×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



今日のおすすめは唐揚げ定食

.
「だそうですよ、平子一等」
日替わりメニューの書き出されたボードを目に留めた琥珀が、わくわくした様子で振り返る。
CCG本局の食堂は活気に溢れ、昼食を摂った者や、これから摂ろうとする者たちで溢れていた。
ちょうど昼時という時間帯で、入り口近くの席はすでに殆ど埋まっている。
丈は食堂内を見渡した。
この中で、琥珀と自分と、後からやって来る有馬が座れる席を見つけるのは中々大変そうだ。
隣では琥珀も小柄な身体でふらふらと背伸びをする。
入り口は人の流れが多く、丈は琥珀の背中に手を添えた。
「空いてるとこあるかな?私、探してくるね」
奥の席なら空いてるかも。と、そう言って離れようとした腕を丈が掴まえた。
「待て、……一緒に行く」
「ん、いいよ、席取っておくから。 丈兄は唐揚げ定食取ってきたら?列、長くなっちゃう」
「唐揚げは捨てがたい…が、まだ決めかねている」
「ふふ、迷ってる?学食でもね、唐揚げって人気だったから。選ぶのかなーって思って」
私もつられてテンションあがっちゃった、とカウンターの上に掲げられたメニュー板を眺める。
定番の和定食と洋食が並び、週替わりで特別メニューなども用意されている。
働く局員が多いために食堂の規模は広く、また品数も豊富だ。
「ついでに私のコーヒーもお願いしていい?」
「それは構わないが」
「やったっ。じゃあ行ってくるね」
「琥珀──」
琥珀はひらりと手を振って丈から離れた。
食堂に入ってくる者は依然として減らない。確かに席を確保するなら先にしておいた方が良さそうだが…。
真新しいスーツに身を包んだ琥珀の姿は、例えるなら新社会人のような、どこか周囲から浮いたような雰囲気を纏って目に映る。
良く言えば初々しい。
反対に言えば悪目立ちする。
「………。」
無言の丈は学生感の残る後ろ姿を見送った。

人々の会話、衣擦れ、椅子を引く音。
食器のぶつかる音、物を咀嚼する音。
やはり受け渡し口のある辺りから席は埋まっていくようで、食堂の奥まで来ると空席も見つかった。
入り口から離れるにつれて、ざわめきと活気も落ち着いてくる。
そうするとより聴こえやすくなるものもある。
──アレ、そうじゃないか。噂の──
──食堂に用なんて──
抑えられた声のやり取りが琥珀の耳に届く。
食堂のざわめきの中で交わされる会話は、人間の耳に聴き分けることは難しい。
けれど喰種の感覚は、人間のものより優れているため聴き取れてしまう。
「(…もうちょっと離れた席、探そっかな…)」
琥珀の素性を伝えられているのは喰種捜査官に限られていた。
それにより、他の部署の局員には琥珀が喰種であることは知られていない。
口止めされているわけではないが、わざわざ余所へ話すことではないという暗黙の空気が流れていた。
「(隅っこになっちゃうけど…。あんまり……見られたくないな……) 」
琥珀が体の向きをかえると、後ろからやって来た人影にぶつかりそうになる。
「きゃ──、ごめんなさい──」
咄嗟に謝ったが、見下ろす視線の冷ややかさに動けなくなった。
これは些細な出来事だ。昼時の人の多い食堂でぶつかりそうになったという、ありふれた出来事。
けれど突き刺さる視線は"喰種"を見る目だった。
日常には、あまりにも鋭すぎる。
「………お前、こんなところに用なんてないだろ」
ぶつかりそうになった捜査官の低い声がして、通り過ぎる。
「──っ…、」
心臓が、きつく締められるような呼吸の停滞。
堪えるための、心の準備をする間もなかった。
かっ──と、目の裏に熱が昇り、温かいものが流れ出そうになる。
その時、琥珀の後ろから再び声がかかった。
「向こうの席なら空いてそうだよ。琥珀ちゃん」
「なーんかキツいっすね」
トレーを片手に持った篠原が、もう片方の手で琥珀の肩をぽんぽんと叩く。
倉元もトレーを持ったまま、「あ、篠原さんずるいわー」と声をあげた。
ゆっくりと、瞬きと呼吸を繰り返すうちに、琥珀の身体を包んでいた強張りが解けていく。
琥珀の耳に届く音も、食堂のざわめきが戻った。
心臓の鼓動はまだ戻りきってはいなかったが、琥珀を待つ篠原と倉元とを見返すうちに、次第に落ち着いてきた。
やっと気の抜けた琥珀は、ほうっと瞳を閉じる。
そして開いた時に飛び込んできたのは──、
「倉元さん…唐揚げ定食」
「あれ、そっち?」

