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「#幼馴染」のBL小説を読む
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1031@fest!(後)

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丸手から事前に厳しく注意されたこと。
一、殺さないこと。
一、二人目を確認するまでは動かないこと。
「(どうしよう、二人目がいない──)」
気配を探っても部屋の中には自分達しかいない。
背後でドアの鍵が閉められる音がして、背筋から全身へ、ぞわりと悪寒が広がる。
知ってか知らずか、琥珀の腰に手が宛がわれて奥へと促され、今度は目に見えて肩が揺れた。
緊張してる?と吸血鬼に訊ねられ、琥珀は曖昧に頷いた。
「(囮だし、仕方ないことだけど…。気持ち悪い……)」
什造と別れてすぐに声を掛けられて、ノリを合わせて、所謂、それ目的のホテルへやって来た。
大通りからは少し離れたが、外は依然としてお祭りの空気が色濃く、仮装姿も珍しくはなかった。
このようなホテルはフロントも無人で、監視カメラはあるが、仮面を訝しがる存在はない。
今日この場所は、絶好の狩り場だ。
「(落ち着いて…。捕食を撮影するのが彼らの目的…)」
丸手に見せられた二本の動画は、いずれも固定カメラではなく手持ちによるもの。
一人が襲い、一人が撮る。
捕食しながら凌辱して撮影する。
被害者の表情を、悲鳴を、画面越しの蹂躙を思い出して琥珀の肺が締め付けられる。
被害者の、見ず知らずの男に付いてホテルへ入る心理は理解できない。
けれど、それが暴行を受け殺害される理由になど決してならない。
床に嵌め込まれた間接照明に照らされながら、広いベッド脇で佇む琥珀。
その後ろで、吸血鬼は携帯を操作している。
今なら簡単に殴り倒せるけれど、二人目が姿を現さなければ動けない。
「(丸手さん、何て言ってたっけ…?)」
数時間前に流れ作業で演技指導も受けたのだが。
丸手から貼られた大根役者のレッテルを琥珀は思い出す。
「(私…、えと…ゆ、誘惑?じゃなくて時間稼ぎ…?みたいなことは向いてないみたい)」
場の雰囲気と男の存在感に、全部飛んでしまった。
高級感を出そうとして逆に下品に見える光沢のカーテンも、落ち着いた雰囲気を醸そうとして悪趣味になった意匠も。
事情がある者には有効活用されている場所なのだろうが、慣れない上に抵抗を感じた。
琥珀はちらりとサイドボードに置いた尖り帽子とポーチに目をやる。
通信機は部屋に入る前に外して中へ、仕込んだカメラがこちらを向くように置いた。
携帯を弄っていた吸血鬼がこちらを向いたので、にこっと笑っておく。
…引きつったかもしれない。
「君はこういう場所って初めて?」
「ん…はじめて、かな。緊張しちゃうー…」
ああ棒読み。
「何も知らないって顔だよね」
「?」
「…準備できてないけど先にしたくなってきた」
「さ…さき?」
ぐ、と肩を押されて琥珀はベッドに尻を着く。
無意識に力が入ってしまったが、そこは相手も喰種。琥珀が人間だったなら押し付けられていただろう。…シーツに。
「きゃ──…」
ブーツを履いたままだったが琥珀は思わずあとずさる。
「ねえ、あの…っ、シャワー浴びたい、なー…って」
「一回したらで良いよ。…よく言われない?君さぁ、美味そうな匂いがするんだよね」
琥珀の背中が枕を押し潰して壁に着いた。
吸血鬼の右手が肩に掛かり、鼻が首筋に埋まる。
「……っ」
あまりにも近すぎる知らない気配、匂い、声色、何もかもが琥珀の思考と四肢を凍りつかせて固まらせる。
喰種を追い掛けて狩る。それが普段の捜査だった。
なのに今、一人きりで喰種──男の手の中にいる。
体験したことのない不安感が呼吸を浅くしていた。
なので部屋のドアが、鍵が、再び開いた音を耳にした瞬間に離れてゆく男の存在感に──、
「おまえ遅いよ、もう腹減って死にそう」
「とか言って昨日も喰ってんだろ。お、今回の食事、今までで一番うまそー」
「だろ?待合せで友達に会えないって、ずっと交差点でうろうろしてんの見ててさぁ」
「ふ、ふたり…め…」
「ごめんね驚いちゃった? 俺だけじゃなくて、二人まとめて満たしてほしいんだよね」
「あ?もしかして怯えてんの?小動物感ありすぎ」
琥珀のまなじりに、じわりと涙が溜まる。
「っ…もう動物でも何でも…勝手にして……ほっとして今度こそ少し泣きそう。什造君──」
凝縮した時間の中で、その一連の動作は行われた。
派手な音を立てて蹴破られたドア。琥珀を含めれば三体となる喰種の視線が一斉に注がれる。
「イエッサー、です。呼ばれて飛び出て〜」
トスッ──トスットスッ。
什造の投擲した注射器が、まず入り口側の、遅れてきた喰種の振り返った眼球に三本、突き刺さる。
簡易的な仕掛けを施した注射器からRc抑制剤が流れ込み、赫子が解放される間もなく霧散。
「っ──!?」
崩れ落ちる一体目。
驚きながらも吸血鬼が赫子を解放。
俊敏な尾赫が狭い通路の什造を狙う。
什造の視線が一瞬だけ吸血鬼を越えて琥珀の首筋へ向けられ、険に細まった。
絨毯に四肢を伏せるように低く尾赫を回避しながら、義足のギミックから取り出した四本のサソリを放つ。
けれども、サソリは吸血鬼にはほとんど刺さらなかった。
吸血鬼の背後から、胴体から頭部までに巻き付いて拘束する、琥珀の尾赫に阻まれて。
「…什造君、今回は殺しちゃだめです」
「やや。忘れてましたねぇ〜」
ついウッカリ。
間違えちゃいましたと悪びれもしない謝罪に、琥珀の身体から力が抜けそうになる。
頭部に巻き付いた尾赫に三本が刺さり、残りの一本が吸血鬼の右掌を貫通している。
「丸手さんの到着は?」
「外でモニター見てたらしいので、もーすぐ来るです」
薄い床をブーツでゴツゴツと踏み鳴らして、什造は、今度は"間違えずに"取り出した注射器を吸血鬼の眼球に射す。
「ぎゃ…あ"っ、ぐっ──」
尾赫の内側で力を失ってゆく様子を感じ取り、琥珀はその体躯を床へと下ろした。
「はい、も〜一本」
什造は二本目の注射器を射し込んで、抑制剤が無くなるまでを見下ろしている。
「もう〜──」
「大丈夫だよ、二本で。もう動けないから」
赫子を解いた琥珀がベッドから降り、それを吸血鬼の無事な側の眼が捉える。
「な、…ん……お前、喰種──、」
驚きから憎しみへ塗り変わる吸血鬼の眼球へ。
「やっぱりオマケが必要ですねぇ」
什造が突き刺す三本目。
それから吸血鬼の右手のナイフを引き抜き、悲鳴と血とが溢れた。
二体の喰種の喘ぎ声と呻き声とが転がる室内。
ふぅ、と琥珀が息を吐く。
外から丸手のダミ声と気弱な細い声が聞こえてきた。恐らく半兵衛だろう。
「……外。出よっか、什造君」
喰種の無力化は果たした。
後は丸手が何とかするだろう。
琥珀は、体力的な面ではなく主に精神的な面で、疲労と眠さを感じながら帽子と鞄を手にする。
明るい色の髪が視界に入り、自分も仮装していたことを思い出した。
せっかくの仮装だけれど、結局仕事絡みで血生臭い思い出になってしまったことを少しだけ寂しく思う。
突然什造が、あ、と声を漏らした。
「琥珀は先に車に戻っててください」
「いいけど。什造君は?」
「気は進みませんが、僕は丸手さんに報告があるので」
とっても気が進みませんケド、と心から面倒くさそうに項垂れる。
「いちおー、担当区なので」

