせずに退かせてください。あなたも終わり次第に撤退を。──府河さん、彼らのフォローをお願いします」
府河が琥珀の横に立つ。
「しかし、先に逃がせば戦力が一気に減るぞ」
「──大丈夫です。いつものこと。それに…だって、やっと………」
琥珀は堪えるように唇を噛んだ。
戦いの場へ向けられた視線が、一点を捉える。
それにつられるように府河も探す。"白鳩"と喰種の混じり合う中、"白鳩"の同士討ちに目が留まる。
喰種と組んでクインケを振るう男がいた。
「……元・捜査官の意地、お見せします」
「もと…?」
勢いに押されて、万丈が口にできたのはこの一言だけだった。
目許を緩めて応えた琥珀がコートを脱ぐ。
その瞬間から赫子が身体を覆いはじめる。
静かに、侵食するように。
それは形を拡げ、幾重にも重なり育ってゆく。
足元で何かが割れる音がした。
万丈が下を向くと、何本も、枝分かれをした赫子がコンクリートに食い込んでいる。
「──君塚、貴様に手柄は譲る」
府河の言葉に琥珀が苦笑した。
「…相応の働きはしてみせます。それが、きっと──」
涙を湛えた、互い違いの瞳がほころぶ。
「丈兄を助けることになるはずだから」


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