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猟奇的な彼女とその恋人

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丈は出勤の支度をしていた。
琥珀はまだベッドで微睡んでいる。
ボリュームのある羽毛布団に丸まって包まれて、裸足の足がふたつ覗いていた。
その様子が、なんだか…こう──…
「…。琥珀、夕飯はエビフライが食べたい」
もう眠りの世界に落ちたかもしれない塊に声をかけてみる。
すると丈の声に反応して、ゆさゆさと布団が揺れた。
しかし了解なのか、それとも声に反応しただけなのかよくわからない。
「(寝かせておこう)」
丈はあまり気にせず部屋を出た。

目を覚ました時、丈はすでに出勤してしまっていた。
「(…。エビフライが頭から離れない…)」
琥珀は、なぜ?と思いながら一日を過ごすことになった。
洗濯をしても、掃除をしても、本を読んでも、珈琲を淹れても──エビフライが離れない。
「(うん…。晩ごはんはエビフライにしよ)」
逃れることを諦めた琥珀の前にはブラックタイガーが並んでいる。
下処理はした。揚げ油も暖まっている。
喰種の琥珀には食べられない材料たち。
「(…。喰種の食事も似た調理ができそう)」
バットを終着点に置いて、小麦粉、卵、パン粉の順番にエビを包んでいく。
「(骨を粉末に…血液は分離するとネバってするし…パン粉は………どこが使えるかな)」
ジュワァっと一匹目のエビフライが油を泳ぐ。
「("美食家"とか…呼ばれてる喰種もいるんだっけ)」
潜伏区画は調査中だが、確か"喰種レストラン"などと呼ばれる集会に現れる喰種のはずだ。
幸運なことに琥珀は、人間を、殺して食べることはこれ迄にぜずに生きてこられた。
だがもし違う境遇だったなら。
殺さなければ生きられず、殺して食べて生きていたなら。
人間を、人間が他の生き物を扱うのと同じように、立派な食材として見ていたかもしれない。
どう調理できるかを……琥珀はふと考える。
「なんて」
もしも自分がこんなことを考えながら料理を行っていると知ったら、きっと周りの者はひきつるだろう。
「………。」
怖いことを考えて、 少しだけ悪い気分に酔ってみる。
けれど言わない。
口にしてはいけない冗談もある。
パチッ──
「いたっ」
油跳ねを避けながら琥珀が三匹目を揚げると、ちょうど玄関のドアが開く音がした。
「──丈兄、おかえりなさいっ」
台所から離れることはできなかったが、せめて油の弾ける音に負けないように、声をかけた。

玄関を開けると揚げ物の匂いが漂ってきた。
そう、まさに──、
「…。エビフライか」
「うん。エビフライが朝からずーっと頭から離れなくて」
変だよね?と琥珀は困ったように笑う。
最後のエビフライを油切り網に乗せ、火を止めた。
丈もまさか、朝の思いつきが夕飯に実現するとは思っておらず、仕事中もエビフライを考える暇など勿論なかった。
「……。(半分聞いて、ほとんど寝てたんだな)」
「……。(やだ、もしかして引いてる?顔に出た…?)」
「…琥珀」
「…うん」
「──…。いただきます」
「えっ……あ、どうぞっ、召し上がれっ!………。その前にこれ、お皿に移すね」
「ああ」
丈は着替えも後にして食卓に着き、一番はじめにエビフライを口に運ぶ。
揚げたての衣がサクっと軽い音を立てた。
丈が食べる様子を、向かいの琥珀は嬉しそうに見ている。
本来、喰種は人間と味覚が異なるために、食べ物を不味く感じるのだという。
にも関わらず、琥珀が食事を作れるというのはとても器用なことだと思う。
美味くないものの味見をし、苦手な味の中で違いを探すのは容易ではないはずだ。
研究熱心という言葉が丈の頭に浮かぶ。
そんな琥珀ならば、自分の食事だって凝ったものを作れるのではないだろうか。例えば…
「(…琥珀が実家にいた頃はどういう食べ方を…)」
していたのだろう、と思いつつ、丈は租借したものをごくりと飲み込んだ。
自身が食事をしつつ考えるには生々しく、恋人に訊ねるには、デリカシーに欠けるような気がしたからだ。
聞いてはいけないこともある。
まあ、それはそれとして。
「琥珀」
「なぁに?」
「美味い」


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