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1031@fest!(前)

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「君塚、ちょっとコッチ来い」と、琥珀は丸手に呼ばれた。
午前中に琥珀は書類の整理をしていた。
コーヒーのみの昼休みを終わらせて、デスクに戻ってすぐのことだった。
ちょっとと言ったのに。
地下駐車場から車──機材の積まれたワンボックスに乗せられて、些か荒っぽい運転に揺られること小一時間。
車内での簡易的に伝えられる本日の作戦内容。
トントン拍子に、以前行われたという犯行現場に立ち合わされての解説。
と、演技指導。
???
「え、なんですかこれ」
琥珀は手渡されたカツラと衣装と丸手を順番に見た。
畳まれた衣装は広げなくても何となく予想が着く、オレンジと黒の二色の組み合わせ。
「囮やってこい」
「え…なんですかそれ」
「こっちだって、何ですかそれ、だ。去年、ハロウィンの仮装したヤツが、ホテルの部屋で女を襲うって動画があったろ」
「…やけにリアルで…本当に喰種だったっていう事件ですよね 」
丸手に言われて琥珀は、去年、と呟く。
確か、ハロウィンの時期に合わせてインターネットでアップされた動画だった。
アップされてから数日も立たずに世間に広まったのは、その動画が本物であったため。
本物の喰種による、本物の捕食光景を撮った動画。
「でもその事件の喰種は捕まえたんですよね?」
「去年のは、な。悪趣味なアレを真似した奴がまた出たんだよ。だからお前、ちょっと行って引っ掛けてこい。目星は付いてる」
ネット動画だか再生数だか知らねェが、示威行為で喰種だって明かしちまって馬っ鹿だねぇ。
丸手は悪態を吐きながら、携帯で他所の捜査官と打ち合わせも行っている。
現在、二度目の車での移動中だ。
琥珀の膝の上には魔女の尖り帽子とブーツも追加され、スモークのかかった窓の外には広い道路と歩道が見える。
「被害者らは未成年。小柄なのが狙われてる。童顔なお前なら、歳さえ言わなけりゃギリギリいけるだろ」
「…二言ほど多いです」
日曜の休日を楽しむ人々に混じる、多くの仮装姿。
「鈴屋班の連中もじきに到着する。お前は着替えたら交差点で鈴屋を探せ」
運が良いのか今日はハロウィン当日であり、盛り上がろうと駅前の通りへ向かう仮装者はかなり多く見られる。
「什造君…と組めば良いんですか?」
「確認だけで別行動だ。どっちかに引っ掛かったら、もう片方は鈴屋班と合流してサポートしろ」
「…私か…ええと、あの…什造君に引っ掛かるんですか?」
「会えば分かる」
「…。引っ掛けた方は部屋で1人で?」
「その為にお前と鈴屋なんだよ」
車の運転同様に随分と荒っぽい作戦だ。
「最初の動画の投稿はいつだったんですか?」
「…連続事件っつったか?」
「"被害者ら"って。丸手さん、さっき」
琥珀の言葉に、丸手は人の悪い笑みを浮かべた。
「最初の投稿は一昨日の夕方だ。画面の向こうでご丁寧にカウントダウンしやがった」
一昨日の投稿が3。昨日の投稿が2。
「今日までの予告ですか。…悪趣味です」
「俺を見て言うなよ」
「…相手は何人ですか?」
「恐らく二人だ。生け捕りにしろ。いいな、くれぐれも殺すなよ」
「…だから丸手さんが担当なんですか」
丸手は捜査U課であるため、T課の捜査とは種類が異なり、組織的な事案を扱う。
生け捕りにしろというのも、既に目星が着いているというのも、このためだろう。
今回の関わっている喰種が何かしらで、丸手の追い掛けるものに何処かしらに繋がっている。
…琥珀には全然、ちっとも関わりのない捜査だが。
「…私、丸手さんと関わるとヘンな格好ばっかりさせられてる気がします」
「俺を変態みたいに言うな。おら、ぼやいてねェでサッサと行け」
「はぁい」


