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「#幼馴染」のBL小説を読む
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彼岸

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はらはらと──…
天井を覆う一面の薄桃色。
垣間見える空は水色。
花びらの落ちる様を視線で追いかけながら、あまり前を見ないで歩いていた。
「(あ、取れそう──)」
踏み出す足より数歩先を、落ちゆく花びらを掬うように手を差し出す。
ととっ、とたたらを踏むようにリズムを狂わせて追いついた時、前を行くコートのファー付きフードにぶつかった。
「わふっ──…!」
「ん?…琥珀サン?どしたんスか」
躓いたんスか?と振り返る不知君に、「ごめんね、なんでもない」と、照れながら答える。
手の中には花びらが収まった。
「あ。花びら、取れたんスか?」
「うん。潰しちゃったかと思ったけど…」
「お、キレイに取れてんじゃん」
ちょっとテンションの上がった不知君は、なんだかお兄さんのようだった。
手のひらの花びらを一緒に見て、照れたように笑う。
「不知君、荷物大きいね。重たくない?」
大丈夫?と訊ねながら見下ろすのは、不知君が左右の手に下げた大きな紙袋。
「サッサン、超早起きして、めっちゃ張り切って弁当作ったんスよ」
「えっ、これ全部!?」
「っス」
「すごいね。琲世君、良いお嫁さんになれそう…」
「寝る前に読む本がここ一週間くらい、弁当作りのレシピ本だったんで」
「じゃあ、食べるの楽しみだね」
「へへ、超楽しみっス。…あ、でも琥珀サンは──」
「いいよ。気、使わなくて。お団子よりお花派だもん」
不知君の頭のてっぺんで、ぺこっと髪の毛が揺れた。
「あ、あのシートっす。才子またゲームやってんな。花見ろっつーの」
呆れながらも不知君は笑っている。
才子ォ!と大きく名前を呼びながら、少し大股になって歩いていく。
追いかけようと私も脚を大きく踏み出したとき、琥珀、琥珀、と今度は私の名前が呼ばれた。
同時にぎゅっと、私の腕に抱きついた白いコートの腕。
ピンクの髪が、ふわりと揺れる。
「ね。私のお弁当はぁ?これ?それともこっち?隠すんは琥珀のためにならへんよ〜?」
「お弁当──?」
いつの間にか私の手の中にも紙袋が下げられていて、中からお重の蓋が見えていた。
昔からお花見をするときに使っていた、実家の、見慣れた重箱だ…。
「こら、ハイルっ。そんな風にしたら琥珀の腕がもげるでしょう」
「こーり先輩ってばひどーい。私はそんなに重くないですしぃ。琥珀だって頑丈やもん」
後ろからやって来た郡さんが呆れた顔でハイルちゃんに言う。
「遊んでいないで有馬さんの手伝いをしますよ」
「えっ、有馬さんおるんっ?」
「ほら、あっちでシート敷いてるでしょう。──まったく、忙しい有馬さんにシート敷かせてまで花見するなんて、上層部は一体何を考えて──…」
「うそーっ!有馬さんの頭に花びら乗っとる!」
「この距離で見えるとか…どんな視力してるんです」
「3.0!早よ行かにゃ、花びら落ちちゃうーっ!」
琥珀、また後でねっ!
跳ねるようにハイルちゃんが駆け出す。
郡さんも「私も先に行きますから」と後を追い掛けた。
だぶん有馬さんのお手伝いしたいんだろうなぁ。
到着するとすぐに、有馬さんの持つシートの反対側を持った郡さん。
ハイルちゃんは有馬さんの頭に乗ってる花びらを取ろうと手を伸ばしている。
思わず、笑いがこぼれた。
見渡せば周りは満開の桜。
他にもお花見の準備をする同僚たちの姿があって。
丈兄もいた。
根津さんと梅野さんと一緒にシートを敷いている。
道端さんと武臣君が食料係だったみたいで、お弁当と、飲み物の入った重たそうな袋を持っている。
お酒を探す倉元さんから、道端さんが袋を遠ざける姿が面白くて、私はまた笑った。
少し強めの風が吹いて、たくさんの花びらが舞う。
髪が巻き上げられて、花びらが散って、視界を覆う。
とても強い風。
けれど音が無くて、
何も聞こえないのはなぜ──?
風も止んで楽しそうな情景が、
目の前に溢れているのに、
みんな、たのしそうなのに──
わたしのての中には、なにもない。
じゅうばこも、
はなびらも、
どうして──
どうして──
とても──


「(さむい──)」


目を開くと、白い壁が見えた。
閉じたブラインドの掛かる窓。
間からは朝の光が漏れている。
チッ…チッ…と秒針が刻む微音。
寒い、と。感じたのは、涙が伝った頬だった。
空調の効きすぎた部屋で、頭からタオルケットにくるまる。
初夏の日の出は早く、今は桜の季節なんかじゃない。
あんな風に皆でお花見だってしていない。
すべては夢だった。

私が見たかった、夢だった。


170312
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