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好きだよ

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"芸術祭"とは。
毎年、地味極まる局員自由参加の年中行事である。
どちらかというと肉体派の多いCCG。
そんな局で行われるイベントの中でも"芸術祭"は、とにかく盛り上がらない行事のトップであった。
「はぅ…あぁ…、この感じ……だいすき…」
盛り上がる上がらない以前に、丈はそもそも行事に参加しない派だ。
「やっ……あっ、…動いちゃいや──…」
それが…今年は参加の意思を示した。
特別審査員にあの有馬が加わったのだ。
「お耳もふにゃふにゃで……ふかふかで…っ」
上司想いの宇井の要請、「有馬さんが審査員をする行事が閑古鳥じゃ、格好がつきませんよ!」の発令により、
「あぁもうっ、なんでこんなにもふもふなの……!」
サクラ──もとい、身内の参加が求められた。
「可愛いすぎ…っ、離したくない〜〜〜」
「琥珀、あまり強く抱き締めるとむせるぞ」
「あっ…!うん、ごめんね、」
つい気持ちよくって………。
耳をなで回し、頬をにぎにぎ触り回し、きゅうぅぅと頬を寄せて抱き締めていた柴犬の首元から琥珀が離れる。
「…そんなに好きか」
「うん」
「………」
「丈兄だって、好きでしょう?」
「………ああ」
だが少し緩めてやれと丈が言うと、ふわふわの冬毛に包まれた茶色い頭と、マフラーに埋もれた琥珀の頭が上を向いた。
平子家のこぢんまりとした庭は陽当たりが良い。
「丈兄、写真はどこで撮るの?」
「もう撮った」
「えっ?」
"芸術祭"というものの存在そのものを忘れていた丈だったが、宇井の要請を断る理由もない。
倉元のアドバイスに従って、手軽という理由から写真を撮って提出することにした。
「そ、それって…もしかして私も写ってる?」
「ああ」
デジカメの小さな画面に映し出されたのは、ぴんとお座りをする柴犬。と。しゃがみこんで、もはや溶けかかった表情で柴犬にすがり付く琥珀の姿。
「いやーっ!だめっ!これはダメ絶対…っ!」
「何故だ」
「だ、だって…テーマは愛犬の写真でしょっ…!」
上手く撮れたのだが。
琥珀からは「単体じゃなきゃだめだから!」とリテイクが出された。
あと、持ち上げられて四つ足をぴんと張った柴犬が差し出された。
祖父母に甘やかされているために体重は15sくらいはあったはずだが。がっちりホールドされて安定感があるのは、琥珀の腕力のおかげだろう。
「…。上手く撮れたんだが」
「そ、それは……プライベートでお楽しみください…」
「………」
「ゆるみきった顔を局の人に見られたくないの…っ!」
「…そうか」
丈はデジカメを持ち直して画面を切り換える。
丈の隣にやって来た琥珀が覗き込みながら「操作は大丈夫?」と聞いてくる。
PCなどの扱いなら丈の方が仕事で多用するのだが、携帯やカメラなどの細かいものは琥珀の方が慣れているように思う。
「…少し待ってくれ」
「じゃあその間に──…」
丈兄っ、顔あげてっ、と声がした。
視線をあげると、精一杯に伸ばされた琥珀の手と携帯電話が目に入る。
顎に当たるやわらかな感触の茶色い耳。
ふわりと漂う整髪料の仄かな甘い香り。
カシャ──ッ…
「はい、スリーショットっ」
楽しげに笑いながら、琥珀が「もう一枚っ」とシャッターを押した。
携帯画面をログに切り換える。
そこには無表情の丈と、口を開いてまるで笑顔を浮かべたような愛犬と、はにかんだ表情の琥珀がいた。


芸術祭当日──。
宇井は閑古鳥を心配していたが、その思いは杞憂に終わった。
有馬が特別審査員を行うことが広まると、噂に名高い有馬特等の"審美眼に叶う作品"を目指して、出展者が増加したのだ。
そんな事情で、結果を確認するために訪れる観覧者も増え、コンベンションセンターは中々の人出となっていた。
並べられた作品は、正統派から、個性という言葉では留まらないような奇抜なものまで様々だった。
その中で、ひっそりと、シンプルなフォトフレームに納まって柴犬の写真が飾られていた。
左右の頬を、白い手にむにっと引っぱられている柴犬の写真だ。
まるで笑顔を浮かべたように口を開けた顔が、画面いっぱいに写っている。
「あっ!おかあさん、しばいぬだよっ」
幼稚園に通うくらいの年頃だろうか。小さな少女が、うちといっしょだね、と母親らしき女性の手を引いた。
先に写真の前にいた人影が場所を譲る。
しばいぬっ、かわいい、と声をあげる様子に、どこか嬉しそう笑い、気がついた少女が顔を向けた。
「おねえちゃんも、しばいぬ、すき?」
少女のきらきらした眼差しに、琥珀が答える。
「うん。私も、大好き」


──少し、遠いな──
──どうしたの?──
丈は、飼い主に遠慮しろ、と柴犬の頭を撫でると、今度は柴犬を抱く琥珀を抱いた。
──こいつに負けるのは悔しい──
──ふふっ。このこをぎゅーって、するのも好きだけど。丈兄にぎゅ〜ってしてもらうのだって、私、大好きよ──
二人の間に挟まれて、黒い鼻がクゥンと鳴いた。


170228
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