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「#幼馴染」のBL小説を読む
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捜査官

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【通達】
──実験として。
『Sレート"喰種"ナイトメア』を所有し、使用することを、以下の者に許可する………──
CCG局長 和修吉時


仕留めた喰種の所有権は、それを行った捜査官に発生する。
その所有権により、喰種がクインケとして造り変えられると、捜査官の手元に戻ってくる。
喰種である"彼女"の所有権は有馬貴将にあった。
しかし今回のケースは、"彼女"が"生体"であることに加え、"彼女"が有馬のパートナーである平子丈と近い関係であったことを考慮して、有馬の元へ渡される前に期間を置くこととなった。
『"彼女"を捜査官として使用することが可能かを判断するための、二名以上の上位捜査官による監視、及び調査』として。
「というわけで、よろしくね。君塚…琥珀さん」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
資料ファイルを捲りながら琥珀と見比べるのは篠原幸紀特等。
数日前に通達を受け、事情は局長から直接聞かされてはいたのだが──。
篠原の隣で、ここへ来るまでに資料を読み終えていた真戸呉緒上等が目を細めた。
「喰種相手に何を畏まっている篠原。普段通りで良い。君は捜査時にいちいちクインケに挨拶をするのかね?」
「いやぁ…面識がある分、何とも調子が狂ってな」
以前、篠原は丈から、幼馴染みとして琥珀を紹介されていた。
人々の行き交う駅改札で少し緊張した表情で佇む琥珀を、そのあと同僚と引っ張っていった飲食店で自分達中年の愚痴を聞かされ苦笑していた琥珀を、鮮明に覚えている。
「(喰種だったこの子は、一体どんな気持ちだったんだろうね──)」
あの時の笑っていた琥珀も、今、静かに口を閉ざす琥珀も、ただの少女にしか見えない。
そして、
「さっさと出発するぞ篠原。"君塚"の観察もだが、昨日届いた新たなクインケの性能も試したい」
クインケマニア、変り者。
実力はあるが、CCG局内でも特にクセのある真戸が監視役として配置されるとは。
「今日はどっち方面に?」
「4区か…13区でも良い。どちらに現れる喰種も、引き継いだ資料から目星はついている」
「もう調べがついてるのか。相変わらず熱心だな」
「喰種とは愚かな生き物だよ。身体能力が馬鹿げている分、脳には栄養がいかない個体が多くて助かる」
真戸は踵を返すと、早足で部屋を出ていく。
篠原も部屋を出、琥珀も続いた。
捜査官という身分を与えられた琥珀は、一時的に本部のラボラトリー区画に身を置いていた。
クインケの研究が行われるこの区画ならば、喰種を収容する強度もあるとされたためだ。
(通常ならばコルニクルムへの収容が一般だったが、今後の任務毎の送り迎えの手間を考慮し、本部での拘留となった)
地下駐車場へやってきた三人は車に乗り込む。
「篠原。目的地に行く途中で昼食を摂ろう」
「そうだね。早目にとった方が動きやすいし。真戸は何か食いたいモノは?」
「リクエストは無いが、香辛料の効いたものが私の好みだ。君塚、お前にも摂ってもらうぞ。人間社会で長く暮らしてきた喰種の観察を行える良いサンプルだ」
「…わかりました」


昼食にはまだ早い時間ということもあって、オフィス街を歩く人影は多くはない。
後部座席の窓から外を眺めていた琥珀に、ハンドルを握る篠原が話しかけた。
「琥珀ちゃ──君塚さん、外は久しぶりだろう?」
どう、外の空気は?と訊ねると、琥珀が頷く。
「はい、一週間ぶりです。それに…平日だから変な感じ…いつもこの時間は学校だったので」
学校か。と、助手席の真戸も口を開く。
「"君塚琥珀"。桜扇女学院高等科に所属。中等科から入学、後に中退。最終学年は三年。成績は非常に優秀、生活態度も問題なし。部活には所属していないが、人当たりの良さから交友関係は広い。その容姿も手伝って、他学年にもお前のファンは多かったそうだ」
資料は鞄の中だというのに真戸の言葉には淀みがない。
「学校の生活に苦痛はなかったかね?周囲が皆、新鮮な餌という環境はさぞかし目の毒だったろう」
サイドミラー越しに観察する真戸に、琥珀も静かに視線を返す。
「別に…。真戸上等が満腹時にも食欲を感じられるという特殊な方なら、私の意見は参考にはならないと思いますが」
「常に小腹は満たしていたわけか。育ち盛りの喰種を抱えていた親は、気苦労が絶えなかっただろう」
「………」
「餌は主に内臓だったと資料にあったが、その中でも好みの臓器は──」
「え〜と真戸!昼メシだけどっ、この前、西新宿に旨いカレー屋があるって聞いたんで、そこで良いか?」
車内の空気が見えない質量を増したところで、耐えきれなくなった篠原が声をあげた。
「ああ、構わない」
「その店、辛さの調節ができるらしいんだけど、もともと結構辛いみたいで」
「それは楽しみだ」
「琥珀ちゃ──君塚さんは無理しないようにね」
「はい。…あの、篠原特等…少し窓を開けても良いですか?」
「ああ、構わないよ。ゴメンもしかして車酔いした?」
「いえ、空気を入れ換えたくて…、なんとなく」
「そうだね、良いと思う」
「呉々もそのまま飛び降りたりしないでくれたまえ」
「……………」
「はい、右折信号出ました!右に曲がりますよ〜」


