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敗戦(後)

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琥珀が車両の屋根を蹴った。真っ先に狙うは──、
「(ナキ──) 」
この襲撃を纏めるのは"白スーツ"のトップだ。
琥珀がナキに焦点を合わせた瞬間、ナキを守るように前へ出たホオグロと承正。
しかしボスは部下の意図をカケラも気にしなかった。
「琥珀かッ!そうだろ琥珀っ、思い出したぜぇ!」
っしゃぁぁあ!
グイッと部下二人を押し退けて前へ出る。
「っ、やだうそ──!?」
「あぐぁっ!?」
ゴチンッ──
鈍器と鈍器がぶつかったような音がした。
「ナイスキャッチっス。兄貴」
「ホオグロ、褒めてないで兄貴を起こすぞ」
琥珀は、部下二人が前に出たことによりそちらを標的とした。が、更にナキが前へ出てきた。
目測が狂った琥珀はナキに突っ込んだ。
ナキは琥珀の頭突きを食らって倒れた。
ホオグロと承正は、琥珀を抱えて引っくり返るナキを見下ろした。
「いやァ、冷たくされても胸に飛び込んできたら受け止める。兄貴の漢を見せてもらいましたぜ」
「兄貴──…、駄目だな。完全に白目を剥いている」
「気付けに軽〜く殴ってみっか?」
「俺がか…?」
「お前がやらねぇなら俺しかねぇわな」
「いや。俺がやろう………」
せーの、
バチン!…ゴキッ!
平手打ちと、明らかに別のダメージを思わせる音が鳴ってナキが起きた。
「イテテテテ…、おホシさまが見えちまったぜ…」
「無事ですか、兄貴」
「心配しましたぜぇー(…首、ちょっと曲がってら)」
「おう。何とかな。琥珀も寝てないで起きろよ、思い出したんだからな」
ぺしぺしとナキが琥珀の頭をたたく。
「兄貴、油断はしない方が。相手は"白鳩"です」
「あ?ああ、そうなんだけどよ、琥珀はなぁ──」
「……うっ…」
「おっ、起きたか?」
痛む額をさすりながら琥珀は頭を起こした。
据わった目付きでぼんやりとナキを眺めると、無言でゆっくりと立ち上がる。
「オネーさんよ、何とか言ったらどうでい」
「………」
一歩、二歩と後ろへ数歩下がる、と──、
前触れなく赫子を解放した。
勢いよくうねらせて見守っていた三人の足元を激しく打つ。まるで尻尾のように流れる赫子はコンクリートに深くて鋭い傷跡をつけた。
素早く回避を行った三者は共に琥珀から距離を取って赫子を顕す。
三人を気にも掛けずに周囲の戦況を見渡す琥珀に、ナキが怒る。
「オイコラ!元気になったんなら、元気になった、って言えっつうの!」
「………」
移送車両の周囲では依然戦闘が行われている。
能力の高い喰種の三人はこちらにおり、敵の数も多くはない。
それでも、縞縞柄の喰種が動けば容易に血飛沫が跳ね、白スーツに身を固めた喰種らも決して退くことをしない。
…"白スーツ"を預かるナキが撤退を指示しない限り。
「ジェイソンに…」
「んあ?」
「…会えなくて…残念だったわね」
やっと喋ったかと思えば。琥珀の口から出た言葉はナキの崇拝すると言っても過言ではない喰種の通り名。
ナキは口を閉ざす。
二人が初めて顔を合わせたのは数年前のコクリアだ。
CCGの"アオギリの樹"アジトの襲撃に合わせて、"アオギリの樹"は反対にコクリアを襲撃した。
コクリアからは何体もの喰種が脱走した。
コクリアから出たら、ナキは真っ先に兄貴に会いたいと口にしていた。
「ジェイソンの後は、あなたが"兄貴"になったの」
しかし"13区のジェイソン"はアジトで死んだ。
慕っていた者にナキは会えなかったのだ。
琥珀の言葉に、ナキの左右に立つ二人の表情が歪む。
「オネーさんよぉ……そのハナシ、"白鳩"のあんたに関係あんのか」
「兄貴、すぐにあの女を黙らせます──」
「…いい…。ちょっと下がってろよ、お前ら」
戦いを見つめたままの琥珀の方へ、ナキが踏み出す。
「俺は…アニキにはなれねぇよ。…アニキは、アニキしかいねーんだ」
確かにナキはジェイソンに会えなかった。
CCGの踏み込んだアジトは放棄せざるを得ず、遺体すら目にしていない。
けれども何より、ジェイソンが死んだこと。そのショックが酷くて、深くて、奈落の底の真っ暗闇に突き落とされたようだった。
ジェイソンの名前を聞く度に、今でもナキの鼻の奥はツンと痛くなる。今だってちょっと泣きそうだ。けれど、
「神アニキはもう、いねーけど…オレのここにはちゃんと生きてる…」
誰かに言葉を叩きつけられた気がする。
"お前は過去に囚われている"と。
囚われていて、何だというのだ。慕う者が居なくなって、空いてしまった穴は、その者でなくては埋められない──代わりなんていないのだ。
「神アニキを頼って集まったんだ、コイツらは。…神アニキがいなくなっちまったのは、すっげぇ悲しくて、さびしいんだよ…どんだけたっても、治ったりしねぇんだ。だから、弟分の俺が守ってやんなきゃだろ──」
「………」
戦いからようやく瞳をこちらに向けた琥珀が、ナキに向かって再び赫子を振るう。
しかし…何故だろうか、違和感を覚えてナキは反撃しなかった。琥珀の赫子も、手刀も、寸前で逸れているような──…。
「オイ、なんか変だぞ。動きとか」
「………」
「なんか言えよっ」
ナキに近接して攻撃を行いながら、琥珀が口を開く。
「…。あなた達が先に襲った先発隊より、こっちの方が護りは多いの」
「は?天かす、タイ??なに言ってんだお前」
喰種の世界のことは、琥珀にはわからない。
人間の世界で、喰種であることがばれないようにと、そればかり考えて生きてきたから。
人間同士で争いがあるように、喰種同士でも争うのだろう。
群れることを好まない喰種でも、必要があってグループに入る者もいる。一人で生きるには弱いから、あるいはもっと狩りたいから。理由は様々だ。
縄張り争いや抗争など、CCGにいても噂はざらだ。
血を流す理由は、護るためか、奪うためか、それとも失わないためだろうか。
「もうすぐ本部からの救援も到着するわ。……そうなれば、あなたが守りたい仲間は命を落とす」
ホオグロと承正がナキの援護に入る。
琥珀は二人に視線を遣ると、直ぐ様、攻撃から回避へ切り替える。
「…引けと言いたいのか、女」
ナキの言葉を聞いて。横転した車の真っ赤な運転席を見て。飛び掛かる喰種を貫いて。黒い靴と血が琥珀の頭に甦る。
戦いの場から離れても。
ここでもまた、血が流れる。
「あんた、"白鳩"の身分でそんなこと言っちゃって良いのかよ」
ホオグロからの鋭い攻撃を止め、承正のパワーの乗った一撃は躱して下がる。
「──これは…あなた達にとって本当に必要なこと…?」
「は?」
「自分の命より大切?仲間の命より…価値があるの…?」
敵を見据えながらも、琥珀の脳裡にべったりと擦りついていつまでも拭えない赤と黒。
都合の良いことを、と。自分でも思う。しかし言葉を止められなかった。
「彼らを──奪うというのなら、私はあなた達の仲間を殺すわ。勿論、あなた達も」
「ずいぶんと上から目線じゃねぇの」
「………。それを行えるだけの力を、今なら持っているつもり」
右側のみに光る琥珀の赫眼が細まる。
ぞわりと、周囲の温度が下がるような空気の変化。
息苦しさ。
視線を向けられた二人は、ぬるい気温の中、肌が粟立つ静かな冷ややかさを感じた。
背後からは悲鳴や怒鳴り声が聞こえ、血の匂いも流れてくる。
人間の血の匂い。
それは喰種の本能を刺激する匂いであるはずなのに。
琥珀の瞳に宿るのは食欲でも、興奮でも、闘争心でもない。
「…私の仕事は、託された車両を本部に送り届けること。…それだけ」


