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届かない

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私の物心がついた時。
それは自分が喰種で、私の周りの殆どの存在が人間であることを知った時。
私の幼馴染みであり、初恋の人であり、今現在も進行中で想いを寄せるその人も、もちろん人間だった。
一番古い記憶はいつだろう。
親同士で繋がりのあった彼の家に、私が預けられたことがあった。
その時にはもう、
「琥珀、プリン食べるか?」
「ううん、あんまりすきじゃないからおにいちゃんにあげる」
「…プリンが好きじゃない子供はめずらしいんだぞ」
「琥珀は、プリンがすきな丈おにいちゃんがすきだから、いいの」
家が近所で、幼馴染みだった丈兄に懐いていた。
私の頭を撫でてくれる、優しいてのひらが好きだった。
私が小学校に上がってからも、一緒に遊んでもらっていた記憶がある。
子供の時代で、6つという歳の差はとても大きいものだったと思う。でも丈兄はいつも気遣ってくれた。
「琥珀、給食全部食べたのか」
「丈おにいちゃ…おなか△@×で…きもちわる×○%〜…」
「…残して良いんだぞ」
気分を悪くして帰りの遅くなった私を心配して、通っている中学校から、隣の小学校に迎えに来たり。
「琥珀、ドッジボールで顔面食らったって聞いた」
「あっ、丈おにいちゃんっ。うん、どまんなかにあたったけどへいきだよ。"がんめん"はセーフなんだって」
「…セーフじゃない。お前は女の子なんだから気をつけろ」
「はぁい」
「…で?」
「?」
「琥珀にボールぶつけたのはどいつだ…」
「!?」
どこで聞いたのか、放課後迎えにきた時の無表情は少し怖かった。(窓際の席の友達が教えてくれたらしい)
「ごめんなさい、またしんぱいかけちゃった」
私は喰種だから大丈夫だと、そんなに痛くないのだと、本当は丈兄に伝えたかった。けれどそれを言うわけにもいかず、私の中にはいつも"嘘をついている"という罪悪感があった。
俯くと、決まって丈兄は私の頭を撫でてくれた。
「…謝らなくていい。俺が勝手に見に来てるだけだ」
それが、家を留守にしがちな私の祖父に頼まれてのことでも、それでも私は嬉しかった。
面倒見が良くて少し心配性で、この歳の離れた幼馴染みの丈兄が、本当に、好きだったから。


そしてそんな丈兄はというと。
特徴としては普通?なのかな?(皆からは、よくそんな風に言われてるような…)
丈兄の学校でのことはよくわからないけど。
高校の時とかの勉強の成績は…丈兄の友達は何て言ってたかな。
「おい平子、テストの補習は?」
「無い」
「またかよ!逃げやがったなこのやろーっ」
「こっちは冬休み潰れたっつーの!」
「…ギリギリだろうと受かればいい」
「ケンカ売ってんな。バッティングセンターで決着着けてやる」
「そのあとファミレスなー」
けど運動神経は良かったと思う。
バッティングセンターで友達と競ってた丈兄は、結構勝っていた記憶がある。
「今日は琥珀ちゃんも来るんだろ?」
「ああ。今日は琥珀の家族が帰らない日だからな」
「ちっちゃい頃から大変だよなー。でも平子、お前もホント面倒見良いよな」
「たまに面倒くせーとか思わねーの?」
「昔からだから…別に苦じゃない」
丈兄が電車通学になってからは、バッティングセンターで遊ぶ丈兄たち混ざって、一緒に遊んでもらうこともあった。
「平子、ホームランいけ、ホームラン!」
「琥珀ちゃんが見に来たぞー」
「…木製でそんなに飛ばせるか」
高い音と共にボールが飛び、外野フライの的に当たる。
「…琥珀も打つか?」
「やってみたい!」
丈兄にコツを教わってバットを思いっきり振ったら、ボールは"ホームラン"を射抜いて…。
あれは少し気まずかった。
「琥珀ちゃんすげー!平子よりセンスあるって!」
「じゃあ平子は選手やめて監督な!よっ、平子監督ー」
「ほっとけ」
丈兄は私のことで同級生にからかわれてたけど、それでも相手をしてくれた。
…嬉しかったなぁ。
「…煩いのが一緒で悪いな」
「私は楽しいよ。でも…ごめんなさい、丈兄が嫌だったら私、一人で帰れるよ」
この頃になると彼女とか、そんな話も出てくる頃で。
私はまだ小学生で、高三の丈兄の対象にも入らない。
「なんで謝る」
それでも好きだから、幼馴染みで構わないから少しでも傍に居たかった。
「えっと…うん…ごめん、なんでかな…」
丈兄との距離がゼロにならないのはわかってる。
私は喰種だから。これより近くにはいけない。
丈兄は人間だから。いつか人間の彼女ができる。
それって何年後?
もしかしたらもう、好きな女の子とか、いるのかな。
私の頭を撫でる手。
丈兄のその手で、私が抱き寄せてもうことは絶対にない。
「…つまらなかったら寝てていい。終わったら起こす」
「寝ないよ。ずっと見てる」
風邪引くなよと、丈兄が脱いだ制服を投げて寄越す。
私はそれをお腹に抱えてベンチで体育座り。
どんなに暖かくても、いずれ冷める熱。
私には絶対に留めることのできない熱。
私はずっと、このままでいたかったな。


