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full moon.

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帰宅できたのは日付けも変わろうかという時刻だった。
上着のどこかに仕舞った鍵を探す音が、夜の空気に割り込む。
眠気と疲れで動きが鈍い身体でドアを引く。
暗い──と。予想していた玄関内は仄かに明るかった。すぐにリビングからの光だと知る。
勝手に閉じゆくドアの音を背後に聞きながら視線を落とすと、女性ものの靴が端に寄せて置かれているのが目に入った。
「(まだ、起きているのか──…)」
琥珀が来る日だった。だから。
仕事を早く済ませたいと、携帯に連絡を受けたその日から丈は思っていた。
そのために出来ることは少しずつ繰り上げて、予定も前倒しに早めて片付けてきていた。
しかし物事はそう上手くいかないもので。
「(だいぶ、遅くなった……)」
こちらを向かない琥珀。
リビングに入り、ソファーの上に足を上げて毛布に丸くくるまった顔が見えた。
ああ──
「(…よく眠っている…)」
寝不足だと言っていた琥珀の寝顔に、どこか安心しつつ、待たなくていいからベッドで休めという思いが丈の頭に浮かんだ。
音量を低く絞られたテレビ画面ではCMが繰り返されている。
リモコンに手を伸ばして電源を切ると、琥珀が小さく呻いた。
定まらない視線がゆっくりと瞬いて丈を見つける。
「──…、おかえりなさい…」
「ああ…だだいま」
琥珀の髪を梳くと同時に、丈は仕事に固められていた自身の身体がほぐれるような心地に包まれた。
ほんの少し、触れただけだというのに。
久し振りに感じる琥珀の形を確かめるように目許をなぞり、頬を包む。
指先が耳に触れると琥珀はくすぐったそうに唇を結んだ。
「夕食は…?何か食べる?」
「いや──…。風呂だけでいい」
撫でる手と共に、丈はもう少し触れていたいという思いを止めた。
明日までの短い時間でも、琥珀が仕事を忘れられる時間なのだから休んでほしいという気持ちが強かった。
先に寝ていろ、とだけ、上着を脱ぎながら言って琥珀から離れようとする。しかし、
「──…、待って……」
「…どうした」
「………えっと…ね、その………」
「?」
「……つ…疲れてたら、いいの………でも………」
琥珀の頬が仄かに染まる。
「(………、そういう──)」
ことか、と。
やっと合点のいった丈もまた口を閉ざす。
琥珀も言葉を飲み込むように唇を震わせた。
もちろん丈も、期待のようなものを抱いて帰ってきた。けれど琥珀を思えばこそと、早々にその期待を手離していた。
「起きててくれるのか?」
琥珀は頬を染めたまま、小さく頷いた。

あまり無理をさせないようにと。
自重しようと思ったのは誰だ。
丈は、琥珀の首筋に舌を這わせながら自分に呆れた。
丈の下で声を抑える琥珀の肌はしっとりと汗ばみ、背けた頬も、耳も、仄かに上気して色付いている。
丈の雄も既にいきり勃ち熱く脈打っていた。
すぐにでも押し込みたくなる欲望を堪え、琥珀の膣に進入させた指を抜き挿ししながら、喘ぐ唇を追って口づけた。
風呂を済ませ、与えられた時間はあまりなく、言葉を交わすよりも互いの体温を感じたかった。
頼りなく空を掻く琥珀の手を掴む。
丈の手に応えて絡められる琥珀の指先が、丈の気持ちを更に高めた。
全てを喰らい尽くしたい──。
頭の隅で、これでは逆だなと思いながら白い首筋を咬み、衝動に突き動かされて、熱い膣から指を抜く。
甘い声と共に、琥珀の腰が跳ねた。
とろりと愛液で濡れたままの指で、手で、琥珀の乳房を強く揉み、丈が膝で太腿を開かせた時だった。
