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natural girl.

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グロテスク[grotesque]
〔名〕異様な人物や動植物などに曲線模様をあしらった装飾文様。古代ローマに始まる。
〔形動〕ひどく異様で、不気味なさま。奇怪なさま。グロ。「──な形」


グルグルグル……
音がする。
「(ぶきみ、いよう、きかいなさま──)」
グログログログロ………
指先よりも遥かに遠くの、細く伸びた末端部から栄養を摂り込んでいる、音がする。
心地が良いと、機嫌が良いと、喉を鳴らす猫のように。
「(グロテスク──わたしのこと…)」
グチグチグチ……グチャッ──
"それ"の中身を掻き集めて喰べてしまうと、ペコッと"それ"のお腹がへっこんだ。
久しぶりに"生きているもの"を身体に摂り込んだと細胞が歓喜している。
「(あぁ──また喰べちゃったの、わたし──…)」


地下空間のひび割れた床。
離れた場所で転がる喰種たち。
何人かは、肋骨の下が不自然にへこみ、絶命していた。
自身の足元から這って伸びた赫子の先には、たった今、死んだ喰種が絡まっている。
植物のように立ち上がった赫子が喰種の身体に巻き付き、あるいは肉を抉って体内へ侵入し、中身を喰らった。
「(最後の喰種は、喰べる必要はなかったのに…) 」
喰種の本能だから、という言葉で片付けるのは簡単だが、それではあまりにも動物的すぎる。
罪悪感を包むように満腹感で温まった腹部。
そこに手を当て、琥珀は溜め息をついた。
赫子を使って戦えば消費した分を補充しなければならない。
ほとんどの場合は局で用意される"食事"で大体が間に合う。
ただ、戦いが長引いたり、激しかったりした場合は"喰い繋ぐ"必要が出てくる。
その点に関しては自身よりも、赫子の方が詳しいようで、減った分を敏感に察知して即座に補充しようとするのだ。
ご丁寧にも、琥珀が摂取し慣れている部位を選んで。
「(細胞は私の一部なのに…細胞に私が生かされているみたい) 」
大怪我をすれば本人の意思を差し置いて見境なく喰べようとするし。
「…またやっちゃった…」
意識をすれば制御はできる。
ただし少しでも注意を怠ればすぐにこうなってしまう。
つまり、食べ過ぎだ。
琥珀は昔の苦い経験を思い出して、さらに大きく溜め息をついた。
「…敵と味方との喰べ分けは、ちゃんとできるようになったんだけど…ね」
自分であって自分でないような、右袖から伸ばして指先に絡まる赫子をうねうねと動かす。
「って、指人形か」
左手でちょんとつつく。
そこへ、背後の通路から複数人の足音が近づいてくる。
通路を通ってきた集団の、先頭の捜査官が周囲の状況を確認しながら他の者に指示を行う。
指示をしながら琥珀にも一瞬、視線を向ける。
琥珀も小さく会釈を返した。
白いコートの捜査官が大半で、その中にスーツ姿の捜査官も若干名。新人捜査官たちだ。
"もぐら叩き"と呼ばれる地下道の捜索に、訓練のために組み込まれたのだ。
遠目にだが赫子を身体に絡ませる琥珀の姿を目に入れて、落ち着かない様子の者もいる。
一方で、琥珀をじっと見たまま微動だにしない者も。
「(視線の鋭さはお父さん譲りかな…… )」
集団の最後尾に付いていた有馬が琥珀の元へやってくる。
「琥珀、調子は」
「わりと順調、ですよ」
遠くを見ていた瞳の焦点を、近づいてきた有馬に移す。
食べ過ぎたことは言わないでおいたのに。
「琥珀にしては良く喰べたな」
今度は有馬の視線が、床に転がる喰種から喰種へと順繰りに移っていく。
「…意地悪を言わないでください。少し…食べ過ぎてしまいました」
言葉とは裏腹に、全身に血の行き渡る感覚と、ほかほかと体温が上がったような心地好さを琥珀は感じていた。
ばつの悪い顔で、焦げ茶と赤黒い瞳を彷徨わせる琥珀を有馬がちらと見下ろす。
「な、なんですか…?」
「別に。ただ琥珀はあまり喰べないから、丁度良いと思って」
「…だって…、満腹になると眠くなりませんか」
「寝てても構わないよ。ちゃんと戦ってさえくれれば」
「………。」
有馬なら本当にできそうな気がしたが、「いつも寝ている」と答えられても怖いので、琥珀は聞き返せなかった。
「今回は予定よりも奥まで進むことにした。お前には彼らのサポートに入ってもらう」
「分かりました」
有馬が琥珀の喰べっぷりに、丁度良い、と言ったのはこの為だろう。
今回の新人は動きが良いのか、まだ目立った怪我人もいない。そうなれば訓練のハードルも自然と引き上げられる。
そういえば彼女の持つクインケも汎用のものではなく、自身の考えを取り入れて造らせたものだと、前に聞いたような──
「あと琥珀」
「──あ、はい。なんですか?」
「寝たら起こしに来るから心配しなくていいよ」
「寝ないですってばっ…!」


