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夜の子と狼と

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とんっ
ととん──っ
跳ねる琥珀に合わせて髪も揺れる。
月の浮かぶ闇空の下、高層ビルに囲まれた中庭を琥珀と丈は歩いていた。
先を行く琥珀の背中。
──公園みたいに広いから楽しくなっちゃう──
昼間はCCGで働く者たちの憩いの場にもなっている中庭だった。芝生が整えられ、舗装された小路の脇にはベンチが置かれた場所もある。
跳ねるようにスキップをした琥珀は、丈の歩みからは大分離れた場所まで行って振り返った。
急かすこともなく丈が追い付くのを待っている。
丈もまた歩調を速めなかった。


任務を終えて有馬と丈と琥珀が本部に戻ったのは、定時をかなり過ぎた時刻。デスクで簡単な処理のみを行って残りの分は明日へ回すことになった。
さらに用事があるという有馬とはそこで別れて、丈と琥珀はCCG本部の玄関口を出た。
立場上、局に身を置く琥珀ともここで別れるのだと思っていた。
けれど、
「お見送り、するね。入り口までだけど」
帰宅する丈を送りたいといって付いてきた。
局の入り口を二、三歩出るくらいなら怒られないだろうからと。
「じゃあ、丈兄。また明後日ね」
「明後日?」
「ふふふ。明日は私、お休みなの」
いいでしょ。
自慢げに胸を張った琥珀はくるりと踵を返すと、ひらりひらり手を振った。
「ゆっくり休め」
「うん。お疲れ様、帰り道気をつけてね」
琥珀の声に応えて、丈は背を向けた。
明日の仕事は琥珀がいない。
そうなると仕事の動きも少し変わる。
意欲の面でも…多少。
振り返ると、琥珀はまだそこに居た。
丈が振り返ったことに気付くと、気付いたことを伝えるためか、首を傾げたり、ゆらゆらと揺れてみせたりした。
帰宅時間のピークもとっくに過ぎて、道を行く人影も少ない。
車が通り過ぎる度に車線の多い公道をライトが照らして、また暗くなる。
闇空に覆われて、ちらほらと明かりの灯る高層ビルに囲まれる琥珀。
一人きりでこちらを見る姿が頼り無く映った。
動かない丈を不思議に思ったのか、琥珀は遠目にも判るくらい、首を、というより上体を傾けて窺う。
「………。」
丈は思い立つと、帰る方向とは正反対に、琥珀の元へ大股で歩き出した。
「──どうしたの?忘れ物?」
戻ってきた丈を、琥珀は目を丸くして迎えた。
「部屋まで送る」


「これだと、いつまでもお見送りが終わらないよ」
丈が追い付くとその隣に並んで、琥珀は歩調を合わせて歩き出す。
咎める言葉。
しかしその表情は嬉しそうに緩んでいる。
「かもな」
琥珀はにっこりと丈を見て、その頭上の空を見たまま歩く。
所々が点々と明るいビルの窓と漆黒の空、その眩暈を起こしそうな距離感を楽しむように真上に顔を向けて。
「いつもここを通るのか」
「うん。昼間は人がいるけど、こんな時間だと私だけだから」
ふらふらと歩く琥珀の背に手を添えて、危ない歩き方をするなと、今度は丈が咎める視線を送る。
それでも嬉しそうな琥珀は、丈の袖を掴む。
「他の道を通ることもあるけど。今はここが多いかな。ビルの明り、見ると安心するの。まだ誰か居るんだって思えて」
人気のない広場をいつも一人で。
「無用心じゃ──」
「ないよー。だって私──」
弾む琥珀の声が途切れる。
不自然さを感じたのは一瞬。
「…、強いし?」
「…。そうだな」
「ん、そうそう。強いから…平気」
丈の手を取り指を絡める。
あたたかく繊細な琥珀の指が、己の指で手遊ぶのを丈は見下ろす。
「…明日は」
「…うん」
「どこかに出掛けるのか」
「…ううん。一人だから、外出は無理かな」
「…家族と連絡は取っているのか…?」
僅かに頭が揺れた。
「…心配、かけたくないから…」
「…しない方が心配するぞ」
「………」
身長の差があるために、丈からは伏し目がちに見える琥珀。
幼い頃から見てきた光景だ。
小さな鼻や、触れれば柔らかい頬の丸み、赤面するとすぐに同じ色になる耳。
じっと見つめていると、気がついた琥珀が丈を見上げて「丈兄」と微笑む──。
「丈兄…」
記憶の中の琥珀と、現在の琥珀とが重なった。
向けられる微笑みは寂しさを含んだものだったが。
「…電車の時間は?大丈夫なの?」
話の続きはしたくないようで視線が揺らぐ。
丈は諦めて腕時計を見た。
「まだ平気だ。終電もある」
ただ、丈のこの終電という言葉には、琥珀ははっきりとした意思を表した。
驚いた様子で丈を見る。
「終電って…近くなると混むんじゃないの…?」
「……かもな」
「丈兄のんきっ。送ってくれるのは嬉しいけど、早く帰らなきゃ」
遊んでいた手を離して、腕ごと抱き抱えるようにして琥珀は丈を引く。
「明日もあるのにこんな遅くまで…ちゃんと寝られなくて体壊しちゃう」
まるで母親のようなことを言う。
琥珀が身を置く施設からだと、もう正面口へは戻らないでこちらの出入り口から駅へ向かった方が近いと、説明をしながら。
「──それとも丈兄」
くっついて歩くうちに温まってきた互いの身体を、更に琥珀がぴたりと寄せた。
「泊まってく?」
「…」
「なんて。冗談っ」
丈が何かを言う前に身体を離すと、何事も無かったかのように丈の前を歩く。
琥珀の見送りはあと少しで終わる。
熱源が離れ、暖まっていた側の半身が冷気に晒される。
しかし何事も無かったようにされては──…
「………」
勢いよく大股で歩いて、その足音に振り返った琥珀を丈が捕まえる。
手を引けばいとも簡単に、無防備に、丈の胸へと納まった。
同じぐらい簡単に、琥珀を連れて帰れたならどれほど──。
何が起こったのかまるでわかっていない琥珀の耳許に顔を寄せて囁く。
「…お前は無用心すぎる」
反射的に丈のスーツを掴んでいた琥珀の手も捕らえる。
瞬きをする琥珀の頬と耳がほんのりと染まるのを見ながら、丈は琥珀の手を引き歩きはじめる。
少しして、琥珀が繋ぐ手とは反対の手も添え、おずおずと丈にくっついてきたのを感じた。
二人の体がまた暖まる。


160926
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