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(2)

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捨てると。
いらないと言った琥珀の声。
「(…頭から離れない)」
フロントで部屋の鍵を受け取りエレベーターを待つ間、琥珀が僅かに身を捩ったが、丈はその手を強く握り締めたままだった。
外で琥珀の問いに丈が答えて以来、どちらも一言も喋っていない。
聞こえるのは、手を引かれる琥珀が歩調を合わせられずに吐く乱れた息。廊下に敷かれた絨毯が包む二つの足音。
鍵を開けて部屋に入り、いよいよ丈の雰囲気が普段と違うことに琥珀は不安を強くする。
「丈兄、離して……さっきの、うそでしょ…?ねぇ、なんで急に言うの──、冗談でしょ……っ」
丈は早足のまま奥へ進み、慣れないヒールでよろめいた琥珀を捨てるようにベッドに放る。
振り返る脚を掴むと、琥珀は怯えたように息を飲んだ。
男の手で簡単に掴まえられる細い足首。
逃げられないよう、その上に脚をのせて押さえ付け、丈はベッドを軋ませて琥珀に覆い被さる。
「や…やだ──…やだっ!離して…!」
自身も琥珀もコートすら羽織ったままだったが構わなかった。
ブラウスの襟元を力任せに開く。
釦が飛んで琥珀が涙目になりながら声を上げた。
「っ…、わ、わっ私は喰種、なんだからっ…!丈兄なんて簡単に、捩じ伏せられるんだからっ…!」
「……」
琥珀の言葉に真実は半分。
丈を捩じ伏せる気があるのなら、きっと既にそうしているだろう。
丈は構わず、藻掻く琥珀の肩と胸を押さえて見下ろす。
「…なら、そうすればいい」
丈は平淡に言葉を発する。
琥珀の白い肌の首元には、ブラウスを掴んだ際に引っ掻いてできた赤い筋ができていた。
自身の行いで付けた傷なのに、苦いものが込み上げる。
「(…これからする事はもっと酷い)」
手のひらで押さえる柔らかな胸の奥で、琥珀の心臓がどくどくと速く脈打っている。
先程泣いたために赤くなった瞳には、混乱と恐怖と哀しみとが混ざる。
赫眼の発現はやはりない。
短い呼吸を繰り返す琥珀の唇は開いたまま。
丈は手を滑らせると下着を押し退けて乳房に触れる。
「…ぅ、っ…や、やぁ、…っ……」
柔らかなそれを強く揉むと、琥珀の顔は歪み、逸らされる。
丈は下腹部が疼くのを感じた。
淡々としているのは表面だけだった。
丈は自身の皮膚の下に、重く、黒く、濁った想いが渦巻くのを感じていた。
欲だ。
「…嫌なら俺を殴り倒して逃げろ。隣に取った俺の部屋に逃げて、一晩寝て、起きて、…明日定時に局へ行ってそれで終わりだ」
「──…!」
琥珀を手酷く抱きたい。
逃したくない。
繋ぎ止めたい。
己だけで琥珀を一杯にしてやりたい。
何も考えられないように。
自分以外の何も感じられなれないように。
「…お前の好きにしたらいい」
平淡な丈の声と言葉に、琥珀はびくりと身体を揺らして傷ついた顔を見せる。
大きな瞳には涙が溜まり、乱れた呼吸に合わせて何粒も、こめかみを伝ってシーツに染みを作った。
丈の胸に昏い悦びが浮かぶ。こんな事をしている自分の言葉に、怒りでも嫌悪でもなく、未だに傷ついてくれるのかと。
琥珀に振り払われようと構わなかった。元より力では到底敵わない。
ただそれでも、丈は手に籠めた力を弱める気は無かった。
無理矢理でもいい。
無理矢理でも手に入れたい。
しばらく唇を震わせていた琥珀だったが、早い呼吸の合間に、同じく震えた声で言った。
「……ゃ、…いや……っ」
「…………そうか…」
「…やだっ……離れたく、ない──っ」
拒絶されたものと思った丈に、琥珀はぎこちなく言葉を紡ぐ。
目を見張る丈に、好きなの、と伝えて更に涙を零した。
「好き……、好きなのっ…丈兄が、すきなの──っ、嫌わないで…っ、た、丈兄のっ、いうこときくからっ…、き、…っきらいになら、ないでっ…」
震えて、怯えているのに丈に縋る言葉を続ける。
「そばに、いたい、の──…ぅっ、ふぇ…、っ」
止めどない涙をぼろぼろと落としながら、嫌いにならないでと、嗚咽混じりに繰り返した。
怯えながらも丈から離れない視線があまりにも必死だった。
丈は自身が汚れているように思えて、見返すことができなくなった。
傍に繋ぎ止めたいのは自分の方だというのに。
先程琥珀は、捨てなければと、できないことは分けなければと口にした。
昔の記憶を諦めると、言外に語った琥珀を前に、ならば自分の存在はどうなるのだろうと、頭を過った。
喰種であることを隠して、人間として生きてきた琥珀。その殆どを共に過ごしてきた自分は、もう傍には居なくていい、不要な存在なのかと思った。
丈はゆっくりと息を吐きながら琥珀の頭の横に額を付ける。
「………怯えさせるつもりは、なかった…」
出てきた声は掠れていて、自分も緊張していたことを知る。
同時に、こんな事をしておいて今更何を言っていると自嘲する。
今後、自分の存在も無いことにされるのならば、忘れられなくしてやろうと思った。
いっそ手酷く手折って傷をつけてしまおうと。
憎しみだろうが、恨みだろうが、恐怖だろうが、琥珀の傷痕ぐらいにはなれるだろうと思った。
気分の悪い手前勝手な言い分だ。
丈は重たい身体を琥珀から離す。
心はそれ以上に重たくのし掛かる。
罵りも軽蔑もすべて受け入れる心づもりはできていた。しかし、
「………いかないで…」
弱々しい琥珀の声が丈の動きを制止する。
「…怖くない、から……、平気だから、続けて…っ」
震えも涙も止まらないのに丈の手を掴んで懸命に引き留める。
覆い被さる下で、想いを寄せる本人に身体を許すと言われて、安易に赦されようとする自分がいる。
「違う……琥珀、違うんだ……」
このままでは良くないと頭の隅に追いやられた理性が抵抗する。
こんなことをされておいて、どうして受け入れるなどと言えるのだろう。
「私じゃだめ…?喰種だから…やっぱり…いや?」
丈兄、と見つめてくる琥珀が愛おしくて堪らない。
……そんな顔をされたら──
「………止められなくなる……」
己の不甲斐なさと沸々と湧き出でる熱を感じる。
丈は項垂れるように琥珀の首元に額を乗せた。
少しずつ落ち着いてきた琥珀の呼吸。上下する鎖骨。白くて滑らかな肌。この全てを奪いたい──。
琥珀の腕が恐る恐る丈の背を抱く。
琥珀の動きを感じながら、丈も琥珀の腰にゆっくりと慎重に腕を回す。
これ以上、傷付けたり、怖がらせてしまわないように。


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