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眠る羊

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布団にしてはしっかりとしている。
肌に当たる熱があまりにも心地好くて、琥珀はそれを抱く腕に、ぎゅう、と力を入れて身動ぎをした。
「…うっ」
呻く声のようなものが聞こえた。
けれども眠気が強くて、琥珀はむずがり、深い深い呼吸をして丸くなる。
「(なにかな……わたしのすきなにおい──…)」
大好きな丈の匂いがする。
「(ゆめって匂いも感じられたっけ)」
微睡む思考が溶けて広がる。
再びの眠りに落ちようとして、琥珀が頭をぐぐっと押しつけたとき、また聞こえた。
「ぐ…っ」
頭の上から聞こえたそれと連動して、背中が叩かれる。
「(せなか…。だれ……まだ眠いのに…)」
もそもそと、丸まっていた身体を離して顔を上げる。
「琥珀…、…あまり強くされると背骨が折れる」
同じ布団にくるまって琥珀を見下ろす丈が、やや息苦しそうに言った。
「ん……?あ……ごめ…なさ……たけにい……」
「ああ…。そろそろ起きるか?」
「もっと…こうして、たい……。…いま何時…?」
「ぅ…11時15分」
「ぅん…、んー………………起きます…」
琥珀は気だるくベッドに起き上がり、大きく大きくあくびをすると、更に大きな伸びをした。
「ふ、ぁ、ぁぁぁ〜…っ、…よく、ね、た…っ」
けれど伸ばした腕は服を纏っておらず、何故か素肌で。
お腹も太腿もすーすーする。
下ろした肩から下着のストラップがするりと落ちた。
琥珀の視線もするりと落ちた。
抜けきらない眠気の残る頭で思った。
うん、肩紐だけだから取れてない。大丈夫。
……だいじょうぶって、おかしいよね。
隣で丈が少し息を吐きながら身を起こし、胡座をかいて、琥珀、と呼んだ。
「…睫が頬に着いている」
「……ん…」
頬に手を伸ばして、ふに、と琥珀の頬を擦る。
「……取れた…?」
「…ああ」
「…ありがとう」
二人が居るのは丈の部屋で、二人が寝ていたのは丈のベッドだ。
琥珀が見た限り、丈は寝間着にしているTシャツとハーフパンツを穿いていて、琥珀はレースの付いた淡い色の下着姿で。
「………」
「………」
琥珀が昨日着ていた戦闘服は椅子に引っ掛けられていて、…脱ぎ捨てたとかそういう感じではない。
無言で丈が布団を引き寄せて、琥珀の身体を包む。
「起きたか」
「………うん」
だんだんと意識がはっきりとしてくる。
だんだんと気まずさも生まれてくるものの、琥珀の全身は硬直している。
丈は琥珀の前まできっちりくるんだ。
「なんで…私…下着なの……?丈兄…」
機械のようなぎくしゃくした動きで琥珀は布団の合わせ目を押さえる。
「……覚えていないのか」
丈の顔なんて見られるわけがない。
琥珀は不器用な動きで頭まですっぽりと布団で覆う。
ついには布団の塊となってベッドの上で身を伏せた。
「お、覚えてません………」
布団の中で真っ赤に発熱しながら、全身を使って丈の言葉にわなわなと頷いた。