琥珀が外に出て、入れ替わりに丸手と半兵衛が部屋に入ってきた。
二体の喰種も丸手の部下に拘束された。情報源としてコクリアへ連行されるのだろう。
怪我の心配をして纏わりつく半兵衛を遮って、什造は義足に仕込んでおいた注射器の余りを押し付ける。
「鈴屋、てめェ本気で殺ろうとしやがったな。しっかり見てたぞ」
「さあ〜?何のことでしょーか」
丸手が舌打ちをする。
「……君塚があそこまで動けねェとは思わなかったんだよ」
多少の罪悪感はあるらしい。
急拵えの作戦だったために、有馬に連絡を入れてすぐ、半ば浚うようにして琥珀を連れてきたのだ。
「琥珀だって女の子です」
「女の子ねえ…」
「魔女姿。可愛くなかったですか?」
「………」
悪ノリだったとはいえ琥珀に無茶振りをした前例もある。それまでもが何となく頭を過り、丸手は押し黙る。(あっちは任務外だったが)
自分にその手の趣味は無い。断じて。だが琥珀を相手にするとどうもソッチ方面に話が流れるのは…何故だ。
「…で?鈴屋、お前の足の具合はどうなんだ」
「話をズラしましたか」
「うるせェなぁ。いーから答えろ」
「ハイハイ。"仕込み"、とてもイイ感じですよ。またバイクにも乗れそうな気がします」
「その話はヤメロ。…鈴屋"班"でも問題はないんだな」
「まったく」
"20区"の作戦以降、リハビリから現場復帰、上等へ昇進。それと共に班を抱えることになり数ヶ月。
本人のムラのある気質は残っているが、大分それらしくなってきた。
篠原の穴も、十分埋められているだろう。
「13区を根城にする喰種は間もなく消えます。僕がそうすると決めましたので」
区で第一の完塞も間近となった。
「ただ」
「あん?」
「琥珀には謝っといたほうがイイと思います。途中から、琥珀囮計画はバレてました」
「マジか」
「マジです」


そんな会話が行われていたことを当人である琥珀は知らず。
もちろん他班である丈なども、余所で任務中だったのだから、琥珀が局外へ出ていたことすら知らない。
なので"from丸手/title借りた"というメールを受け取った時、丈は、捜査資料か何かかと深く考えずに添付の画像ファイルを開いた。
開いて、ゴッ…!と、壁にぶつかった。
「うわっ、タケさんっ!!スゴイ音しましたけど!?」
「………。」
「た、タケさん…?タケさーん…?」
「………。丸手特等は…」
「はい?」
「…いや…何でもない……(やはり、その手の嗜好をお持ちなのだろうか…)」
「…額、けっこー赤くなっちゃってますよ、タケさん」


「丸手とくとー、車内で勝手に寝顔撮影なんて悪趣味です」
「んだよ鈴屋。撮らせろっつー方が犯罪っぽいだろが」
「いえいえここはせーせーどーどーと」
「あ?」
「琥珀ー写真撮りますよーハイ自撮りツーショットー」
カシャッ
「強引か」
「ぅ…眩し…ねむ…」
「ハイ、も〜1枚〜」
「…ふぁ……ん……?…写真?なんで…?」
「ちょっとしたお礼ということで」
「コイツ半分寝てんぞ」
「半分は起きてます。電話帳の〜…えーと、名前何でしたっけ…?ひ、ひ、ひらたけ?」
「そりゃキノコの名前だ」
「…zzZ…zzZ」


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