篠原と倉元に引っ張られるかたちで、琥珀もテーブルに着いた。
連れがいるのだと琥珀は遠慮したのだが、親切にも篠原が、隣の局員に詰めてほしいとわざわざ声をかけてくれた。
「有馬さんと平子一等を待っていたんです」
篠原と倉元が向かい合って席に着き、琥珀は倉元の隣に掛けた。
「それで通りがかりにあれかー。災難だったね」
こんだけ混んでてわざわざ言うとか。と倉元がさっそく唐揚げにかじりつく。
「色んな捜査官がいるさ。まあ気にしない方が良いと思うよ」
篠原も茶碗を手にしながら言う。ちなみに篠原が選んだのはサバの味噌煮定食だ。
「お二人には助けてもらっちゃいました」
「ほんと?じゃあ良いときに来たなー」
ザクッ、と揚げたての歯応えを伝える音を立てたあと、倉元は唐揚げをもくもくと咀嚼し、呑み込んだ。
「……。えっ。有馬特等来んの?マジで?」
「えっ。倉元さん、反応遅いです」
「そりゃ有馬も昼メシくらい食うだろ」
「いやいや、そりゃ食べるでしょうけど。うわーマジか。ちょっと俺、まだ心の準備が…」
「有馬相手にどんな準備がいるっての」
呆れた篠原がサバをつつく箸を止め、琥珀もくすくすと笑う。
「倉元さんってば、意識しすぎ」
「琥珀ちゃんは毎日会うし慣れたかもだけど。最初は緊張したでしょ」
「え、えぇと……最初は、少しだけ…」
「ほらっ、やっぱ!」
「表情も固かったしね、琥珀」
「わっ」
「うっわ…!」
不意にかけられた本人の声で、琥珀と倉元の肩が同時に揺れた。
ここ良いですかと有馬が篠原の隣に座り、続く丈が琥珀の隣の椅子を引く。
「有馬さんっ。平子一等もっ。途中で会えたの?」
「並んでいたらな」
「篠原さん。お久しぶりですね」
「よお、お前さんも元気そうっていうかいつも通りだな」
「まぁ元気ですよ」
「あっ丈兄、…じゃなくて〜…、席代わるよっ」
「このままで構わない」
「でも私が真ん中って何となく居心地が…」
「いいから座っていろ」
「あれ、琥珀ちゃんって平子一等と知り合い?」
「ええと…何て言うか…その……」
「幼馴染みだ」
「えーーーっ!?」
「いやぁ良い反応だ」
「だって、篠原さんっ…えぇー!?」
篠原さん知ってたんですかと前のめりになる倉元に、ネクタイ摺るぞと篠原が箸で指す。
「篠原さん、何で教えてくれないんすかー…」
「そう言われてもなぁ。知ってるヤツは普通に知ってるぞ」
「普通に知らなかったです…」
「あ、有馬さん唐揚げ定食ですか」
「今日のおすすめらしいから」
「ですよねっ。おすすめ」
「………何だ、琥珀」
「ふふふ、別に?ただのどや顔ですー」
「………」
ちなみに丈のトレーには天麩羅うどん、お茶、それからコーヒーが乗っている。
思い出した琥珀が両手を出すと、丈がコーヒーを渡した。
ありがとうと受け取った琥珀が嬉しそうに口運ぶのを見て、隣の席で倉元が突っ伏した。
「あー………篠原さーん、俺もうダメっす。今日元気出ないっす…」
「何言ってんだ。食わないと午後からの捜査持たないぞ」
「倉元さん?どうしたんですか?」
「あはは。何でもないよ…」
「?」
しなしなとした様子で白米を口に運ぶ倉元を琥珀が覗き込む。
その向かいでは有馬が味噌汁の椀を手に取る。
「篠原さんは午後から外ですか」
「合同でミーティングがあって、そのあと局外だな。有馬、お前さんは?」