琥珀が布団の塊になった今から、時を戻して深夜──あるいは本日の早朝。
前日夕刻から行われていた中規模の"喰種"組織殲滅作戦が、完了を迎えていた。
丸手特等を指揮官に据えて特別に編成されたチームには、丈と琥珀の所属する有馬班も組み込まれていた。
東の空が白みはじめる明け方、CCG本局の地下駐車場に捜査官たちを乗せた護送車が戻ってきた。
緊張の解けた様子で機材の積み降ろしを行うU課の捜査官たちと同じく、T課に属する捜査官らも車を降りた。
普段と変わりない足取りの者もあれば、怪我を庇ってゆっくりと降りる足も。
それに続いて一番最後に、小さな戦闘靴がステップを踏んだ。
けれどコンクリートに足を着けた瞬間、前のめりにバランスを崩し、先に降りた宇井の背中にボスッと頭をぶつける。
「…琥珀、しっかりしてください。あと少しですから──」
「………ぃ、…すみま……せ…」
背中に凭れ掛かってぐったりする琥珀の肩を押さえて、宇井は何とか立たせる。
「…ぅ…」
ぐらぐらと揺れる琥珀をまっすぐにし、バランスゲームのようにそーっと手を離した。
今日の戦闘では赫子の使用が多かったため、琥珀の疲労は普段以上だった。
はじめは身体のだるさや眩暈を伝えた琥珀だったが、戦いの緊張からの解放により、帰りの車中では眠気と意識の混濁も強くなっていた。
一瞬だけ自立した琥珀だったが、宇井が、いち…に…さん…と数えてすぐに、ゆら、と傾いだ。
「…琥珀…ちゃんと立ってください」
「……ん、…、…」
「……これじゃあ私まで動けないでしょう」
宇井の肩に凭れて動かなくなった琥珀は、何やら肩口でもごもご言うが聞き取れない。
「…っ、聞いてますか──」
「…ぅ……」
肩に頭を押し付けたまま沈黙してしまった。
琥珀の整髪料だろうか、地下駐車場には場違いな甘い香りが宇井の鼻をくすぐる。
「………重い」
若干の照れと共に琥珀の肩を引き離す。
護送車の脇でまごつく二人を見つけて、別の車両から降りた丈がやってきた。
「郡、様子はどうだ」
「タケさん、…すみません、ほとんど変わりありません…っていうか…。移動中だけでも寝るように言ったんですけど」
宇井の腕をつっかえ棒にしている状態の琥珀は、短い呼吸を繰り返して下を向いたままだ。
「一度寝たら本部に着いても起きないだろうからって言ったきり、ずっとこの調子で…」
ずり落ちそうになる琥珀を抱え直しながら宇井が答えた。
丈は背を屈めて、琥珀、と呼び掛ける。
「琥珀」
「………」
「…今日はもう休みだったな。…今日はこのまま、本部で休め」
丈の言葉に反応して琥珀の頭が小さく動く。
数週間に一度、琥珀には外泊の許可が下りる日がある。それが今日であることを、琥珀は以前から口にし、待ちわびていた。
しかしこの様子ではホテルを取ることも、ましてや一人での移動すら儘ならないだろう。
「本、部、…?」
「そうだ…部屋に戻って、休むんだ」
ゆっくりと言い聞かせるような声色は、まるで本物の兄が妹に話し掛けるような穏やかさだった。
しかし琥珀は下を向いたまま子供のように首を振る。
「…だが琥珀、一人では動けないだろう」
丈の言葉に尚も拒絶の意思を表す。
「や……やなの……、もどりたく…な…、そと……おねが、い──、」
そとにだして──。
綻びから溢れるように、唇からは同じ言葉が繰り返される。
琥珀が普段は見せない、監視され、管理されているという息苦しさが、浅い呼吸に乗って吐き出されている。
周囲は片付けに動き回り、琥珀の囁くような声を耳に留める者もいない。
しかし拘束される者の口から周囲に聞かせたい言葉ではなく、丈も宇井も口を噤む。──現状への不満として誰かに聞き咎められれば、琥珀の扱いも揺らぐ。
丈は少し考え、ずっとこうしている訳にもいかないと、宇井から琥珀の身体を受け取った。
「あの──…、どう…されるんですか」
「……ここにいても仕方がない。仮眠室にでも連れていく」
琥珀の普段過ごしている代わり映えのない部屋よりは多少マシだろう。
自分を支える存在に反応した琥珀の腕が、丈に縋って絡み付く。
その腕をやんわりと解きながら、丈は屈んで琥珀の腕を肩に引っ掛けると背中に負った。
「…作戦の後処理はしておきます。あまりお手伝いはできませんが…」
「…すまないな」
遠慮がちにだが申し出る宇井に礼を言いながら、琥珀が作戦前に言っていたことを思い出す。
明日は休みだから支度は済ませてある、と。
──バックも用意してロッカーに入れておいたから。局に帰ってきたらすぐ出たいな──
「(部屋を取ったら一眠りして…遊びに出たいと、言っていたか── )」
琥珀にとって只でさえ稀な休みだ。このように潰れてしまうのは不運でしかない。
どうにも晴れない気持ちを腹に納めて、丈は琥珀の位置を直す。すると、
「今日はご苦労だったなァ平子」
クカカ、とヘンな笑い方をする上司に見つかって、また厄介な…とか思ってしまったのは秘密だ。
今日の作戦が予想以上の成果を上げられたためご満悦らしい。
「あん?お前、君塚なんか背負って、お持ち帰りかァ?」
「…」
ただ、面倒だと思っていた野次馬的な上司でも、たまには役に立つ野次を飛ばすことがある。
その手も有りか。
「元気だねェ若いヤツは。あんだけ暴れといて任務明けにもう一戦ってか」
丸手が一人で喋っているうちに、丈は宇井に口パクで、
(タクシーだけ頼む)
(え、本当に呼んじゃいますよ)
(丸手特等の口から出たのだから構わない)
(有馬さんにも伝えますか?)
(それも丸手特等からお伝えして頂こう)
(タケさん、結構ちゃっかりしてますね)
丸手の口から出るくらいだ、周囲の認識もそんなものだろうと丈は解釈し、まどろっこしい考えは捨てた。
「そいつを持って帰んのは勝手だが無理させんなよ。一応大事なクインケだからな」
面白がって絡んでくる丸手に対して、
「そうですね。本人もこの様子なので、このまま自宅に連れ帰って休ませておきます」
丈もまた、しれっと答えた。
「あっ開き直りやがったな」
そうさせたのは丸手特等なのだが、と頭の中で全て丸手に押し付ける。
ただ、丸手の相手で時間を取ったために、背中の琥珀は完璧に寝息を立てている。
丸手の声に引き寄せられてきた篠原と有馬とも、結局、顔を合わせることになった。
「ヒラも宇井もお疲れさん。琥珀ちゃん…は、熟睡しちゃってるね。よく頑張ったもんなぁ」
「こんなにクタクタだってのに帰ってからもヤろうってんだから、とんだ鬼畜だな」
「…本人達の前で言ってやるなって…。大体、ここまで無理させた指揮官本人が何言ってんの」
なんやかんやと、女性がいたらセクハラと訴えられかねない(概ね丸手の)会話が繰り広げられる。
そんなオッサン共は放っておいて、丈は有馬に、そういうわけで、と琥珀を連れ帰る旨を伝えた。
「それは構わないけど。いきなり寝込みを襲ったら口きいてもらえなくなるよ」
「その点は…行為に及ぶなら合意の上でと思っていますので」
隣の会話が尾を引いている。
男ばかりの場となると口も軽くなるのは仕方がないことだが、仕事上がりの気の緩みと徹夜明けの妙な空気感が後押しする。
「(なんだろうこの会話…)」
琥珀に聞こえていないからのこの内容なのだろうか。
宇井は巻き込まれないうちに黙って携帯を取り出すと、タクシーの手配をすることにする。
周りではそろそろ機材の運び出しも終わり、捜査官らも引き上げ始めてている。
「しっかし平子、お前も物好きなヤツだな」
またしても丸手のパスが丈に回ってきた。
「幼馴染みっても、自分が喰われる可能性もあんだろが。今までだって喰い頃になるまで育てられてたのかもしれねェぞ」
「育てるって、琥珀ちゃんが?ヒラを?」
「タケの喰い頃っていつでしょうね」
寝こけてるコイツに聞いてみっか?と琥珀を指差す丸手。
丈はその指からさり気なく琥珀を遠ざけながら、その時はその時でしょう、と答えた。
「そもそも琥珀はSレートの赫者ですから、ベッドの上で襲われたら抵抗したところで無駄かと」
その場の者達がつい、寝こける琥珀からその姿を想像してしまう。
打ち消すように丈が「ではお先に失礼します」と琥珀を背負ったままで頭を下げた。
エレベーターへ向かう。
「タケも言いますね。丸手さん」
有馬の隣へ、電話を終えた宇井も戻ってきた。
「あと、ちょっと怒ってるっぽくなかったですか、今の」
「かもねぇ。ま、しつこく丸がからかったせいでしょ。琥珀ちゃんもこき使った訳だし。丸が悪い」
「俺のせいかよっ!」
お前らだって乗っかったじゃねェか、という丸手の声が地下駐車場に響いた。


