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pink rose.(前)

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だれ?コレ。って思った。
ハイルが君塚琥珀と初めて顔を合わせた時の印象だ。
伊丙入三等捜査官。
彼女は白日庭から呼ばれた少女だ。
技能が高く、"庭"の管理者たちから受ける評価も悪くなかったハイルは、世間での高卒となる年齢を待たずにCCGへの入局・捜査官採用となった。
同じ"庭"出身である有馬の指揮する0番隊への配置だった。
ハイルは喜んでいた。
"庭"で訓練を受けていた日々、ずっと憧れ、慕ってきた有馬にまた会えるのだと。
有馬貴将もまた白日庭で教育を受け、年若くして捜査官となった。
その為にハイルが持つ有馬との記憶は幼い頃の、それもほんの僅かな時間。
それでも穏やかな有馬の微笑みはハイルの記憶に深く残り、頭に置かれた感触は今でもしっかりと覚えている。
またあの微笑みを向けてもらえたら。
あの心地好い手に触れてもらえたら。
やっと"庭"から外へ出て、自分の足で踏みしめることができる世界。
自分の力は"今から"のために磨いてきたのだ。
有馬の役に立って、ほめてもらう。
自分の残りの持ち時間はぜんぶ、その為に。
…それなのに。
「(だれ?コレ)」
有馬から紹介されたその女は君塚琥珀というらしい。
片親が喰種で、本人は隻眼だという。
0番隊の白いコートを羽織った小柄な女は、目が合うと、一見人畜無害な笑顔で会釈をした。
ひと目見ただけでは喰種だと判らないのが喰種の特徴だ。
「──ほんの少しですけど、血の匂いが…」
「来る途中で報目撃告が入った。ルートの変更は行わないが──」
有馬とハイルがやって来た時、周囲の捜査官とは離れ、琥珀は一人、24区へ降りるために開け放たれた通路口を見つめていた。
今は有馬と作戦中の動きについて相談をしている。
「(ふーん…)」
自分だったら、有馬さんが相手だったらもっと浮かれそう、と二人を眺める。
有馬の説明からハイルが記憶に留めたこと。
琥珀の所有権は有馬にあること。
中・遠距離の赫子を持つこと。
捜査官の身分を与えられているが、指揮をすることはなく、捜査官らのサポートを中心とした戦いをするということ。
やり取りが終わるのをハイルがぼんやりと待っていると、琥珀が「各班に伝えてきます」と言って離れていった。
「──そういうことだ。流れは分かったか?」
「へ?」
有馬に突然話を振られて、ハイルの心臓が少し跳ねた。
「えっと〜………えへ。わかりました」
本当は有馬のまばたきを数えていたからあまり(というかほとんど)聞いていなかった。
後でこっそり他の捜査官から聞こうと思う。
「でも結局、見つけた喰種はせーんぶ倒せば良いんですよね?」
「…。基本的には間違ってないが。メンバー個人の癖もある。フォーメーションの確認と調整もしながら戦え」
「はぁい。りょーかいです」
「………。」
にこにこにこにこ。
見下ろす有馬と時間たっぷり見つめ合ってみる。有馬は何か言いたげな視線だったけれど。
ともあれ、さっそく役得感を得るハイルだった。

