×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



ナイトメア side-a

.
その喰種の噂を篠原が初めて耳にしたのはCCG本部の休憩所だった。
「人間を、襲わない喰種?」
篠原は缶コーヒーのプルトップに引っかけた指を止めて、その丸い目を更に真ん丸くきょとんとさせた。
「そんな奇特な喰種がいるんですか」
「ここ最近の噂でね」
「目撃証言によると、マスクも服装も毎回違うらしいがな」
部下の報告を思い出しながら、同僚の丸手が悪人面を歪めて缶コーヒーを煽る。
丸手の隣に座る局長の和修吉時が、「まあとりあえず座ったらどうかな」と、篠原に向かいのベンチを勧めた。
篠原がやって来る前に聞かされていたのだろう、吉時が言葉を続ける。
「目撃エリアは全てばらばら。だが戦い方の特徴から同じ喰種だと思われる、だったかな?」
「はい」
「戦い方の特徴ってのは?」
「ええとだね──…どこから説明しようか」
もう一度最初からよろしく。と。
吉時に頼りきった笑顔を向けられて、丸手はガクっと項垂れた。
「あーあーあーもー!篠原!最初っから話してやるから耳かっぽじって二度聞きすんなよッ」
「頼んだ、丸」
「私も復習が出来て助かる」
長ェんだよこの話は、と前置いて丸手は大きく息を吸った。
「まず赫子だっ。尾赫タイプ、細長くて、先端が鈎状に曲がった形が確認されてる」
篠原が「尾赫ね、尾赫、バランスの良い」と、丸手を乗せるべく復唱し、吉時がふむふむと合いの手の如く頷く。
「次っ、ヤツは武術に長けてやがるらしくて、赫子を出さずに戦う事が専らっつー話だ。そのせいで赫子の損壊痕も判別不可」
「ふむ。だかも赫子を使わずに戦うということは、逆に言えば、使わなくても勝てる、つまり喰種個体としての基礎力が高いということだね」
「個体の力に加えての格闘スキル。ただ話によると動きは型通りってな」
「型通り?」
首を傾げる篠原に、吉時が答える。
「争い事に慣れてる他の喰種とは違う感じみたいだよ。私もこの話は丸手からの又聞きになるが…。丁寧な性格なのか、訓練されているのか。この喰種にはそんな印象を受ける」
「う〜ん?礼儀正しい喰種ってことですかね?」
「そう!そこで特徴その二だ!」
「うおっ、近いって…!」
段々と調子を上げてきた丸手が、頭突きもあわやという距離まで篠原に近づく。
凶悪な人相になったなぁ。
「ヤツが現れんのは決まって、"喰種が人間を襲っている"、或いは"喰種と捜査官が戦っている"現場に限定されてんだ」
「そいつは…自分からは仕掛けないってことか?」
「今のところ"恐らく"だけどな」
向かいのベンチに戻った丸手が人指し指を立てる。
「まず一つ目のパターンだが。ヤツは襲われてる人間には見向きもしないで、襲っている喰種をのして連れ去る」
「はあ?のして連れ去る?」
「連れ去った喰種をどうこうするわけではないみたいだがね。現に連れ去られた喰種が、後日また別の人間を襲ったところを捜査官に処分された事もあるようだ」
「"襲わない"って特徴はどこにいったんです?」
「まあ続きを聞けって」
丸手が缶コーヒーを口に含む。
「二つ目のパターンだが。捜査官と喰種が戦っている現場に現れた"ヤツ"が、捜査官から喰種を逃がして、自分もその後、捜査官から逃走」
人差し指と中指、ピースサインを揺らした。
「ただ、二つ目のパターンにも種類があるみたいでな。こっちは、喰種と捜査官を"共に"戦闘不能にして、喰種を連れ去った」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、訳が分からなくなってきた」
「つまりこういう事だ、篠原特等。ヤツが表れた現場では捜査官・喰種、関わらず、死人が出ない」
人間を食べて生きているくせに、ヤツは殺しをしない。
捕食ではない。
捜査官の排除でもない。
では何故ヤツは現れる?
「ええと、つまり…?ヤツは喧嘩両成敗が趣味の喰種とでもいうことですか?」
篠原は何とも言えない表情を浮かべ、
「ヒーロー気取りってか。喰種ごときが忌々しい」
丸手は苛々と膝を揺すり、
「最近ではダークヒーローとか云うのだろう?現実として考えると厄介だな」
吉時は肩を竦めた。
「はぁ〜…一体何がしたいんですかね、そいつは」
「ケッ、喰種の考えることなんざ分かりたくもねェよ」