「(食べても疲れても…どっちにしてもねむいんだけど…)」
と。
徹夜明けで「ふぁ…」と漏れるあくびに手を当てる。
誰も居ないから少しくらい、と思って声も出た。
多くの局員の出局前である7:20。
琥珀は本局・捜査課の応接スペースでコーヒーを飲んでいた。
場所は特に決めていなかったが、コーヒーを飲んでから部屋に戻ることが、琥珀の徹夜明けの際の習慣になっている。
任務も無事に終了し、今はほとんどの者が安堵を胸に帰宅途中だろう。
「(人が来るには早いけど。私ももう帰ろうかな…)」
プラスチックカップの残りひと口を煽る。
そこへ、コツコツコツと、ヒールが刻む一定のリズムが近づいてきた。
「終業後の一服とは良い身分だな。君塚捜査官」
琥珀から数歩離れた位置で女性捜査官が足を止めた。
今日の任務で一緒だった、新人の一人──
「お疲れ様です。真戸暁二等捜査官」
つい口許が緩んでしまいそうになり、琥珀はそっと引き締めた。
琥珀は彼女の父親──真戸呉緒上等に親しみを持っていたが、彼女も琥珀に同じ感情を持っているとは限らない。
真戸の妻であり、彼女の母は喰種に命を奪われている。
「まだ局に残っていたんですね」
「有馬特等と少々話をしていてな。それから、君塚捜査官もまだ居るだろうと聞いて、少し探した」
「私を?」
眠たげだった瞳に軽い驚きを宿す琥珀に暁は肯定を示す。
離れていた数歩を縮めると、琥珀の顔に自身の顔を近付けた。
「わっ──…え、…な、なぁに…?」
目鼻立ちの整った暁の顔を琥珀も間近で見ることになり、少し照れる。
「父の携帯に入っていた、お前と父と篠原特等の三人が写った写真を見た。…遺品を整理した時だ」
暁の表情の作り方──眉や目の動か方や、口許の結び方などが真戸に似ている。
大きく切れ長の瞳が琥珀を観察して、ふむ、と離れた。
「写真は数年前のものだが、それより若く見えるな」
「…あ、ありがとう……」
「父から話は聞いていた。喰種と共に行動していたと。平和呆けした、喰種らしくない喰種だと聞いていたのだがな」
「平和…呆け…、真戸さんてばそんなこと…」
もう少し言い方は無かったのだろうかと思うも、相手が真戸なのだから仕方がない。
「今日の戦いを見ていて、平和呆けに関しては認識を改めようと思ったよ。同族の喰いっぷりも実に見事だった」
琥珀がどのような反応をするかを愉しむ挑発と、意地の悪い笑みというおまけ付きだ。
「…普段はあんなに食べないけど。でもすごいのね、あの短時間で判っちゃうなんて」
琥珀が"喰べた"のは合流前の喰種だけだ。
それも全て中身だけなので外傷もない。不自然な腹部のへこみだけ。
それと床を這って絡んだ琥珀の赫子。
任務に不慣れな新人が、遠目にそこまで観察しているなんて。
「お前の特性はあらかじめ資料室で読ませてもらっていたのでな。だが中々どうして、喰種の中でも結構な猟奇主義じゃないか」
「そう?中身だけの偏食なんて可愛いものじゃない?」
「腹の中で散々臓器を掻き回しておいて"可愛い"か」
「ふふ。だって、それが喰種でしょう?」
琥珀の眠気は完全に覚めた。
「喰べなくちゃ生きていけないもの」
琥珀は悪びれもせず、暁の冷ややかな視線を真っ向から受け止める。
生きている喰種を殺して喰べる、或いは喰べて殺すこと、喰種ならば当然。
普段なら琥珀はそれを行わない。"与えられる食事"で賄えるからだ。
けれど必要ならばそうする。
任務で十分な働きをするために。
一歩も引かない琥珀の様子に、暁が鼻を鳴らす。
「ふん、つまらん。父の話ではもう少し狼狽えていたぞ」
「それは真戸二等。性別の差というか歳の差というか、攻撃する部分が……。まあ…色々ですよ」
狼狽えないというのならば、暁の方こそ、と琥珀は思う。
真戸が亡くなって数ヵ月。
担当地区は違えど、真戸呉緒と暁は短い間だが捜査官として同じ立場にいた。
そして他の何者が思う以上に、同じ場所に立ちたかっただろう。
父親の話をしても怯まない暁の瞳を琥珀は見返す。