深夜を回った時刻、後続隊は数名の遺体を増やして本局へと辿り着いた。
怪我人を乗せた車両は医療区画へ向かった。
講堂の床に遺体の入った袋が並べられていく様子を、琥珀は言葉無く見つめていた。
琥珀たちが付き添った車両以外にも、他にあと幾つの編成がされたのだろう。
不意に琥珀は、富良に肩を叩かれて顔をあげた。
その指差す方へと目を向ければ、有馬の姿と、隣に並ぶ丈が見えた。
琥珀は応援へ回されたが、二人を含む隊は本部に詰めていた。
呼んでるぞ、と背中を押されてそちらへ向かう。
静かに視線を寄越す有馬。
丈が琥珀に訊ねた。リストは見たか、と。
担当した車両のものだけと答えると、丈は口を閉ざした。
「(ああ──)」
この感じは知っている、と琥珀は思った。
「(だれが──)」
聞かせて、と。丈にすがる心。
言わせてはいけないと自制する心。
知りたくないと拒絶する心。
悲しみが、どうか訪れないでと祈る心。
形にならない気持ちが混ざりあって、琥珀の心臓がドクリと鳴った。
結局──。
遺体搬送で襲撃を受けた先発隊の、走行が可能な状態であった車両はそのまま全て奪われた。
奪われた人員と遺体の、正確な人数と名前は、まだ不明だというが、今後の確認作業で判明するだろう。
ホワイトボードに貼られた乱雑なリストの名前は琥珀が見つめる間に、また追加された。
今日、耳にした、口にした、思い描いた、琥珀を通り過ぎていった言葉のすべてが突き刺さる。
心に大きく空いてしまった穴。
同じものでしか埋められない。

「(──おねがいだれか、)」

丈の班で、良くしてくれた彼らは。
琲世や他の仲間たちと、シャトーで騒いでいた彼は。
今日の有馬さんはねぇ、と。
琥珀の腕を引っ張った彼女は。

「(うそだって、いって──)」

もう、相見えることは、ないのだ。


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