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pink rose.(後)

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「琥珀は前に出ようとか思わないん?」
飛んできた赫子の弾をガードして、「後ろは退屈」とハイルはぼやいた。
どうせ戦うのなら前に出た方がよっぽど手柄になる。
琥珀のように体力を奪いながら戦えるなら、一人で斬り込んだって困らないのに。
「もう少し数を減らすまでは、このまま」
「私らがいなくても一人で片せそうだけど」
ハイルが振るうのは鱗赫で造られたクインケだったが、剣槍に似た大物であるために重量がある。けれど動きに鈍さは全くない。
後ろで苦笑する気配がした。
「そこまで強くないから。手伝ってほしいな」
ハイルと並ぶ宇井も、赫子を弾きつつ鋭くクインケを振るう。
「前衛がいて活かせる戦術もある。そういうことです」
「ふぅん?」
いまいちピンと来ないハイルに、琥珀がやんわりと助け船を出す。
「大人数を相手にするのに向いてるけど、取り零すこともあるし。それを倒して欲しいの」
「私達の手慣らしと、この後の捜索のための体力温存も兼ねているんですよ。…さっき有馬さんが説明したでしょう」
聞いてなかったんですかという宇井の言葉の締めは、ハイルは耳から追い出した。
その耳の横を、琥珀が造りあげた棘が投擲される。蔦のように蠢く赫子から生み出された、捻れた棘だ。
前方で戦う有馬を狙っていた、闇際の喰種の額に突き立つ。
「有馬さん、こっち見ないかナー」
「…ハイル、今は戦闘中ですが…?」
ハイルや宇井よりも前に出て戦う有馬は、他の捜査官に指示を出しながら戦っている。
「知ってますよぉ。でもこっち見てくれたら、私すごーく頑張れそう」
「私達の持ち場はここですよ」
「ちぇー…」
敵をあと少し減らすまでと言われたが、あまりお預けされては身体が鈍ってしまう。
そんなハイルの後ろから、有馬さん、と琥珀の声がした。
有馬の名前に思わず身体が反応する。
「そろそろ……、」
「………」
どうでしょうかと伺う琥珀も、想定より早いことは理解していたが、待ちきれないハイルの様子もひしひしと感じていた。
有馬は短く沈黙する。
会話も聞いていたのだろう、息を吐くと、「一体も逃すな」と返した。
ハイルの反応は早かった。
急かすように、琥珀、琥珀、と呼ぶ。
「私、前に出るから琥珀ついてきて。琥珀とやったら、たくさん取れる気がするんよ」
ブン、と軽くクインケを振って動きを馴染ませる。
「…そういうわけで、行ってきますね。郡さん」
「…有馬さんが了承したから仕方ないですけど。…琥珀、甘いですよ」
「じゃあこーり先輩、ウチらがたくさん敵を削れば文句無いですよね?」
このやり取りの時間すら惜しいとばかりに、ハイルは前へ飛び出した。
「こ・お・り、ですっ──、まったく…」
「赫子、解きますね」
琥珀も微苦笑を溢すと、周囲に伝えた。
半身に纏う赫子を脱ぎ捨てるように消失させてハイルを追う。
「(じゅうに、じゅうし、じゅうろく── …)」
残り19体──。
転がっている喰種に比べれば少なすぎる数に不満が無い訳でもなかったが、ハイルは手始めの一体を屠りながら次を見た。
琥珀が動いたことにより"根"の消滅に気づいた喰種の動きにも変化が生じる。
「(前に出たら私だって負けへんよ──、)」
琥珀がついてきている気配を確認すると、大きく踏み込む。
続く二体目を、文字通り上と下に両断したハイルは更に前へ進もうとした。
その瞬間、血に塗れた地面に靴底を滑らせ、「あ」と小さく声が零れた。
それを掬うように琥珀の手がハイルの背中を守る。流れる赫子が敵を牽制した。
「──動き方、有馬さんに似てるのね。…ハイルちゃんは有馬さんのどこが好き?」
ハイルの身体を腕一本で立て直させると大きく赫子をしならせる。
「どこっていうか、全部」
「全部?」
「うん。強くて、きれーで、かっこよくて──」
琥珀が動くよりも疾く、ハイルは喰種の懐に飛び込む。
「ずーっと、ちっちゃい頃から。憧れやったんよ」
突き立てたクインケをぐっと捩じ込むと、力任せに横薙ぎに振るう。
琥珀の援護を信用してか、または試してか、防御を一切念頭に置かない動きだ。
