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声の在処

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目を、見てしまったのだ。
荒い呼吸が琥珀の前髪を揺らした。
苦しげに開いた唇から、血と、ひゅうひゅうと音が漏れている。
琥珀は眼前で停止する喰種から目を離せないでいた。
己の赫子で貫いた喰種から、目を離せないでいた。
死をもたらす痛みよりも、憎しみと悲しみと悔しさに満たされた赤黒い眼。
琥珀が映っていた。
赫子から伝わる脈動が弱くなっていく。
耳に届く苦しげな息遣いが濁っていく。
喉に絡みつく血塊で酷く不透明になった音だが、琥珀の耳には確かに聞こえた。
お前も喰種じゃないか、と。
間もなく命も停止する喰種の、琥珀に届かなかった赫子が霧散する。
──なんで、おまえだけ──…、
今度こそ逆流した血が喉をいっぱいに詰まらせて、声の代わりに吐き出した。
琥珀の頬と胸元を赤く汚して、琥珀にもたれるように倒れた。
熱くて重たく引っ掛かるその躯を不器用に抱き止めて地面に下ろす。
胸ばかりでなく腹までも染まる。
ひゅう、と。
鳴ったのは琥珀の喉だった。
戦いの激しさとはうって変わって、吸い込んだ空気は冷たく喉を刺す。
吐き出した息が白かった。
遠くから足音が近づいてきて、すぐ隣で止まり、片膝を付く。
覗き込む丈の息も白い。
「琥珀、怪我は…」
顔を上げた琥珀は首を振った。
「…そうか……」
丈は短く答えるとコートの袖口で琥珀の頬の血を拭う。
「汚れ…ちゃう………」
「………」
無言で頬を往復する袖が目許まで及び、琥珀が目蓋を閉じると、ぱたっと地面に水滴が落ちた。
空を見上げる。
ひたすらの闇空だ。
骨のようなか細い月だけが傷のように光る。
「琥珀」
もう一度、今度は違う声に呼ばれて顔を向けると有馬が屈み込む。
丈が離れていく気配がした。
丈を見ようとした琥珀の、左右の耳を塞ぐように有馬は手を当てた。
耳に触れる手の温かさと、肌や髪や指が、擦れ合う音に意識が浚われる。
耳をいっぱいに包む琥珀にだけ聴こえる密やかな轟音。
血液の流れる音。
骨の軋む音。
生きている音
鼓動の音。
「泣かなくていい」
当てられていた手が離れて、有馬の声が入り込む。
「聞かなくて、いい」
冷たい空気を振動させて琥珀の鼓膜を震わせる。
目の奥がとても熱かった。
頬を伝う水はぬるかった。
もう一度、頬を拭われる。
じゃり、と靴底が地面を踏み締める音がして、立ち上がった有馬が琥珀を見下ろしていた。
「先に車に戻っていろ」
有馬の名前が呼ばれ、別班の捜査官たちがやって来る。
琥珀は緩慢な動作で立ち上がった。
ぼんやりと丈の姿を探しながら、靴底で地面を擦って、足を踏み出した。


170104
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