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1225@X'mas.

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12月24日、夕刻。
シャトーの玄関で倉元と武臣を迎えた琲世が、いらっしゃいませ、と笑顔を見せる。
来るの早かった?と訪ねる倉元に琲世は首を振った。
楽しい時間がそのぶんだけ早くはじまるのだから大歓迎というものだ。
「平子さんは?」
「ん?ん〜…タケさんはさ、ちょっと忙しいって」
靴を脱ぎながら、倉元が視線を泳がせる。
「そっかァ…。仲良くなりたかったな」
「あの人、そういうの参加するタイプでもないし。ちなみに俺はそういうの参加するタイプ。…なんだけど…」
あーコレ言っちゃっていいのかなぁ〜、などと倉元は一人言を溢して額に手を当てた。
しかし言いたくない気持ちもある様子で、あー、とか、うーん、と呻いている。
そこまで分かりやすく迷っておいて何を今更。
琲世は「訊いて良いんだよね?」と隣の武臣に確認すると、こくり、ブジンからのゴーが出た。
「倉元さん、どうしたんですか?」
「…タケさんなんだけど…」
「平子さん?」
「…たぶん今日は琥珀ちゃんと一緒」
「へっ?」
ガタガタガタ!と居間から色々な物が派手にぶつかる音がして、不知と才子が我先にと廊下に雪崩れこむ。
「ちょ、待て待てマジ待った!今、琥珀さんて聞こえたぜ!あと平子上等!」
「ママン、アタイの耳も拾いやしたゼ…」
「琥珀さんって、平子上等とお付き合いしてるんですか…?」
六月もドアに添うように現れ、ドキドキした表情で玄関を窺う。
「あ…やっぱQs班は初耳だった?」
局で長いヤツは知ってる話なんだけどさ、と倉元は頬を掻く。
仕事の内容のために局内の人員の入れ替わりは多い。
琲世を含めて、Qs班はやっと新人から一歩踏み出した程度の立ち位置であり、局内の人間関係にも疎い。
初耳も初耳だった。
三人を振り返っていた琲世は静かに倉元へと目を戻す。
琲世は真剣な──そう、まるで合同作戦に挑む様な真剣な顔つきで倉元の両肩に手を掛けた。
「倉元さん、詳しく説明を」


鶏の唐揚げにマッシュポテト。
色彩の鮮やかな野菜を混ぜこんだトスサラダ。
湯気の立つコーンポタージュ。
苺と生クリームでデコレーションされたクリスマスケーキの周りではスパークリングワインがグラスの中で小さく弾けている。
まるで絵に描いたようなその風景は、記憶の中で薄らと埃をかぶっていた。
それが今、琥珀の目の前に再び現れ、あたたかな温度と共に出迎えてくれている。
丈の祖母に取り分けてもらった皿から一つ、唐揚げを口に運べば、喰種の味覚には決して受け付けない味で。
それもやはり記憶の通り。
「琥珀ちゃん、美味しい?」
「うん、おばあちゃん。とってもサクサクしてる」
この苦手な味を再現するために、幼い頃の琥珀はとても苦労した。味見をしすぎてお腹を壊したことも。
次第に鮮やかになる思い出を目の前の光景に重ねる。
ハンバーグや唐揚げ、カレーライス。
子供が好むメニューから、煮物や、付け合わせとなるちょっとした品まで、丈の祖母からたくさんの料理を教わった。
教わって、琥珀は祖父や叔父に作っては感想を求めた。けれど二人があまりにも寛容に美味しいと言ってしまうものだから、美味しくなかったらちゃんと怒って、と二人を怒って困らせた。
思い出から立ち戻った琥珀は、テーブルに並ぶグラスの中身が残り少なくなってきたことに気づく。
食卓で交わされる会話は丈の祖母と琥珀がメインだ。
間を縫って時折、祖父と孫のやり取りが、もそりと交わされる。
その中で思ったよりも早いペースでワインもグラスに注がれていたようだ。
「おじいさんたら……」
「私、おかわり取ってくるね」
丈の祖母が困った顔をし、琥珀がにこりとする。
用意したワインがどうやら口に合ったらしい。
テーブルの下でおこぼれを期待する柴犬の首を撫でて席を立つ。
平子家の台所は幼い頃から出入りしていたために、勝手知ったる、というところだ。
台所のひやりとした温度が体を包む。
居間の暖房がやや強めにかけられていたため、頬が少し火照っている。
ここでならすぐに冷めるだろう。
琥珀は冷蔵庫からワインのボトルと、良ければと思って一緒に買っておいたチーズも出して盆に乗せる。
戻る支度を整えながら、口元を手で押さえた。
「……、…ぅ………けほっ…」
胃からせり上がる空気を少しでも外へ出すために、浅く短く呼吸を繰り返す。
久しぶりに口にしたせいだろうか、昔よりも不快感を強く感じた。
「(あんまり噛まないようにしたのに………)」
食べ物はすべて胃に流れたはずなのに。
接した口の中と、喉や食道をも汚染するように腐臭にも似た空気が体内に溜まっている気がする。
「(喰種って…本当に不便……)」
お願いだから早く消えて──。
唱えるように、不快な心地に満たされる胸を押さえる。
デザートにケーキも食べるからと、軽食程しか口にしていないのにこの辛さだ。吐き出す時も今ではきっと苦労するだろう。
「………っ、」
丈や自分を思って、時間をかけて作ってくれたものなのに。全部吐かないと。
明日はまた仕事がある。
体調を悪くして任務に支障を来すわけにはいかない。
「(……ずっと……ここにいられたら──…)」
カタン、と、居間で椅子を引く音がした。
テレビや食器のぶつかるそれらに混じって、床を踏む小さな軋み。
二人の足音ではない。
けほ──…。
呼吸を繰り返して乾いてしまった唇を湿らせてから、琥珀は静かに呼吸をした。