「やっと、見てもらえる」
自信があってこその動きでもある。
「から、琥珀には負けんよ。その赫子も欲しいくらい。良いクインケになりそうやし?」
荒削りながらもハイルの戦い振りには勢いと切れがある。
"庭"での日々、戦術や戦闘理論を聞かされる時間は退屈だった。
身体を動かす方が性に合っていた。
記憶の中の有馬の姿は少なかったけれど、ハイルの戦闘スタイルはその全てを取り込んでいる。
記憶でも夢でもない、十数メートルしか離れていない場所にいる現実の有馬──彼を振り向かせるには…まだ足りないようだが。
ハイルは薄く微笑みを浮かべる。
しかしその瞳に帯びる熱を見て取り、琥珀は目を伏せた。
「…私の所有権は有馬さんにあるから。それに…無理を承知で言うなら…私が赫子だけになったら、使ってほしい人、いるの──」
ハイルの太刀筋が勢いを緩める。
他の捜査官に取られる前に急がないと、と思って振るっていたが、琥珀を振り返った。
「ハイルちゃん、前、いいの?」
「ちょっと休憩ー」
琥珀の赫子が飛びかかる喰種の首を刎ねた。
やる気の無くなったハイルの形ばかり構えをとる。
付かず離れずの位置で戦っていた宇井は顔をしかめたが、諦めたのか何も言わなかった。
「…琥珀があげたいのって、私も知ってる捜査官?」
「少し前まで、有馬さんと組んでたひと」
「???有馬さんと組んでたひと?………。いたっけ?」
「…。いたの」
「へー。じゃあ職場恋愛やねぇ。ドラマみたい」
「え…?うん………そう、なのかな……」
「なんでそんなに言いにくそう?」
「それは──、…人間と…喰種だもん」
「えー」
「えーって言われても」
「せやって。琥珀は半分、人間しょや?」
「………」
ハイルは左手をまっすぐに伸ばすと、琥珀の焦げ茶の左目を隠して見た。
それから横にずらして赤黒い右目を隠す。
どちらをとっても、戸惑ったような琥珀の表情。
喰種の琥珀と。
人間の琥珀がいる。
生きる限り憎まれ続ける半喰種。
半分しか寿命を持たない半人間。
どちらが幸せなのだろうか。
わからない。
ただ、琥珀は琥珀で、自分は自分だ。
ごちゃごちゃと考えたところで運命が変わるわけでもない。
「半分…人間、なんて──…考えたことなかった…」
「そ?」
「うん」
「ま、どっちでもいーけど」
本当に、どっちでもいい。
白日庭で育てられた子供たちは、皆、短命であり、それを知っている。
ハイルも。有馬も。
「(だからいっぱい、見てもらうんよ)」
それでまた有馬にほめてもらうのだ。
有馬のあの手で、撫でてもらうのだ。
そのために戦う。
そのための命だ。
死ぬ瞬間もきっと、彼を想っているのだろう。
「(私と琥珀、一緒やね)」
ハイルは軽く握っていたクインケを鋭く振るった。
ヒュッ──と風斬り音をさせれば、放つ気迫が切っ先まで渡る。
おっとりとした声でハイルが告げる。
「休憩終了〜。あっちの手前、取り行くから。琥珀、右の、よろ」
「は?…ちょっ…それって無茶振り──、だから足止めが精一杯。代わりに奥のは仕留めるから」
「うふふ。二体は貰いやし。全然OK」
合図も無くハイルは駆ける。
琥珀も追従する。
前方の喰種へハイルが攻勢を仕掛け、同時にハイルを狙って放たれる右手の喰種からの攻撃は、琥珀が赫子で阻む。
ハイルが切り捨てた喰種を越えて、琥珀の撃ち出した無数の棘が最奥の一体を仕留めた時、ハイルもまた、有言を実行し終えていた。
鮮やかな連携は敵の気を削ぎ、味方の士気を高めた。
そして、ちらりと一瞬──ほんの一瞬だが有馬がこちらに向けた視線も、確実にハイルのテンションを高めた。
宇井が言う。
「思ったんですけど、ハイルと琥珀は今日が初対面でしょう。何でそんなに息が合ってるんです」
琥珀とハイルは顔を見合わせて、答えた。
「ハイルちゃん、有馬さんと同じ感じだから少し失敗しちゃっても平気かなって」
「琥珀とはターゲット被ってないから仲良くできそう」
「………。(女子って)」


──。
琥珀。琥珀。
私は人間とか喰種とか、
正直どうでもいいって思ってるんよ。
だって私の一番はずっと、ずうーっと有馬さんやから。
ずっと、ぜんぶ、一番のひとのため。
琥珀も そう、しょ?


170209
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