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鈴蘭

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会議室に入ってすぐだった。
無表情に、彼らを眺める彼が目に入って足を止めた。
「どうしたの、什造君?」
こちらを向いた時にはもう「あ、琥珀です」と、いつもの什造君だった。
什造君の見ていた先にいたのは同僚の捜査官。
名前も知らない捜査官だったけれど、良い印象を持っていなかった顔ということは覚えてる。
「行くですよ、琥珀」
「…え?」
什造君に手を引かれて入ったばかりの会議室を後にする。
ぺたんぺたんぺたんと什造君のスリッパにしては早い足音。
私も早足で、白いふわふわの彼の頭を見ながら続く。
「もうすぐ会議始まるよ?」
「僕がいなくても問題無いです」
「篠原さん、困っちゃうんじゃない?」
「僕がいなくても問題無いです」
「──鈴屋什造二等捜査官。昇進、したんでしょう?」
ぴたりと什造君の足が止まる。
昇進試験を目前に、このふわふわ頭をうんうん唸らせて努力していた姿を、私も知ってる。
「胸を張って参加したら良いのに」
什造君を通り越して、その少し前に立つ。
「会議なんてオモシロくありません」
ぷいっとそっぽを向いた表情は、けれど試験勉強に飽き飽きしていた顔とは違って見えた。
怒っているような、どこかイライラしているような。
什造君は、和修常吉総議長の推薦により就任した捜査官だ。(本人は裏口入局とも公言している)
なのでアカデミーを出た正規の捜査官とは少し様子が異なる。(什造君も歴とした捜査官なのでこう区別するのもヘンだけど)
お陰で正規の(…)捜査官と話が合わなかったり、反りが合わなかったり、気が合わなかったりと色々と大変らしい。
就任直後、捜査中に警官の耳を咬み千切ったという一件も、篠原さんに聞かせてもらった。
休憩スペースで缶コーヒーを飲みながら、首を傾げていたことを思い出す。
「何であんなことしたんだろうね。ワイルドすぎでしょ」
「ワイルド、ですねぇ。育ち盛りでお腹が減って、イライラしちゃった末に、かぷっ、ブチッ!って」
「琥珀ちゃんがいうと洒落に聞こえないって。…ジューゾーの奴、餃子を食べたかったとか?」
「ふふっ。今度連れて行ってあげたらいいと思います。餃子とか。あ、あと辛すぎないカレーとか」
「…マッドジョークは受け継がなくて良かったんだけどなぁ」
篠原さんは、今度は額を押さえていた。
そう、篠原さん。
什造君が会議をさぼったら篠原さんが困ってしまう。
というよりも、きっと悲しむと思う。
什造君に期待をしているから。
什造君の過去を知って、未来を案じている人だから。
私にも教えてくれた人だから。
私が喰種でも、生徒のように接してくれた人だから。
きっと篠原さんが教えていたアカデミーの授業は楽しい授業だったんだろうなぁ──…
脱線しそうになる思考を戻す。
「戻らないと。什造君」
「…ヤです」
私が掴まれている手を引っ張っても什造君は動かない。
ぶらぶらと揺れるばかりの私の右手と什造君の左手。
私は左手でもって什造君の右手を取ると、左右の手を合わせるように持ち上げた。
「私も一緒に出てあげるから」
ね?と些か強めに引っ張って、廊下をUターンして歩き出す。
「…この会議、琥珀も出席する会議ですケド」
「一応は。そのはずなんだけど」
「一応ってなんです?」
「うーん。有馬さんがね、今どこにいるかわからなくて。有馬さんがいない時は、私も会議には出ないから」
コツコツ、ぺたんぺたん、と、来た廊下を二人で戻る。
有馬さんが見つからない時は結構ある。
どこで何をしてるのか聞いたこともあるけど、答えが返ってきたことはない。
特等ともなると色々あるのだろう。
…決してさぼり癖だけではない、はず。
私に引っ張られていた什造君の足がまた止まる。
「出ないつもりなら、どうして来たです」
「連絡も付かないから、会議室にいるかだけ確認しようと思って。……やっぱりいなかったけど」
何度携帯をかけても圏外の音声案内。
通じない時は三度のかけ直しで諦める。あとは会議に出るか、もしくはメールで待つ場所を伝えて休憩。
そうすると、ふらっと姿を現した有馬さんに「琥珀、行くよ」と呼ばれるのだ。
「でも今日は什造君が寂しそうだから、一緒に会議に出席しようかな」
捜査官の身分があっても、私はあくまでも有馬さんの所有物。
どこまで彼らに近付けたとしても、喰種として越えられない線はある。
でも今回は別。
今回は…これは相手が什造君だからだと思うけど。
什造君には、つい世話を焼きたくなってしまうのだ。
会議室に入る前から私の耳に届いていた、同僚捜査官達の会話。
──昇進したんだって?アレでよく試験通ったな──
──篠原特等が付いてるからな。じゃなきゃあんな殺し狂い──
──鑑識が、調べさせられるのが肉片ばかりだってぼやいてましたよ。あれじゃどっちが喰種か分からないって──
意識しなくても拾ってしまう雑音。
什造君が局へ来る以前、ある喰種の元で殺しをさせられていたことを、一定以上の階級の捜査官は知っている。
その経歴故に、悪い印象を持つ捜査官は少なくない。
けれど反対に、身に付けた能力は、喰種捜査官として十二分に期待が持てるはずなのに──。
無意識に寄ってしまっていた眉間のしわを伸ばして自分の頬を叩く。
突然の行動に、什造君がヘンなモノを見るような目で私を見た。
「なにやってるですか、琥珀」
「気合いを入れたの」
私は出来た人間…喰種じゃないから、丈兄のように動じないことも、篠原さんのように笑顔で受け流すことも無理かもしれないけれど。
「琥珀はヘンなヒトですねぇ」
「…。いいの、これで」