赤から青へ。
歩行者用の信号機が変わるたびにスクランブル交差点で繰り返されるハイタッチ。
いつから日本人はこんなにフレンドリーになったんだろうと思いながら、琥珀は愛想笑いで見ず知らずの仮装仲間とすれ違う。
携帯を片手に、人を探している風を装って。
「(什造君を探してるのは本当なんだけど…)」
テンションの異様なハロウィンのモンスター達は、時ににこやかで、時に元気すぎる。
挨拶程度ならなんとか返せるが、若い狼男にハグを求められた時には慌ててご遠慮を願った。
「(こ、怖い…)」
元々の性格もあるが、琥珀は積極的な同年代というものにあまり耐性がない。
女子校から喰種捜査官というシフトチェンジをしたため、接してきた人種にも偏りがある。
「(た、丈兄に電話したい…)」
丈しか見てこなかったという琥珀自身の偏りもあったが。
普段通るこの場所も、今は独特の熱気を孕み琥珀を圧倒する。
平静を装ってはいたが、まるで知らない世界に放り込まれたようだ。
気を紛らわせようとした琥珀は、この場に丈がいたらどうするか想像してみたりもした。スーツ姿の、丈を…。
「(……普通に歩いて横断して普通に帰りそう)」
想像は3秒で終わった。
「(もちろん"うぇーい"なんて丈兄はしないし…!)」
軽いノリのミイラ男や白衣のゾンビも、違う意味で琥珀には恐ろしかった。
「見つけたです、琥珀ー」
トリック オア トリート〜。
どこからか、ゆるく間延びした声が琥珀を呼ぶ。
肘上までの手袋に覆われた琥珀の腕を、血糊に彩られたゴスロリゾンビが掴まえた。
「什造君…!」
「お待たせしました〜。おや、魔女なのに泣いてるですか、琥珀」
「ま、まだ泣いてませんっ」
眉をハの字にした琥珀は、しっかりと什造のドレスのレースを握る。
──そう、什造は女の子の格好をしている。
「什造君、とっても可愛い!ひらひら似合う!」
「半兵衛が拘りすぎて時間が掛かってしまいました」
「すごいっ、半兵衛さんって器用なのね」
「今も持ち場に着くのが遅れていて半井に小言られてます」
つい什造に見蕩れてしまったが、琥珀は、はっ、と今の周囲の状況を思い出した。
気安く肩を叩こうとする手が伸びてきて、什造が琥珀の腕を引く。
「そ、そうなの!人がっ…みんな話しかけてくるから…!」
「そーですかー」
「ハ、ハグとかもっ、してくるから…っ!」
「それは殴っていーです」
「あと、他にも──…っ」
「大変でしたねぇ。じゃー琥珀、もうちょっとガンバってください」
「え、もう別行動…!?」
什造君ってばいつの間にそんなに仕事熱心になったのと、狼狽えながら訴える。
「ちゃんと見張ってますからダイジョーブですよー」
「え…あっ什造君──っ…」
青信号が点滅を始めた。
琥珀とすれ違うようにして什造は軽やかに流れていく。
──ちゃんと見ててね──
困ったように、同時に諦めたように微笑んだ琥珀に、什造は両手で大きくマルを作る。
みるみるうちに魔女姿の琥珀は人混みよって遮られてしまった。
「あんな琥珀を見たのははじめてですねぇ〜」
余裕がないのも、ふんわりスカートで尖り帽子なのも。明るい色のカツラだってよく似合っていた。
什造の見る琥珀は、いつだって背筋を伸ばしていた。
誰にも侮られないように真っ直ぐ前を見据えていた。
気に食わない同僚の前でも、喰種を相手にする時も。
什造が知らないだけで、あれが普段の琥珀なのだろうか。
ふわふわしてて、頼りなくて、自分こそ不安だろうに、任されるとやっぱり引き受けてしまう。
不意に什造の耳に嵌めた通信機がザリザリと音を立てた。
混じって、ゼェ…ハァ…、と荒い息遣いも聞こえる。
[──鈴屋先輩、ゲフッ…配置に着きまし…ゼェ…]
「遅いです半兵衛。ギリギリですよー」
[申し訳…]
「じゃあ移動します」
[早──!?]
今回の対象の好みは"小柄な未成年者"。
二人で囮を行うと琥珀には説明した。けれど元々、什造よりも琥珀の方が対象の理想に近く、向いていた。
交差点への配備は数時間前に済んでおり、対象は姿を確認して監視もすでに行われている。
後はエサを撒くだけだったのだ。
「琥珀はもう釣ってますよ」

什造が人混みに紛れてすぐ、琥珀にも丸手から通信が入っていた。
[右後方。絶対見るなよ大根役者]
やはり一言多い丸手の助言にむっとする。
同時に、これ程早く引っ掛かる順調な流れに、丸手の下拵えを察した。
"ちゃんと見張ってますよ"という什造の言葉。
「(…それなら事前に作戦参加を伝えてほしいんですけど、丸手さん……什造君も!)」
携帯に気を取られるふりをして、琥珀は歩道を行く足を遅くする。
軽やかな靴音が琥珀の前に回り込んだ。
「ねぇ、君さ──」
琥珀の目の前を塞ぐ吸血鬼。
白いシャツにリボンタイが揺れ、ベストとマントを身に付けている。
しかし顔の大部分を隠した仮面を被るその姿は、どこかオペラ座の怪人も彷彿とさせた。
何にせよ、仮装を楽しむ若者としては問題のない姿。
琥珀を覗き込む動きに合わせて微かに漂う、血の匂い以外は。
──ああ。やっと本業に戻れる──
血の香りを喜べるなんて、自分の方とて喰種の本領発揮ということらしい。
琥珀は丸手から習った通りの、戸惑いと好奇の表情を作って吸血鬼を迎えた。
ぎくしゃくとした動きで。
[………35点]
「(………)」


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