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0214@valentine!

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出局前の十数分。
ほとんど天気予報のためだけに点けていたテレビから、朝にも関わらず元気なやり取りが聞こえてくる。
聞き流しながら上着に袖を通す。
──2月に入りましたがっ、2月のイベントといったら──
「(節分……は先週か)」
──そうっ、バレンタイン!で・す・が〜──
「(そうなのか)」
世間とのずれを感じながらマフラーを首にかける。
確かに最近、街中を歩いていて赤やピンクや茶色の飾りつけを多く見た…ような気がする。
──最近では友だちに渡すチョコレートや、自分用のチョコレート、他にも男性からのチョコレートなどシチュエーションも様々で──
テレビの画面隅に表示される時刻を確認する。
ついでに目に入る、各地の天気と気温の簡易表示は…千葉。…いつも思うが、
「(見る時に限って東京を通りすぎた直後というのは気のせいだろうか…)」
そんなことを考えつつ、結局天気を確認できないままに丈はテレビを消した。


数日後──。2月14日.am10:48.
「あっ。タケさん、あれっ──」
外での用事を終えて本局に戻ってきた途端、倉元が丈の腕を引いた。
局員の行き交う一階のエントランスホール。
倉元が指が差す方へ目を向けると、ホールの一画にあるパブリックスペースに琥珀と、もう一人、見知らぬ捜査官の姿がある。
「………」
「誰だろ?タケさん、知ってます?」
「…いや」
「私も知らん顔だ」
「わッ真戸ちゃん…!いつの間に──」
「ただの通り掛かりだ。気にしないでくれ、平子上等、倉元一等。しかし琥珀の相手は非常に気になるところだ」
観葉植物の影から琥珀を伺う、上から順に、丈、倉元、そこにアキラが加わった。
「くらもっちゃんでも構わないよ。あの二人、何話してんだろね?ていうかホント誰だろ」
「琥珀は聞き手のようだが、満更でもなさそうだ」
「………」
「あ、琥珀ちゃん笑った」
「ほう。何かを受け取ったぞ」
「結構リラックスしてるっぽいし」
「あの紙袋…大きさからして業務に関するものではないだろう。となると…プレゼントか」
「プレゼント!?でも琥珀ちゃんの誕生日って──」
「まだ先だ。私の手帳にも書き込んである」
「だよね。うーん…、微妙に声聞こえないんだよなぁ、この距離」
「他所の課ならわからんでもないが…捜査官で琥珀に近づくとは。あらゆる意味で良い度胸だ」
倉元は声を拾えないかと身を乗り出す。
アキラは「真戸パンチの出番か」と手をグーにした。
ヘンなテンションで盛り上がりつつある二人。
──を、丈は見下ろした。
「…。琥珀にも、俺たちの知らない人間関係はあるだろう」
「そうですけどー。気にならないんスか、タケさん」
「私もくらもっちゃんに同感だ。干渉のしすぎは良くないが、放ったらかしにしていると鳶に琥珀をさらわれるぞ」
「……琥珀は油揚げか」
「そんなこと言って、タケが行かないのなら俺が直接、琥珀に聞いてこようか」
「…、有馬さん」
「あっ、有馬さんっ!マジっすか」
「上の様子は見えんが。下からで失礼する、有馬特等。そして宜しく頼む」
「ああ。タケも、下の二人ぐらい図々しくなった方が良いと思うよ」
ぐ、と、有馬が丈にのし掛かる。
上から順に、有馬、丈、倉元、アキラと、ついに四段重ねになってしまった。
自分くらいは耐えてやらねば下が辛いだろうと思い、丈は有馬の重さを引き受けている。
が、身長180pの有馬ともなるとウェイトもある。
で、そんな丈の苦労も知らずに下の二人は──以下略。
「ならば有馬特等。彼が琥珀と、いつ頃から親交を深めているのかも聞いてきてほしい」
「琥珀ちゃんとはよく話するのかもついでにお願いしますっ」
「あと琥珀に対して恋愛感情の有無についても外せないな」
「直球だなぁー真戸ちゃん」
「そう言うがな、くらもっちゃんよ、男女間における事実関係はハッキリさせておかないと後々ややこしくなるものだ」
「リアルすぎて怖いって」
「二人とも質問はまとまったか。というかだいぶ増えたな。いっそのこと全員で行こうか」
「………。」
最初は姿を見かけただけだったのに。
何だかよくわからないが全員で話しかける流れになってきたようだ。
すまない琥珀、職場ではプライバシーとかそういうものはあんまり無いらしいぞ。と、丈は心の中で琥珀に謝った。
けれどその丈とて、他の三人と同様に、琥珀が親しげに笑いかける男が気になってしまっているわけで。
三人の暴走を止める気が無いのだから、結局同罪というものだろう。
こうして四人が、いざ行くかとなった時……、
「あっ、平子上等っ──」
局員の靴音や会話の響く中、琥珀のやわらかな声が通る。
「皆さんも、おかえりなさい。ご一緒だったんですか?」
紙袋を持つ琥珀と、同じくこちらを向いて、ビクリと緊張した顔になる同僚の男。(有馬がいれば仕方がないだろうが)
それよりも皆の視線は紙袋に集中する。
素早い動きでアキラは一歩前へ出ると、カッ、とヒールを鳴らして、びしっ、と指を突きつける。
「琥珀、その紙袋は何だ?そしてその男は誰だ」
──アキラ(真戸ちゃん)。最強──
男三人の心が一つになった瞬間だった。