コインパーキングに車を停め、三人は篠原の勧めたカレー屋に入った。
開店とほぼ同時という時刻、裏通りという立地もあり、まだ他に客の姿はない。
「……人が食べる顔を見すぎるのはマナー違反ではないですか」
「おっと、これは失礼。喰種にテーブルマナーを注意されるのは、人生で初めてだ」
カレーをスプーンで口に運ぶ琥珀。それを喰い入るように凝視していた真戸がテーブルから身を引いた。
その幽鬼のような人相も相成って、恐らく10人中10人が真戸を「怖い」とコメントするだろう。
どっちが喰種でしょう?と質問しても、満場一致で真戸が指されるだろうな、と篠原は思った。
琥珀はカレーの乗ったスプーンを皿に戻す。
「真戸上等が…私に突っかかるのは、私が喰種だからですか?それとも真戸上等が細かい性格だからですか?」
今度は琥珀が、カレーを口に運ぶ真戸を見る。
「私は喰種に興味があり、細かい性格故に他人の言動を納得するまで追及する癖がある」
「…奥様も大変ですね。 理屈っぽい旦那様で」
「妻は亡くなっている。喰種にやられてね。今は家族は娘一人だ」
テーブルに置かれた手袋と、真戸の左手を見た琥珀が目を伏せた。
「……すみません」
「それは死んだ妻の話をさせたことへの謝罪かね?それとも喰種ですみませんという謝罪かね?」
「…前者です。喰種ですみませんって何ですか。太宰ですか」
「絶妙だな。喰種は生きているだけで罪だと私は思っている」
先程からの歯に衣着せぬ真戸の言葉に、琥珀もいよいよ頬を膨らませる。
そろそろ止めなければと篠原も口を挟もうとしたのだが、如何せん琥珀の方が早かった。
「私は…自分が喰種であることを謝ったりなんてしませんから」
琥珀は挑むように真戸を見据える。
真戸が「ほう?」と方眉を上げた。
「自分が喰種であることを歯痒く思うこともあります。でも私が喰種であることは変えようのない事実ですから。私の家族も全て承知で私を育ててくれました。だから私は…自分の思うように生きるだけです」
「ふん。開き直ったか」
「…どうとでも」
鼻で嗤う真戸に対して、琥珀もムっと睨み返した。
ただ大人しい女の子かと思いきや、琥珀もどうして、気の強いところがあるようだ。
喰種であること常に意識し、只管に隠して、人間の社会で生きてきた強さがある。
この二人は、きっとどこまでいっても平行線だ。
真戸は琥珀がどんな喰種であるかを知っても喰種へのスタンスを変えないだろうし、…真戸の復讐心とて薄れるものではないだろう。
琥珀も、喰種が憎まれ蔑まれる存在であることを全て理解して捜査官となった。
平行線でありながらこの二人が向かい合えるのは、お互いに絶対に譲れない芯を持っているためだ。
「(あと…お互いに引くことを知らない頑固者なのかね)」
最初はどうして真戸と琥珀が組まされたのか首を捻ったものだが。
喰種を憎み、殺すために、喰種を"知ること"と"利用すること"を追求する真戸ならば…
「(喰種への嫌悪という色眼鏡、真戸はそんな単純なものだけでは彼女を見ない、か)」
篠原は、この人選を自ら行ったという和修局長に舌を巻き、少しだけ恨んだ。
自分は緩衝材として巻き込まれたのだ。
有能だが、有能である故に理解されにくい真戸と、賢いが、まだ大人になりきれない琥珀。その間に入れと。
自分の役目は大人であることですかね、と喰えない上司に頭の中で伺いをたてる。
………。
だがこの店のカレー、かなり辛くないか?
「まあまあ二人とも、せっかくの昼メシなんだから。楽しく食いましょ、楽しく」
「しかしあれだな、君塚。お前の食事の様子はとても自然だ」
「(聞いてないし…)」
「それはありがとうございます」
「だが幼馴染みとして十何年も過ごして気付かないとは、平子も優秀ではないようだ」
「それは…私の演技が上手かったからじゃないですか」
「ほう、庇うのかね?」
「庇っていません」
「喰種隠匿の家族の追及は免除されたが、平子は庇うのだな。あぁ、周囲の者達からの、彼への評価が関わってくるからか」
「ですから、庇ってないですってば」
「平子とはどこまで進んだのかね?確率は低いが子を成せばクォーターの喰種が産まれるかもしれんぞ」
「もうっ!ほっといてください!」
「(あ、そこは否定しないんだ)」
羞恥で顔を赤くした琥珀は、真戸とはもう話さないとばかりに、がつがつとカレーを食べる。
「ところで君塚、そのカレーだが辛さはどうだね?」
「…素晴らしく辛いですよ。炎症を起こした口の中では治癒がはじまってるくらいです」
「そうか。さっき店員に頼んで君のカレーだけこの店で最大の8辛にしてもらったんだ」
ぐにゃ、と琥珀の握るスプーンが曲がった。
「ちょっ、真戸いつの間に!?」
「……道理で……ハバネロと…デスソースと…微妙に絡むハラペーニョが効いてると思いました……」
「琥珀ちゃん、落ち着いて!取り敢えずお水飲もうか!」
「篠原、君は確か2辛を注文していたから3辛にしてみたよ。1段階の引き上げに留めたのは私の優しさだ」
「私のもか──!?」
「ふむ。喰種は人間の食事を消化吸収できないが、しかし味覚はあるのだな。ハラペーニョを見破ったのは流石だ」
「〜〜〜っ!」
「琥珀ちゃん、深呼吸しようか深呼吸!はい吸ってー、吐いて〜。店員さん!お水二つお代わりね!いややっぱヤカンで!」


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