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(3)

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花を、育てていたような。
そんな感覚だったのかもしれない。
枯れてしまわないように水を与えた。
雨風に曝されないようガラスで覆った。
手折ってしまいそうで触れられなかった。
生きてきて、奪うことしかできなかったから。
だから。
眺めているだけで構わなかった。
そのまま、咲いていてくれれば。
命あるものが死ぬのは当然の摂理。
花もいつかは枯れるだろう。
ただ…そのいつかが訪れるのを自分は見たくなかった。


「さようなら、琥珀」
「…いや、です……、まっ…て、…… き………」
嫌だと言って首を振ろうとした琥珀は、そのまま意識を失った。
目尻に溜まった涙が落ちて絨毯を叩いた。
泣き顔のまま瞳を閉じた琥珀は、次に瞳を開いた時、はじめに何と口にするだろうか。
コートを脱いで琥珀をくるむ。
自分に比べて小柄な身体は簡単に包めた。


生まれながらに、敵を排除することだけを求められた。
戦って、殺して、数えるのも厭きるほど命を奪った。
愛することも、愛されることもない、空っぽの自分。
それが役割りで、それしか必要とされない人生だった。
人間と喰種と。
半分ずつを取り込んで歪んだ命。
歪んだ生しか歩めないものだと思っていた。
──これも琲世君おすすめの本ですか?有馬さん──
記憶の中で琥珀が笑う。
──私も昔、読みました。バラの花のくだりをよく覚えてます──
古本屋ででも買ったのだろうか、何度も読み返されてくたびれた表紙の"星の王子さま"を手に取る。
ページを捲ってなぞられる一節。
"バラの花をとても大切に思っているのはね、そのバラの花のために、時間を無駄にしたからだよ"
懐かしそうに睫毛を伏せた。
──…大切だったから、王子様は時間を無駄にしたんですね──
──大切だったから…?──
琥珀の言葉にはいつも、温度が宿ったような、あたたかな心地を覚える。
──想っていなかったら、途中で手離してしまうんじゃないでしょうか──
まるで目の前に想う相手がいるように、甘やかな微笑みを浮かべる。
喰種という半分のせいで囚われて、未来を奪われても、手を伸ばし続ける琥珀。
残り時間を決められても、琥珀は、琥珀の唯一の大切なもののために手を伸ばし続けた。
──好きな人と…、丈兄と一緒にいられましたよ──
何かに──誰かに、そこまで想いを寄せられる琥珀が羨ましくて、眩しかった。
数えきれないほどの死を重ねて、血を浴びて冷えきったこの手を、ちゃんと上手く動かせただろうか。
守れたのか、わからない。けれど。
「琥珀──…。お前が傍にいた時は、俺も人の温度に満たされていた」


大切だったから。
そうかもしれない。
琲世も。琥珀、お前のことも。


《12月19日/時刻──》
高い天井の、所々で光る照明が星のようだった。
風は吹かない。
けれど剥き出しの地面に群生した花々の存在が、まるでこの場所が、広い外の世界のように感じさせる。
ぼやける左眼に滲む世界。
光と、
白い花。
──やっと何か、のこせた気がする──
そう伝えると、琲世はとても寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべた。
慈雨に似た、涙が降る。
二人とも、そんな風に泣かなくて良い。
最後に 手を 伸ばせたのだから


──…


「有馬さーん、何読んでるんですか〜?」
「ハイル、邪魔をしない。有馬さんは休憩中なんだから」
「え〜…って、えーっ!何この紙袋、本ぎっしり!」
「戻りました。今、そこで琲世君とすれ違いましたけど──」
「おかえり琥珀。今、琲世が本を届けに来ていた」
「佐々木君のお陰で有馬さんもだいぶ読書家になりましたよね」
「郡先輩はマンガとかも読んだ方がいいと思います。お堅いし」
「君が薦めるマンガは照れる」
「そこが良いんですってば〜」
「本当にたくさん入ってますね…小説に詩集、絵本も……あ、これも琲世君おすすめの本ですか?有馬さん」
「ああ──…、それは前に読んだことがある──」


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