「ぁ、やっ、や、待って──…!」
嬌声ではなく、悲鳴にも似た声があがる。
動きを止めた丈が顔を上げ、自分でも驚いたような琥珀は、ごめんなさい、と声を震わせた。
「…痛かったか…」
「ち、違うのっ、驚いただけ──…、」
「………」
「本当に、なんでもないから……」
「…。そんな顔をして言われてもな」
「ぇ……」
困惑したままの表情は密着するこの距離では隠しようもない。声だけでなく震える唇も同様だ。
「(──涙が浮かぶ、とは)」
よく言ったものだと言葉の妙を感じる。
丈が見ている間に、まるで涌き出るように嵩を増した涙が、琥珀の目尻にじわりと浮かんできた。
悔しいが、旧多の言葉が甦る。
──琥珀サンの泣き顔ってそそりますよね──
「(…やばいな………)」
丈の下で琥珀は涙を零すまいと堪えている。
しかし丈の雄を盛り上げる熱は少しも収まる気配がなかった。
むしろ、先の余韻を残して上気したままの、戸惑う琥珀の表情に酷く庇護欲を掻き立てられた。
弱々しく潤んだ瞳で、濡れた紅唇で、「平気だから…つづきをして…」と懇願するのだから益々腰にくる。
「(このまま挿れたい…)」
琥珀の脚をあられもなく開かせて、熱く反り返る雄を捩じ込んで、その膣の中に──。
ごめんなさいとまた謝ろうとする琥珀を、丈は丸ごと抱き締めた。
琥珀に当たる下腹部もまだ痛いほどに疼いている。…それでも格好がどうとか、こだわる時ではない。
「(それ以前に、つける格好だって無い──)」
腕の中で弱く藻掻く琥珀にしっかりと腕を回し、丈もシーツに横たわり呼吸をする。
琥珀が泣いたらしいことは旧多から聞かされた。
…経緯は不明だが。
そして今も、琥珀は泣いている。
原因は…やはりわからない。
琥珀が丈を想うように、丈も琥珀を想っている。一番近くに居たいと思っている。
しかし仕事とはいえ忙しいばかりの日々が続き、言葉を交わすことすらできていない。
だからこそ、せめて共に過ごせる時くらいは、怖いことは何もないと甘やかしてやりたい。善がらせて蕩けさせて、全てを忘れられるよう激しく腰を──…
「(いや、違う。今はとりあえず………落ち着け、平子丈)」
少し、いや、だいぶ雑念が入ってしまい、丈は腕の中の細い背中をゆっくりと撫でた。
琥珀の白い肌はどこに触れてもふにふにと柔らかい。
全てが細く、華奢な身体は、自分のそれとはあまりにも違う。
甘やかな琥珀の匂いも、丈の心を落ち着かせた。
少しすると腕の中の琥珀も「もう、平気」と答えた。
「…落ち着いたか」
琥珀の頭が動く。
「話せるか…?」
否定を意味する横に振られる。
誰にでも言いたくないことはあるだろうし、言えないこともあるだろう。琥珀にも、自分にも。
「…言いたくないなら言わなくて良い」
「…」
「だから、ただ聞くが……原因は旧多か?」
琥珀の肩がぴくりと揺れる。
「この間、お前達が話しをしている姿を見た」
「…なっ…、なにも……ないからっ…」
「…」
「…ただちょっと……あの人に…嫌味を言われただけ……」
「……そうか。(旧多か)」
それでも自分の知らない場所で琥珀が傷付くのは辛くて怖い。何より、
「(………あの男本当に琥珀に何をした)」
旧多の薄ら笑いが脳裏に浮かぶ。
苛々と。いや、沸々と。
臓腑に静かな怒りが広がっていく。
収めるために丈は、琥珀の髪に鼻を押し付けて深く深く呼吸をした。
琥珀は丈の返事を聞いてほっとしたように息を吐いた。
「(…相変わらず、わかりやすいな)」
感情につられて素直に変化する琥珀の表情や仕種は、可愛く思うところであり、また心配な点でもある。
琥珀には、その表に出る感情を誤魔化せる器用さはない。
そこが旧多のように難のある性格の者にとって、ちょっかいをかけるのに丁度良いのだろう。