「タケ、午後の予定は?」
「有馬さんは安浦特等と田中丸特等からお呼びがかかってます」
「その間、ヒラと琥珀ちゃんは?」
「待機ですかね。資料のまとめでもしています」
「………」
「…。有馬さんは1時半に安浦特等の執務室にと」
「………そう」
「(…有馬さんさ、ちょっとイヤそうじゃね?)」
「(…田中丸特等が同席されると、室温が上がって上着の脱ぎ着が面倒くさいって言っていました)」
声を潜める倉元と琥珀。
二人はこのメンバーの中では若く、歳も近いために、仲の良さが際立って見える。
特に琥珀にとって倉元は、局内で隔たりなく話しかけてくれる数少ない人間らしい。
その様子は同級生のような親しさすら感じさせる。
ひそひそと言葉を交わす二人を横目に丈は、ずずっとうどんを啜った。
琥珀が捜査官になってしばらく経った。有馬や丈が一緒の時なら、あからさまな態度で話しかけてくる者もほとんどいない。
しかし琥珀一人の時は違うようだ。
相変わらず冷たい視線は付きまとい、陰口も聞こえてくる。
本人に問いただせば否定するが、その場に残る空気で丈が察することもある。
こればかりは無くならないだろうし、琥珀自身が慣れていくしかない。
琥珀が気にせずに話をできる相手がいること。
楽しげに寄せられる二つの頭を見ていると、それは安心と共に、…ほんの少しばかり落ち着かない気持ちも呼び起こすが、琥珀にとって良いことだ。
丈は考え事をする間にふやけてしまった海老天を口に運んだ。
「倉元ー、楽しげなのは構わんが、さっさと食わないと置いてくぞ」
「へぇーい…」
倉元の箸の進み具合いは8割ほどだろうか。
いまだにやる気の戻らない倉元に篠原が呆れた眼差しを向ける。
「…前から思ってたんだがな。俺も有馬と同じ特等なのに、倉元、お前の態度は雑すぎる」
「だってー…篠原さん、学校の先生感が強すぎなんスもん。なーんか俺にキビシイし」
「俺は誰に対しても態度は変えんよ、っと」
「あっ俺の唐揚げ!」
グサッと箸に突き刺された最後の唐揚げが篠原の口に収まった。
ごちそうさん、と言うと同時に席を立つ。
「じゃ、お先」
「とかいってマジで置いてくし…!?あとそこっ、笑いすぎ!」
「ふふっ…、だって倉元さん、子供みたい──」
からかいも含めて笑いを堪えない琥珀に怒りつつ、倉元は慌てて定食の残りを掻き込む。
最後のお茶を一気に飲み干すと、ガタンと椅子をならして立ち上がった。
「あの──…っ、」
言葉を詰まらせ、もう一度息を吸う。
「お先に失礼しますっ…!有馬特等、平子一等っ」
トレーを持ち、そのまま有馬と丈にそれぞれ頭を下げると急ぎ足で篠原を追いかける。
──…。
昼時を楽しむ声や食器の当たる音、その他の様々な音に満ちる食堂の一角で、残った三人はなんとなく無言だった。
「倉元さんの目、きらきらしてましたね」
「タケにあんな目で見られたこと無いな」
「………。」
「あっ、有馬さんも1時半、遅刻しちゃだめですよ」
「暑いから気が進まない」
「上着は私が預かっておきますからっ」
「上着ひとつにやけに真剣だね、琥珀」
「わ、私そんな…っ、お昼寝用のお布団にちょうど良いとか思ってないですよっ…全然っ!」
「別に構わないけど」
「というか琥珀、寝るな」


170112
[ 30/225 ]
[もどる]