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(4)end.

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もそもそと隣で何かが蠢いている…。
丈は、丈の身体に手を掛けて「どうしよう…」やら「ああやだ恥ずかしい…」という、琥珀の呟きで目を覚ました。
「(ああ…琥珀がいるな…)」
寝起きの働かない頭で安堵しつつ、昨晩の行為を──初めて目にした琥珀の身体を──思い出す。
「………」
思考が追い付かず未整理の部分を、充足感やら若干の不安やらが混ざって埋め、結果、呻き声として現れた。
丈の身動ぎに反応して琥珀が慌てる。
「お、お、おは、よ、丈兄…っ」
「………どうした…」
「あっ…、えっと…あの、──…、」
「………」
起き上がると、共有している布団を引き寄せている琥珀と隣りに座るかたちになる。
細い肩を縮こまらせて恥ずかしそうに丈を見る琥珀はいつも通りの琥珀で、丈は少し安心した。
お互いに服を身に付けていないことを除けば多分…変わらない。
「あ、あの、ね?……たぶん…シャワー浴びると…わかると、思うんだけど──…」
琥珀はもじもじと口ごもった。
その目許は少し腫れていて、冷したタオルを当ててやらなければと丈の頭に浮かぶ。
…まだ自分は琥珀の世話を焼いても良いのだろうか、とも。
あれから何時間ほど寝たのだろうか。
ライトを点けっぱなしで眠ってしまったために、カーテンの外の明るさが分からない。
「………琥珀」
「な、なに…?」
「身体は…大丈夫か…?」
「え?身体…?」
最初は丈の言葉の意味がわからず瞬きをした琥珀だったが、気が付いて恥ずかしげにこくりと頷く。
その首筋にも胸元にも、昨日の痕は何一つ残ってはいない。
昨晩、琥珀の肌に付ける傍から消えてしまう赤い痕を惜しく思う気持ちはあった。しかし、
「(…傷付けたことを忘れるつもりはない…)」
怯えさせたことも。
思い出せばあのような事の運び方なんて後悔しかないが、行った事実は消えない。
丈が見つめると、琥珀は頬を赤くしながらも、どうしたのと丈を見返している。
そんな無防備な顔をしないでほしいと丈は額を押さえた。自分はそんな風に信用できる人間ではないのだから。
意識して逸らさなければ、今も琥珀の柔肌に目が行ってしまう。
愛しい幼馴染みを前に、尽きない欲望を抑えようと必死になっている男でしかない。
「………」
「丈兄、大丈夫?…どこかつらい?」
それはこちらが心配することだろうと思いながら、身を寄せてくる琥珀の目許に触れる。
「…目も、冷やさないとな」
「わ、私の顔、そんなにひどい…?腫れぼったい自覚はあるんだけど…」
狼狽える琥珀の姿にほっとしつつ、その頬に添えるように手を当てた。
「…昨日は──」
言いかけて、止まる。
どう伝えたら伝わるだろう。
昨日は、無理をするなと、琥珀を思っての言葉とはいえ、「食べなくて良い」「合わせないでほしい」と、己の要望を言って怒らせてしまった。
どうしてそう思ったのかを伝えなければと、丈が考え込んでいると、気遣わしげな琥珀の瞳とかち合った。
ひと言かけたきり口を閉ざす丈を、じっと待っている。
普段から言葉の少ない丈を、琥珀はいつだって真っ直ぐ見つめる。
その眼差しは信頼であり、期待であり。
至った過程はどうであれ、その視線に思慕も混ざっていたことを一年前に知って、丈は喜びを感じたのだ。
丈が「琥珀」と呼ぶと、琥珀は普段と全く何ら変わりなく「なぁに?」と答えた。
その当然のやり取りがまたできていることに心が満たされる。
「…俺が食事をする時は…、」
きっかけとなった出来事を思い出してか、琥珀の顔がやや曇る。
「…傍に居てくれれば…それでいい…」
琥珀は、食事を食べるふりも吐き出すことも、無理ではないと、慣れていると言うだろう。
しかし琥珀の肉体的に少しでも苦痛や負担になるようなことはしてほしくない。