どうしたら琥珀の旧多との遭遇率を減らせるかと、丈は半ば本気で考えはじめる。
そんな丈の頬を、腕の中から顔を出した琥珀の手が包んだ。
「ね、…もう………?」
丈の頬を、唇を、優しく指でなぞって琥珀がせがむ。
さすがに丈も、この先の意味は察することができた。
返事の代わりに口づけをする。
丈が口づけを落とす合間に琥珀は細く吐息を溢した。
「…ずっと、……寂しかったの…、…んっ」
滑らかな腰の括れをなぞり、臀部を撫で、丈は琥珀の太腿ごと開かせると、自身の腰に絡ませる。
抑えられていた丈の竿が待ち侘びたようにじわりと熱を帯びた。
しとどに濡れた琥珀の秘所に添うように擦る。
「…っ、…私、…丈兄に……触りたかった……あっ、ぁっ──…」
幾度か花弁を優しく嬲り、琥珀の蜜壷を亀頭がついに、ぬち、と押し広げた。
ゆっくり、ゆっくり抜き挿しを繰り返しながら、時折、内壁を擦っては奥へと熱を捩じ込む。
其処を圧迫する雄を締め付けながらも、琥珀は急速に増してゆく快感から逃れようと腰を引く。
しかし丈は柔らかな臀部に指を食い込ませて腰を掴み、更に琥珀の奥を突いた。
「ひっ、ん……、ぁっ、…はぁ、っ、丈兄にも、私のこと……っ、触ってほしくて……っや、あぁっ──」
「…もう、っ……わかった………っ」
二人の結合部がより一層の音を立てて絡み付く。
琥珀は熱に浮かされたように途切れ途切れに言葉を並べて、絶え間なく膣を責め立てる、甘く強い刺激に眉根を寄せた。
「丈兄、だけ…なの、っ………わ、わたし…がっ、…やぁっ、あっ、あっ」
目蓋を閉じたその時、琥珀の目尻に溜まった滴が落ちた。
行為による生理的なものなのか、それとも…
「あぅっ、ん……っ、…丈兄………もっと、奥に──」
「…っ、」
雄を埋めたまま腰を揺さぶれば、琥珀の身体もつられて動き、中心の飾りを硬くした乳房も淫靡に揺れた。
いつしか琥珀に覆い被さるように責めていた丈は、琥珀の腰を持ち上げると自身の怒張を深く打ち付けた。
「あっ、あんっ…っ、も、だめっ、おねが…っ、あぁぁっ──!」
「琥珀……っ、」
「た、けに、っ、ああっ…あっ──、あぁぁっ──…!」
絶頂を迎えた琥珀の声が止む。
琥珀が果てても、なお熱く微細に蠢く其処へ、とぷりと流れ込むのを丈は感じた。


翌朝、琥珀の眠るベッドから丈はひとり起き出した。
朝食を済ませて出勤の支度をしていると、慌てて起きた琥珀が部屋から出てきた。
タオルケットに身体を包み、素足が覗く。前髪も寝癖で跳ねていた。
見送りをしたいと答えたために共に玄関へ行く。
ぺたぺたと足音をさせてついてきた琥珀は、どこかまだ、昨晩の甘い雰囲気を纏っている。
丈が振り返ると、まるで無防備な微笑みを浮かべた。
つい、丈は琥珀を抱き締めた。
「きゃ、…どうしたの?」
「…いや……。(出掛けに見るものじゃないな……)」
タオルケット越しにも琥珀の身体の形を感じられる。
手離すのが惜しく、丈がもう一度、ぎゅっと力を籠めると、「つぶれちゃう」と琥珀がくすくす笑った。
それから何かに気がついたらしく、恥ずかしそうに身動ぎをした。
「丈兄……、私、昨日のままで…シャワーも浴びてないから──…」
続くのは"離して"か。または"行って"かもしれない。
何にせよ丈の方も、いつまでもこうしている訳にはいかない。
任されている仕事がある。
それをこなすことはつまり、丈の望みを叶えることに繋がる。
「琥珀」
「うん?」
「また、局でな」
「うん。……またね」
丈を見上げ、琥珀がまた笑った。
ただ──琥珀のために。


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