×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



きっとわからない

.
「倉元さん。パンとおにぎり、どっちにします?」
「んー、今日はパンにすっかなー」
「じゃああっちの棚ですね」
「あ、そうだ。ついでにお菓子も見てって良い?」
「ふふっ、どうぞ。今日も長くなるかもしれないですし」
お茶、炭酸飲料、コーヒー、水、菓子パン。それにブラックガムとスナックが追加されて、レジで会計を済ませた二人がコンビニを出る。
「鍵、開けますね」
「っと、確か右側かな」
倉元のスーツの右ポケットから車のキーを取り出した琥珀がドアを開け、助手席へ回った。
「あ〜っ、このまま帰りて〜!そんでもって途中で絶対ビール買う!」
「あとおつまみも?」
「うん」
「だめですよ〜。お仕事しましょ?」
「琥珀ちゃんに言われたんじゃなあ。マジメに働きますかー」


「そろそろ行くと思うんだけどなー。今日とか。今日とかさ」
「えっと…聞き出した情報からだと今週中、ではあるはずなんですけど」
とあるアパートの一室が見える路肩の車内で、倉元はクリームパンの包装を開け、琥珀が手帳を確認した。
部屋のカーテン越しに明かりが透けており、喰種と思われる対象は帰宅している。
食料調達で動くであろう対象の、赫子を確認次第に殲滅する。
現在時刻20:38.
「さっさと片付けてオロチ捜査に戻りてー…」
レートS"喰種"「オロチ」は平子班が時間をかけて追っている喰種だ。
その捜査の途中で引っ掛かった別件を、倉元と琥珀がこうして今、張り込んでいる。
「向こうも進展があるといいですね。オロチなのに、なかなか尻尾を出さないみたいですし」
「ははっ、確かに尻尾掴ませないよなぁ。アレの捜査で引っ掛かったの、これで何件目だっつーの」
「四件目…でしたっけ?特に前回の、道端さんと武人君は大変だったって聞きました」
「そーそー。強くはなかったらしいんだけど。喰い散らかすタイプだったみたいで、現場がもうスプラッタ」
「きれいに食べてもらいたいですね」
「琥珀ちゃんが言うとホラーだなー。ちなみに、俺ってどう?美味しそう?」
「ちゃんと美味しそうですよ。ふふふ。今すぐにでも食べちゃいたいくらい」
「こえ〜」


21:14.
「でも今回の件、琥珀ちゃんが来てくれて良かったよ」
倉元がじゃがりこのサラダ味を噛る。
「四件目ともなると、班のメンバーも全員まわっちゃってさ。タケさんは班長だから、本命から外れるわけにもいかないし」
「やっぱり皆さん、本命を追いたいですよね」
琥珀がいろはすのボトルの蓋を開けた。
「班員で押し付け合いしちゃって。あ、でも琥珀ちゃんが手伝ってくれるって聞いたら、みーんな手のひら返してさ」
「なにか変わりました?」
「うん。アミダくじのハズレがアタリに書き変えられた」
「えーっ、それって喜んで良いことなんですか?」
「良いこと良いこと。アタリじゃん」
「お手軽すぎて複雑ですけど…」