使い終わった皿を片付けるという口実のもと、丈は席を立った。
ついてこようとする愛犬の頭をやや強く押し込めながら居間の引き戸を閉めると、邪魔したらだめよ、と向こうで語りかける声が聞こえた。
「………」
祖父も祖母も、久し振りに琥珀に会えたことを喜んでいるようだった。
琥珀もまた今日のことを楽しみにしていた。
数週間前に電話越しに弾む声で伝えられた自分が一番よく知っている、と丈は思う。
しかし手放しには喜べない心情も、僅かながらにある。
丈が廊下から台所へ入ると、用意した盆に手を伸ばした琥珀が振り向いた。
「あ…お皿、持ってきてくれたの?ありがとう」
受け取って流しに置く琥珀を見ていると、どうかした?と、はにかんだ。
琥珀は昔から学芸会の演技一つでも意識しすぎて挙動不審になったものだが、こんな時にだけ抜群の力が発揮される。
──今日は私も一緒に食事するから──
喰種が人間の世界で生きることは難しい。昔の習慣が今でも深く根付いているのだろう。
──渋い顔なんてしないでね?──
丈の祖母と共に用意したご馳走を、琥珀は口に運んで飲み込んだ。
とても美味しいよと幸せそうに。
どこまでが我慢で、どこからが本心か。
…今も辛いだろうに。
丈は言葉を控える。
琥珀から言い出さない限り、こちらから口にしては琥珀の心が無駄になる。
「…あまり………」
「うん…?」
「……飲ませなくていいぞ」
丈が口を開くと、琥珀は少し考えて、先ほどのやり取りのことに思い至る。
「ふふ、大丈夫。でも口に合ったみたいで良かった。お店の人にもね、たくさん質問しちゃった」
作り慣れた料理なら多少の味の区別は付くが、酒に関しては未知の世界だ。
そのために酒屋さんで、飲みやすさや味について、それはもう事細かく聞いてしまった。
思い出した琥珀がそう言って恥ずかしそうに笑う。
頭上の棚にしまわれた小皿を出そうとする琥珀に、丈が代わりに取って手渡す。
「おばあちゃんとお料理しながらね、たくさんお話ししたの」
手に馴染んだ小皿を懐かしむように両手で包み込む。
「お休みをくれた局長にも感謝しなきゃ」
「………。」
「……?どうしたの?」
琥珀は安心しきった表情で丈を見る。
丈は、何でもない、と答えて琥珀の頭を撫でた。
それでもじっと見つめ続ける大きな焦げ茶の瞳に、すべてを見透かされてしまいそうだと思った。
ふわりと指を受け止める髪は柔らかく心地好い。
仕事に関する考え事を頭から閉め出して、しばらく撫でていると、不意に丈を見る瞳が近くなる。
気づいたときには背伸びをした琥珀が、丈の耳許に唇を寄せていた。
ちゅ、と小さな音をさせた後、丈の胸に顎をくっつけて見上げる。
…あのね、と。
「このあと部屋に持ってくお酒も買っておいたから。丈兄も、飲み過ぎないでね?」
丈は琥珀の腰に手を回して身体を捕まえた。
「これだけで十分酔えそうだ……」
抱き締めて、髪に鼻先を埋めて、仄かに甘い香りを吸い込む。
腕の中で琥珀が「存分にどうぞ」と笑う。
正直なところ、丈はいつも琥珀を実家に連れてくることを悩む。
幼い頃から丈の家に出入りしていた琥珀だが、それはあくまでも子供だったから。
互いの年齢でこの状態となれば、誰だってこの先の未来を想像する。
丈ですら年に数回の帰省で言われるのだ。
それが今、直接琥珀に向けられてプレッシャーとなるのではないかと少し心配に思う。
祖父母に期待されていることは薄々理解している。
しかし理解していても、そのような未来を描くことができない現実がある。
有馬の所有物としての仮初めの平穏。
喰種の琥珀が未来の保証を得ることなど、果たしてできるのだろうか。
「琥珀…」
「なぁに?」
「…答えにくい質問には、仕事が忙しいと言えばいい」
「うん。でも、そんな仕事辞めたらって言われたら?」
「………。仕事が楽しくて辞められないと言えばいい」
「やだ、丈兄ってば棒読み」
腕の中で肩を震わせる琥珀が愛おしくて堪らない。
丈をあたためる体温も、鼻腔をくすぐる甘やかな香りも、耳を打つ心地好い声も、自分だけの傍に置いて離したくない。
琥珀が傷つくことも、何かを傷つける必要もない生活を送らせてやりたい。
自分の立場からは成し得ないことだとしても。
こんな風に考えてしまうのは普段飲まないワインのせいか。はたまたクリスマスという夜が持つ空気のせいだろうか。
台所の空気はひんやりとしている。
けれども互いに触れている部分が寒さを補って尚、暖かかった。
「……琥珀」
「なに?」
「………お前を…離したくない」
居間の方からテレビの音声と、それに紛れて食器の当たる音が聞こえてくる。
「……そこは、"離さない"って…言ってほしいな…」
「……離さない」
「ふふ。………うん…」
私を、離さないでね──…
囁くような琥珀の声は微かに震えた。
あたたかく華奢な手を取り、丈は琥珀の唇に口づけをした。


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