24区──そう呼ばれる地下地区は、かつて喰種が身を隠すために造られたという。
それは通路であったり巨大な広間であったり、広さも高さも様々な空間が繋がって東京の下に存在する。
規模は不明。
設立以来、CCGは長きに渡って地図を製作してきたが、未だに果ては描けていない。
現在ハイルたちが進むのは壁に沿って造られた下り階段だ。
便利さを求めるのは喰種も同様らしく、配線がされ、所々には照明が灯っている。体育館程の広さの空間だろうか、階下がぼんやりと浮かぶ。
ただそれも完璧ではなく、奥は薄闇に包まれていた。
「………」
「あのぉ」
「何ですか?」
「何か、無口じゃないですか?あのひと」
半分喰種ですけど、と付け加えて、ハイルはおかっぱの捜査官 (ういこーり一等?とかさっき紹介された)に話しかける。
地下に降りたということもあり他の捜査官は皆、表情が固い。
その厳つく引き締められた顔たちの中でも、ハイルは断然話しかけやすそうな宇井を選んだ。
ハイルの視線の先には琥珀がいて、その少し前には有馬もいる。
「まぁ…そうですね。特に今は…周囲の音を聴いているからというのも、あると思いますが」
「?敵を探してるってコトですか?」
琥珀は唇に指を当てて、やや俯きながら階段を降りている。
考え事をしているようにも見えるが、有馬が時折、他班の捜査官と言葉を交わしたりしても、ぴくりとも顔を上げない。
「彼女が言うには、本当はもっと集中しないと聴き分けが難しいらしいですが…。有馬さんの課題はハードルが高いから──」
宇井の言葉が途切れ、下り階段が終わる。
ハイルと宇井の目が追っていた琥珀がおもてを上げた。
有馬さん、と呼び止める。
「聴こえるか?」
「はい」
琥珀の焦げ茶の瞳が、見えない闇を見透すように移動をした。
「そうか。──各捜査官、散開」
有馬の声が静かに響いた。
突然の戦闘準備にきょとんとするハイルに、宇井の声がかかる。
「ハイル、始まりますよ」
「え?」
琥珀の方へと早足で進む。いつでもクインケを振るえるように持ちかえながら。
宇井に追い越された琥珀は上着を脱いでふわりと床に膝をついた。
頭を垂らすように深く俯く。
「先に仕掛けます」
宣言のようにも聞こえた硬い声。
有馬の平淡な声で指示が下る。
「"抜けてきた喰種"にのみ応戦しろ。前へは出るな。郡、ハイル。そこは任せる」
有馬に応えた宇井の声に混じって、ハイルの耳にパキッと石が弾けるような極微小の音が届く。
「(なに──?)」
そう思う間もなく、遠く遠く、明かりの届かない闇の中で、生き物が潰れるような音がした。
続けてビー玉か…いや、恐らく大粒の水滴がコンクリートに当たる音。
ぱらぱらと。
びちゃびちゃと。
気がつくと琥珀には赫子が顕れていた。
肩や腕、赫子は背に限らずに形を為し、所々に見え隠れする白い肌が、琥珀であることを理解させる。
幾本もの赫子が細く伸びてコンクリートに突き刺さり、目を凝らすと脈打つ動きが僅かに見えた。
音の聞こえた方向から、かかれ…!と動揺を滲ませた声がした。
近くの闇からも喰種が姿を現す。
「早く前へ──!」
宇井が鋭く呼ぶ。
ハイルもクインケを握って琥珀の前へ急いで出る。
「(…根っこなんだ)」
飛んできた羽赫の弾を無造作にクインケで弾く。
コンクリートに潜り込んだ赫子の"根"。
先ほどパキッと弾けたのは赫子がコンクリートを砕いた音。
ハイルが前へ出た時には、周囲では既に戦いが始まっていた。
喰種らに応戦する捜査官たちは琥珀に背中を向け、一定の距離を保ったままで前へは出ない。
捜査官の攻撃を下がって避けた喰種は不審に思い足を止める。途端に、ビクンと痙攣した。
喰種の腹を、胸を、そして首筋を、足元から生えた何本もの赫子が突き破る。
ぱらぱらぱら。
大粒の血が跳ねた。
赫子がなぜ。"白鳩"に喰種が混ざっている。あの女だ。女を狙え。下から来るぞ。誰か後ろに伝えにいけ──。
立ったまま死んだ喰種から、脈打ちながら赫子が抜ける。
糸の切れた人形のように喰種が倒れた。
戦う喰種たちの間に見えない恐怖が伝播する。
捜査官らの顔にも戦いとは別の緊張が浮かぶ。
自分たちの足の下には、琥珀の命令ひとつで命を摘み取る死神の大鎌が潜っている。
そんな中でぽそっと。
「こないだ観たホラー映画みたい」
「…声、出てますよ…」
ハイルと、ハイルを嗜める宇井の背後で僅かに琥珀が笑った。
「味方は喰べないようにするけど。前に出すぎないで」
「琥珀、ノーコン?」
「(…もう呼び捨てに……)」
「練習中なの。地下じゃないと、…こんな恰好になれないから」
「へぇー…」
赫子を、解放する気配すらしなかった。
向かい来る喰種と切り結びながらハイルは周囲に視線を巡らせる。
琥珀が床に座り込んだのは、この仕掛けを行うのが自分であると判らせる意味を持つ。
琥珀が行っていると知れば喰種も放ってはおかないだろう。
狙いを絞らせれば受け手も対応がし易い。
「(──あの根っこ、どこまで広げとるん…?)」
コンクリートの中を抉って伸びる赫子は、一体どれ程の規模で展開されているのか。
遠くでは、新たに"根"に捕まった喰種が爆ぜ続ける。先ほど喰種が口にしていた増援だろう。
短い悲鳴が断続的に響いてくる。
目を凝らせば闇に紛れて薄らと血飛沫が見えた。
気のせいだろうか…だんだんと爆ぜる喰種が増えているような気がするのは。
他の喰種であれば消耗を待つこともできるだろう。
ただ琥珀を相手には無意味だった。
どのように循環させているのかは分からないが、へたり込むように項垂れる琥珀には絶えず養分が送り込まれていて、新たな根を伸ばし続ける。
「(琥珀は…何て呼ばれてたんだっけ──)」
ハイルは有馬の声を思い出す。
──"ナイトメア"──
悪夢だ。


170209
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