「お前には…不満かもしれないが……。同席するだけで…構わない。それを面倒と…無駄な時間と思うなら、席を外していい──」
琥珀は弾かれたように首を振った。
「や、嫌、一緒に居たい…っ」
丈に縋るように身を寄せた琥珀は、はっとして気まずそうに押しとどまる。
「しょ、食事をする時間まで一緒に居たいなんて…鬱陶しいって…思われちゃうかもしれないけど…。それでも私──…、」
一緒に居たいと、ぽつりと呟く。
「…退屈じゃないのか。…琥珀は」
「…退屈じゃないよ。…だって丈兄と居られるんだもん」
困り顔で笑う。
それから唇を結び、逡巡した後に、迷いながら口を開く。
「…局にいる時はね…一人の時間が多いから……。人と一緒の時は…任務だってわかってるけど、はしゃいじゃう気持ちもあるの…。丈兄と一緒の時なら、なおさら…」
外の世界が羨ましくなる、とも続けた。
「退屈だなんて少しも思わないよ。…けど…やっぱり…邪魔かな…私…」
「…俺は………。俺の方こそ、邪魔になっているのかと思った…」
「丈兄が?…どうして?」
意外な言葉が飛び出し、琥珀は瞳を瞬かせる。
「…昨日……」
「…うん」
「…できることとできないことは分けなければと、言っただろう」
「……うん…」
頷く琥珀を前にして、まだ迷う。
これを自分から口にするのはとても気恥ずかしいことだ。喉元を過ぎた熱だと、知らないふりをすることも丈にはできる。
「…関係が、崩れてしまうのかと思った」
しかし言わなければ、伝えなければ。
この、鈍感で、人一倍に気を遣い、遠慮をして身を引いてしまう幼馴染みには一生伝わらない。
「…琥珀が俺から離れていってしまうのかと…思った」
琥珀は、昨晩の出来事をひとつひとつ思い出し、丈の様子を思い出していく。
その表情が、戸惑いと羞恥を絡めて複雑に変化する。
「そっ…、それで昨日はあんな……っ」
琥珀が混乱するのも無理はない。
自分に愛想を尽かすなら今だろうなと、丈は口を閉ざす。
元より、あのようなことをしたのだから何を言う権利もない。
琥珀は、黙って答えを待つ丈から視線を逸らし、唇を結んだまま、じっと下を向いていた。
「……」
不意に、強張っていた琥珀の肩から力が抜ける。
心配なんて…と、琥珀の声が丈の耳を打つ。
琥珀は布団を押さえていた手を離し、丈の両頬を暖かい手で包んだ。
布団が落ちて白い上半身が露になる。
「…私が丈兄から離れたいなんて…絶対に思わないもん…」
丈の額に自分の額を付けて言う。
「…私…負担になりたくなかったの。…私たち…同じこと考えてた、って、こと…?」
少し離れて琥珀が窺う。
丈が「そうみたいだな」と答えると、琥珀は堪えきれないように丈に抱き付く。
ぎゅうと首にしがみ付く琥珀を宥めるように、丈は琥珀の背中を抱いた。
丈は琥珀に無理をさせたくなかった。
琥珀はずっと丈の近くに居たかった。
たった、それだけのことだったのだ。
ぐす、と鼻をすする音がして、丈は、肩に顎を乗せる琥珀の頭に手を添えた。
「……な、泣いてないもん……」
「まだ何も言っていない」
丈は鼻声で答える琥珀の髪を梳きながら、また目が腫れてしまうと心配した。
その肩口で琥珀がもごもごと動く。
「…き、きのう…ちょっと怖かったんだから…」
「……すまなかった」
「……もう…いきなり、あんなことはしない…?」
「…約束する」
また小さく鼻をすする音がして、琥珀の身体が丈から離れる。
「…じゃあ、許してあげる」
涙で赤くなってしまった目をして、琥珀が丈に小さく笑う。
丈は琥珀を優しく抱き寄せた。
耳許で気持ちを伝えると、琥珀はくすぐったそうに頬を寄せた。

「…タオルを濡らして持ってくる」
「あっ…、丈兄、あの…」
「どうした?」
「その…えっと、ね……」
「?」
「わ、私…丈兄の背中、いっぱい引っ掻いちゃった…」


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