会議室の開いたドアを前にして、なぜだか突然気合いを入れた琥珀に、什造はやや引いた。
にこにこと可愛らしい顔をしながら琥珀は、時々男らしくなる。
什造にとって昇進とは、強力なクインケを手にする為にクリアしなければならない条件に過ぎなかった。
その他のメリットといえば、給料が増えて嬉しいというくらい。
肩書きなどどうでも良かったのだ。
けれども最近になって、その肩書きを揶揄される度に苛立ちを感じるようになった。
自分への悪口なら飽きるほど聞いた。それなのにどうして?
ムカつく悪口をムカつきながら聞いてみて、什造は考えた。
考えて、悪口の矛先が自分を通して篠原や琥珀にまで向いていることに気が付いた。
だからあの会議室に入ることも、本当は気が進まなかった。
琥珀が現れなければ、篠原には悪いがさぼる気ですらいた。
「琥珀のほっぺた、赤くなってます」
「やだ、強く叩きすぎちゃった?」
「…やっぱり琥珀はおばかさんです」
「ん?やっぱり?」
両頬に手を当てている琥珀。
その頬と手の間に、自分の手を滑り込ませた什造は、もう一度「ばかです」と呟いた。
──今回の編成、あれがいるって?──
──有馬特等もさっさと処分してクインケにすればいいのにな──
──元部下に気を遣ってるんじゃないんですかね?──
──へぇ上等の噂ってマジだったのか。顔はわりと可愛いけど、結局喰種だろ、あれ──
──よく他の捜査官と喋ってるの見かけるぜ──
──遊んでほしいんじゃないのか?ずっと局に閉じ込められて溜まってるんだろ──
──自殺願望でもあるんじゃないですか──
──はは、鈴屋にでも頼めよ。鈴屋といえば…アイツ昇進したんだって?──…
弱っちいくせに他人の事をべらべらと。
止め処もなく喋り続ける汚い口が、部屋の空気を無駄に減らし、彼女を侵す毒を吐く。
あんな連中のために、琥珀が頑張る必要なんてない。
さくっと口を削いでやれば簡単に黙るのに、と。
それとも反対にぱっくり開いてしまってもいい。
ただ、そういうコトが良くないコトだと、什造は耳を引っ張られながら篠原に教えられた。
「…会議」
「うん?」
「オモシロくなくて寝るかもしれないです」
「じゃあ、私が隣に座って起こしてあげる」
「お腹が減ってぐぅって鳴るかもしれないです」
「篠原さんが来たら、会議が終わったらご褒美に餃子が食べたいっておねだりしてみよっか」
「…なんで餃子なんです?」
「什造君、餃子はきらい?」
「食べれます」
「じゃあ決まり」
什造の手に挟まれたままで琥珀は、ふふっ、と意味深長に笑う。
そのワケを聞かないと気になって居眠りできないと、什造は思った。


161013
13日はジューゾーくんの日
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