琥珀が話すには。
最近の任務で一緒になった捜査官らしい。
「任務で少し助けてあげたことがあってね。その時のお礼みたい」
紙袋を掲げてみせる。
「今日はバレンタインでしょ?元々バレンタインって、お世話になった人に感謝を伝える行事だから…受け取ってください、って」
「言い訳くさい」
「真戸ちゃん、抑えて」
ロビーに出現した濃い面々を目にして明らかに引いた様子を見せたその捜査官は、挨拶もそこそこにその場を後にした。
少し照れたように笑う琥珀。とは、うって変わって、男の立ち去った方向を据わった目付きで眺めるアキラ。
有馬が紙袋を見下ろす。
「それで琥珀。中身は?」
「それがですね──…」
ガサガサと音を立てながら、やや重さのありそうな袋を取り出す。
「珈琲豆ですっ。…私が前にアイスコーヒーを飲んでるのを見てたみたいで、アイスコーヒーを淹れるのに向いてる豆を選んでくれたそうです」
「へー。前に」
「いよいよ真戸パンチだな」
「アキラちゃん、真戸パンチって?」
「タケも準備しておいたら?」
「……。パンチをですか」
「良ければ私が伝授しよう、平子上等」
「頑張ってくださいタケさん。俺、カメラ用意しときますんで」
「………」
濃い集まりになったために周囲が遠慮をしたのか、降りてきたエレベーターに乗ったのはこの五人だけだった。
次のフロアへの到着を待つ間、アキラと琥珀の話し声が狭い空間に響く。
一番最初に降りたのはアキラだ。
先に失礼する、と。
それから、女子の気持ちを代弁させてもらうとだな、と続ける。
「言葉でも、行動でも、気持ちは常に伝えておいた方が良い。以上だ」
ドアがゆっくりと閉まり──…稼働音。
次の到着フロアで降りるのは丈と倉元──の、はずだった。が。
「タケ。前に渡した資料だが、もう一度見ておきたい」
「資料………、わかりました。あとでお渡しに──」
「いや、いい──、琥珀」
「はい」
「受け取っておけ」
「はい──…、えっ?今ですか?」
フロア到着を告げる電子音でドアが開く。
丈と倉本が降りて、戸惑いながら琥珀もエレベーターを降りる。
ドアがゆっくりと閉まり、有馬の姿が見えなくなる。
頭上に灯る階層ランプが上階を示す右へ一つずつ移っていく……。
倉元が突然「あ!」と声をあげた。
「俺ちょっとトイレ寄ってきたいんで、先に行っててください」
「………」
「え…?倉元さんっ──…?」
じゃあごゆっくりー、とデスクとは反対方向に去っていく。
つい先ほどまではあんなに賑やかだったというのに。
一人ずつ減っていき、丈と琥珀がだけが残された。
エレベーターの稼働音や、少し離れた部署から局員らの働く音が聴こえてくる。
しかし二人の立ち尽くすエレベーター前には二人以外の誰もいない。
琥珀が居心地が悪そうに紙袋を握り直す。
「…なんだか静かだね。取り残されちゃった気分」
「………」
「デスク、行こ?書類もらわないと私、帰れないし…」
「…ああ、……いや──、」
一度肯定しかかって、丈はすぐに言い留まる。
決め手は別れ際のアキラの一言だろうか。
いや、それ以前から落ち着かない気分はもちろんあった。
琥珀が紙袋を渡されている姿や、言葉を交わす緊張の解けた表情。受け取った紙袋を丁寧に抱える仕種も。
恋人の、見知らぬ男とのやり取りを見せられて、何も感じないなどという達観した精神は持っていない。
そして、二人きりというこの状況をお膳立てまでされて動けないほど、場の空気を読めない人間でもない。
伝えないといけない。
伝えられるだろうか。
………。
どのように伝えたら良いのだろう。
「琥珀」
「うん?」
「何も…バレンタインのプレゼントは用意していないんだが」
丈が、お前はチョコレートは口にできないから他に何が良いか、と訪ねると、琥珀はその大きな瞳をさらに大きくした。
それから可笑しそうに笑った。
「用意なんて。もう、平子上等っ、バレンタインは男のひとが貰う側なんだから。気にしなくていいのっ」
珈琲豆は嬉しかったけど、と言いながら紙袋を後ろ手に持ち変える。
「私もね、あとで丈兄に渡したい…チョコレートがあるの。今日中にちゃんと渡せるかなって、空いてる時間はその事ばっかり考えちゃう」
こんなチャンスがあるなら持ち歩いておけば良かった。
琥珀は困ったように、少し照れたように頬に手をあてる。
そんな手の中で、やはり紙袋が音を立てるものだから。
「(…その珈琲をどうしたら早く飲み尽くせるかを、さっきからずっと考えている)」
そう琥珀に伝えたら、琥珀は何と答えるだろう。
気恥ずかしさもある。
照れだってある。
全て押し込んで、丈が口に出してそのことを伝えると、琥珀はぱちぱちと瞬きをして、それから丈の胸に飛び込んだ。


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