三つ目のパターンは彼らの四方山話より数日後、救急病院に運ばれた喰種捜査官らの証言によって明らかになる。
時刻は日付も変わろうとする深夜。
飲食店のゴミが積み上げられ、チラシやアルコール飲料の空き缶が散乱する裏路。
ビルの壁に白い塊が叩きつけられる。否、白いコートを羽織った人間だ。コンクリートにずり落ちると血の塊を吐く。
吐きながら、退けェ倉元…、と声を絞る。
倉元と呼ばれた部下は応えようとしたが、それより早く鋭い衝撃を受けて地面に転がった。
レートCなどと報告されていたのに、蓋を開けてみれば評価以上の実力を持った喰種だった。
低ランクと油断があったのは事実だったが、これではあまりにも──。
数メートル離れた上官の、呻き声が濁って、……止んだ。
嘘だろ。助けを、逃げないと。応援を。先輩。死。
強く打ち付けられた倉元の頭に散漫に過る。
動かない腕。辛うじて首だけ上げると、倒れた上官の姿が──
「(──な…い…?)」
ドッ
静かに、そう、重いものが倒れたような音。
倉元の低い視界に白いコートの裾が映った。
続いて腹の下に何かが入り込み、体が浮く。
「──ぃッ、っつ…!?」
「…………ごめんなさい…病院まで…」
我慢して。
腹にかかる数回の重圧。その度に裏路は遠くなり、最早眼下となった路上には、自分達を襲った喰種が倒れている。
「(女の喰種が…同族を……?俺と先輩…抱えて…)」
屋上から屋上へ飛翔する。
明るい満月に照らされて、過ぎ行く屋根に影が映る。
はためく上着からは羽赫が羽のように広がり、細長い尾赫が流れる。
「(夢でも見てんのかな…俺、)」
夜風が鼓膜を震わせた。


非常灯と受付の灯りに照らされる病院ロビー。薄暗く、人影はない。
その喰種は倉元をソファーに下ろすと、肩に担いだもう一人もソファーに寝かせて受付へ向かった。
「(助かったのか…?)」
向い合わせのソファーに横たわる上官の、上下する胸を確認して息をつく。
喰種は受付の内線で何事かを囁いた。
倉元は眼だけを動かして様子を窺った。小柄な喰種だ。
すでに赫子は解かれていたが、倉元の記憶にはしっかりと刻まれている。
「(羽と尻尾なんて悪魔かよ……。そもそも赫子が二つとかどんだけ大物──)」
受話器を置くと、こちらへ歩いてきた。
「(やべっ……!)」
二人の横たわるソファーの間で足音が止まる。
痛みで荒々しい息を繰り返す上司の横に膝を付いて、屈み込む。
まさか、と身を固めた倉元だったが、しかし予想を外して、小さな声が耳に届いた。
手荒に運んでごめんなさい、と。
「すぐに先生が来ます………もう、大丈夫ですから…」
浮かぶ汗を優しい手つきで拭うと、立ち上がって入口へ向かった。
自動ドアが開く音がロビーに響く。
春の嵐か、強風が吹き込んで喰種の上着を大きくはためかせた。
ショートブーツから伸びる脚は白く、細い腰は闇夜に頼りない。どこまでも華奢な体格だった。
小さく悲鳴をあげて、細い指が裾を押さえる。
倉本ははっとして体を起こそうとした。──一言で良いから、この喰種と言葉を交わしたいと思った。
痛みで思わず呻き声が漏れる。
気づいた喰種が振り返った。
「なあ、あんた──っ…」
倉本に向かって、その喰種はまるで子供にするように、口許に人差し指を立てる。
フードの下で桃色の唇が僅かに微笑んで。
瞬きの間に姿を消した。
廊下がにわかに騒がしくなり、病院職員がロビーへ走ってくる。
「…何だよ…あの喰種……」
誰もいない玄関口の、自動ドアがゆっくりと閉まってゆく。
「…女の子じゃんか……」
しかも、ちょっと…………可愛い感じの。
気が抜けた倉元はソファーに背を戻す。
先輩はすぐに手当てをしてもらえるだろう。自分もそんなに大きな怪我じゃない。
これからやってくる医者に説明して、本部にも連絡をして──…あぁ、報告書には何て書きゃいいんだ。
倉本は、細いだの糸目だのと揶揄される目を、ぐったりと閉じた。


この後、捜査官の証言を元に報告書が作成された。
尾赫と羽赫を持つ喰種。
顔の上半分を覆う赫子の面を確認。
その姿から赫者と推測される。
「へぇ〜。…先輩、赫者って何スか?」
「……お前はもっと勉強しろ」
「イテテテッ!痛いっですって…!」
「だが倉元、本当に赫子の面を確認したんだな…?」
「しましたってー、しっかりと。(アレさえなきゃ顔見られたのになぁ)」
正確な戦闘データはないが、赫者である可能性より、レートは"S〜"とする。
「なーんか、夢でも見てた気がするんスよねぇ。(また会えるかなー、あの子…)」
「おら、無駄口叩いてないで行くぞ倉元っ」
「あーはいっ、はいはーいっ」
目的不明の上記喰種の、その名称を"ナイトメア"と改めると同時に、引き続き調査されたし。


160625
[ 8/225 ]
[もどる]