真戸のように、憎しみより先に有用性を見極める目だ。
「性別か。しかし同年代で、近くにいる女性捜査官がお前くらいとは皮肉だな」
「悩みがあれば相談に乗りますよ?」
「喰種にか?お前がどのようなクインケに流用できるかぐらいしか浮かばないが」
「真戸さんも言ってたでしょう?上手く使えば良いって。有馬さんはそうしてます」
有馬の名を聞き、暁の方眉が上がる。
「…先ほどの様子を見る限り、有馬特等とは仲が良いみたいだな。特等がお前にどのような感情を持っているのか、興味深い」
先ほど地下で琥珀が感じた視線がそれだったのだろうか。
有馬との会話は、どうということはない、いつも通りの会話だ。
有馬は人間なのにどこか常識から逸脱している人格で、対する琥珀は喰種だが、人並みの感性を持つために有馬につっこみをいれる。
そう考えると、どちらが"普通"なのかが分からなくなってくるから不思議だ。
「予備のクインケ扱いだと思うけど…」
「モノに接するには丁寧だ」
「じゃあ、お行儀のいい喰種とか?」
「有馬特等の喰種への対処に甘さはない」
「それは同感…」
暁の言う通り、有馬の喰種への対処は容赦が無い。
喰種が悲鳴を上げようと罵倒しようと、まるで作業を行うように、淡々と任務をこなす。
あくまで知る限りだが、喰種の言葉に有馬が言葉を返す姿も見たことがない。
「多くの捜査官の、お前を見たときの反応は"喰種を見る目"になる。だが特等がお前を見る目はなんというか──…」
暁は一度口ごもり、適する言葉をしばし呟く。
普通。
違和感がない。
違和感、いや、違い?
見慣れている──?
ぶつぶつと繰り返し、考えてから続ける。
「…いまいち的確なものが見つからないが………"普通"、な気がするな…」
暁の迷いが伝染したように琥珀も首を傾げる。
暁とは初対面だったが、真戸に似てはっきりと物を言う性格らしい暁にしては歯切れが悪い。
答えを見定めきれない曖昧さ。
「普通…なの?………。うーん…それってどういうこと?」
「そこまでは知らん。ただの勘だ」
悔しそうに、勘を確信へと変えられないジレンマに暁は眉間を寄せる。
同時に漏れるあくびも噛んだ。
「ふふ。任務の疲れもあるのに、長居させちゃっごめんなさい」
「任務より睡眠不足の方が大きい。思考力も判断力も低下させるし肌にも良くない」
額に落ちた髪先を指でつまんで眺める暁の姿は、やはり女の子なのだなと感じさせる。
夜更かしも徹夜も美容には大敵だ。
「こちらが引き留めたのだから気にするな。お前とは話をしてみたかった」
肩よりもやや短い位置で切り揃えられた髪が揺れた。
「次は、もっと余裕のあるときに声を掛けよう」
暁の言葉に琥珀は軽く目を見開く。
「私と仲良くしてくれるの?」
「"仲良く"かはわからないが、お前に興味を持っている。いつか幼馴染みの話も聞かせてくれ。これでも私も"女子"なのでな。恋愛話にも興味がある」
口早にまとめると、ではな、と踵を反す。
数歩、歩いたところで立ち止まる。
「それから、私のことはアキラで構わん」
「じゃあ、アキラちゃん?」
「私も琥珀と呼ばせてもらおう」
来た時と同じように、アキラはヒールの音を響かせて部屋を後にする。
コツコツコツコツと次第に遠くなり、最後にはエレベーターの稼動音に包まれた。
「…歩くの速いなぁ、アキラちゃん」
さっそくアキラを名前で呼んでみて、ゆったりと椅子から立ち上がる。
コツン、コツン、とデスクの横を通ってプラスチックカップを片付ける。
「普通、ですので。勘が鋭くない私にはわからないけど」
普通ってなんなのーっ、と、琥珀は誰もいない部屋でひとり、大きく伸びと、再び大きなあくびをした。


ふつう[普通]
[一]〔名・形動〕他の同種のものとくらべて特に変わった点がないこと。特別でなく、ありふれていること。
[二]〔副〕たいてい。一般に。通常。


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