「……ということがあった」
「ひ、ひどいなにその会話…!!えっ、でも待ってっ、わ、私のこの格好の説明は──っ…!?」
なんでなの!?と布団の穴から琥珀が丈を見あげた。


宇井の呼んだタクシーに乗って、丈の部屋に戻ってきた二人。
眠ったら起きないと言っていた琥珀だったが、そこはまだ頑張っていたのか、丈が呼び掛けると多少は返事があったりもした。
部屋の玄関に入り、丈が琥珀を下ろす。
「琥珀、立てるか」
「ん、………うん…」
「…風呂は?」
「…ねむ、い」
「部屋まで行けるか」
「……、ぃ…」
「琥珀、手を離すぞ」
「……ん…」
「着替えられるなら着替えてから寝ろ」
「………」
俺は風呂に入る、と言いながら浴室の電気を点けた丈が廊下に顔を覗かせると、まるで足跡のように転々と、琥珀の服が丈の部屋まで続いていた。


「…ちなみに下着は着けた状態で布団にくるまっていた」
「〜〜〜っ!!も、もう分かったから──」
いわないで…!と、再び琥珀は布団の穴を塞いで塊となった。
覚えていない。
全く何も覚えていない。
今からどんな顔をして丈を見たらいいのかもわからない。
自分がいないとそんな話をするのか。セクハラにも程がある。今度顔を合わせたら絶対睨んでやる。(特に丸手さん)
丈も丈だ。合意とか何とか言ったらしいし。そういうことは言わなくていいし。
…合意の上らしいから何もなかったみたいだけど。
…見られるならもうちょっと可愛いのを着けておけば良かったとか──…。
「…っ!!」
のたうち回りたい衝動に駆られる琥珀。
その毛布の外側に、重さのある何かが置かれる気配がした。
「お前のロッカーから持ってきてた」
琥珀の頭の位置に丈の手が置かれる。「想像していた休みとは違うだろうが」と。
「今日はうちで過ごせばいい。風呂も沸かしてある」
琥珀が用意していた泊まり用のバッグも、局から持ってきてくれたのだ。
琥珀を連れていて、手間だったはずなのに。
丈の言う通り思いもよらない休日となり、戸惑いやら恥ずかしさやら、すべてがごっちゃになっていた。
琥珀の激しい発熱は相変わらずだったが、けれどどこか、じんわりと優しいあたたかさが浮かぶのも感じた。
「…あ……ありがとう…」
「ああ。ただ──」
丈の声が近くなる。
「…次は我慢できるかわからない」
「(びくっ…!!)」


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