「あつい…とけちゃう……丈兄、クーラーつけていい…?」
「30℃まで我慢しろ」
「も、もうむり…シャツ脱ぐ…」
ピッ。
そよそよと冷風が降りてきて、電子音で蘇った私は窓とドアを閉めるべく立ち上がる。
「無理な人間の動きじゃないな」
「そんなことないもん。精一杯の動きですー」
丈兄の部屋のちゃぶ台に広げられた私の勉強道具、それから麦茶とアイスコーヒー。
私は中二になり、これまで通り特に問題も無く学校生活を送れていると思う。
そして丈兄は──、
「丈兄は…来年アカデミー卒業だね」
「ああ」
ベッド脇に背中を預け、私の持ってきたテキストを眺めながら答える。
丈兄がこっちを見てなくて良かった、と私は心からほっとした。
自分でもちゃんと笑えていたか不安だったから。
強張ってなかったかな。変な顔してなかったかな。
喰種だって…ばれてないかな。
アカデミーの話になると、いつも緊張する。
これからはそんな機会がもっと増える。だってアカデミーを卒業するということは、
「…琥珀は嫌か?」
「当たり前だよ。危ない仕事だもん、…喰種捜査官なんて」
辞書のページを捲るふりをして俯いた。
「でも、丈兄の将来だから。…丈兄がやりたいことをしたら…良いと思う」
教科書の文字なんて何も入ってこない。
先のことなんて何も考えたくない。丈兄との距離が離れていく、そんな選択しかない先のことなんて。
丈兄は、私を安心させるように少し強めに私の頭を撫でた。
「まだなったワケじゃない」
「そうだね──…。うん、薄くてCCGに入れない可能性だってあるもんね」
「…薄いって何だ」
「だって喰種捜査官って大変そうな仕事だもん。キャラが濃くなくちゃなれないんじゃないかな」
「…………」
「きゃーっ丈兄が怒った!」
テキストをパタンと閉じて無言で羽交い締めにしてくる丈兄にじゃれつく。
こういうのも久しぶりだなぁ、なんて。
昔はもっと一緒にいられたのに。
学校に行って、歳の差を痛感させられて、私もやっと大きくなったのに。また丈兄との距離が広がってしまう。
昔よりもしっかりした腕に、背中に触れる胸に、私の心は締め付けられる。
「喰種捜査官、かー…」
「何か言ったか?」
「うん。じゃあ丈兄は仕事に就いたらスーツ着るんだよね」
「そうだな」
「買いに行くとき、私も連れていってね」
「…気が早い」
「良いから約束!」
カラン、と残り少ないアイスコーヒーの氷が溶けた。
それから、もうひとつ音がした。
「あ、おばあちゃん帰ってきたみたい。玄関の音が聞こえたよ」
「そうか。相変わらず耳が良いな」
「ん。私、そろそろ帰るね」
「晩飯は?」
「今日はうちで食べるから大丈夫」
喰種は駆逐されて当然。
それが当たり前の世の中。
どうしようもないことだってわかってる。
けど。
「送ってくか?」
「へーきー」


外はもう夕日も沈みそうな薄闇に包まれていた。
平子家から歩いて数分の家の玄関をくぐる。
サンダルを脱ぐ。勉強道具の入った布袋が手から滑り落ちて、ごとりと床を打った。
祖父も叔父もまだ帰ってきていない、誰もいない台所に向かう。
ひぐらしの声が煩い。
大きいのと小さいの、二台ある冷蔵庫の小さい方を開けると、暗い台所に冷蔵庫の灯りが漏れた。
ひんやりした空気が蒸し暑い室内に広がる。
涙が零れた。
ストックしてあるのは私の"食事"。
どうして。
どうして私、人間じゃないんだろう。


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