22:05.
運転席から僅かに身を起こし、スーツのポケットに手を忍ばせる。
目的のものを一つ手の内に滑らせると、素知らぬ顔で手を抜き出して体の陰へ。…ぺり、と包みを剥がした。
「──倉元さん」
ビクッと倉元の肩が揺れた。
琥珀は視線を前に向けたまま問う。何枚目です?と。
「…っと、8枚入りの残りが3枚だから〜──…ええと、ちょっと待ってね」
「算数できてないです寝てください」
「いやいやいや今の冗談っ。起きます、倉元目ぇ覚ましますよー?…はい覚めたっ!」
「………。」
「うわー、なんてゆーか琥珀ちゃんのセンパイを見る目が…憐れみ全開?」
「憐れんでないですし、怒ってもないです。…倉元さん寝てて良いですよ?私、見張ってますから」
帰宅時間も過ぎた住宅街は人影もない。
週の頭からフルで働き詰めの身に、静かな暗闇。
「へーきへーき。今ので起きたから。それにウチの班の担当なのに手伝ってもらってるわけだし」
倉元が座席に座り直すと、琥珀は唇に指を当ててしばし考え込む。
唇に触るその仕種は琥珀の癖かもしれないと、倉元はつい観察してしまう。
「倉元さん。私、今日の午前中はずーっと局に居たんです。だから体力が余っちゃってて」
説得のためにきゅっと結ばれた唇。口紅だろうか。色付きのリップだろうか。
琥珀の白い肌に淡い色が似合ってるなあと思考が脱線。
「休める時に休んでください。じゃないとあの喰種が動いた時に倉元さん、ふらふらしちゃいますよ」
倉元は眉間を押さえた。
「…そうさせてもらおうかな。ゴメンネ、任せちゃって」
「気にしないでください。そのために来たんですから」
「……。ありがとう。対象に動きがあったらすぐにぶっ叩き起こしてね」
「ふふふ、わかりました。その時は…遠慮なく!」
「うん。…やっぱ、ちょっとだけ手加減してほしい」
軽く座席を倒して脱いだ上着にくるまって横を向くと、途端に眠気が倉元の頭を包む。
小さな声で、おやすみなさい、と聞こえた。


22:48.
くらもとさん、と優しい声が耳を打つ。
外は暗い。まだ夜だ。
ここは車だっけと頭が緩慢に動き出す。
「倉元さん、お電話ですよ」
「ん…ん……でん、わ?…喰種じゃなくて…?」
「喰種じゃないです。だから優しめに起こしました。ええと…平子上等から、お電話ですよ」
「ひらこ…じょーとー……、ぅおっ!?」
慌てたもので倉元は狭い車内で思いきり肘をぶつけたが、しかし構っていられない。
「お電話代わりました伊東っス!何もしてないっス!じゃなくてちゃんと見張ってます!喰種の方ス!」
[ぶっ…くくく、倉元お前、テンパりすぎ──]
「…は!?…なっ!…くっそミッチー──…!あーもーダマされたっ…!マジ焦った!」
[お前今週連勤だろ?君塚ちゃんほったらかして寝てるんじゃねぇかと思ってな]
「すっげー起きたわ…メチャ起きた…」
[ひでぇ声してるな──]
電話の相手は同僚の道端だった。
急激な目覚めから急激な脱力を味わった倉元は再び座席に沈んだ。
しばらく話して電話を切り、申し訳なさそうにする琥珀からペットボトルのお茶を受け取る。
「は〜心臓止まるかと思ったわ。…ミッチーに…タケさんからって言えって…?」
「ごめんなさい…絶対に起きるから言ってみろって。……でも上の人からの電話なら絶対に起きますよね」
倉元はペットボトルごと頭を抱えて呻いた。
「……ミッチーめ、ぜってー仕返す」


23:53.
「目が覚めたのはいいんだけど…ねー」
そろそろ日付も替わる。
カーテンの向こうは煌々と明かりが灯ったままだ。
「暇だ〜」
「…暇ですねぇ〜」
さすがに琥珀もあくびを噛み殺した。
張り込みに何時までという規定はない。対象の活動傾向で予想をする。
「1時まで粘ってだめだったら…帰ろっか」
「…ですね」
喰種が如何に人間に比べて能力が高かろうと、人間を襲うなら闇に紛れた方が良い。人目に付かない時間帯ならば尚更だ。
重ねてきた調査から、対象が動くのは深夜に近い時間であると予想された。しかし、
「スプラッタじゃなかったけど、今度は長期戦かー……琥珀ちゃん寝とく?」
「いいえっ、ここまできたら最後まで起きてます。何かおしゃべりしてれば平気です」
「明日以降もあるんだしさ。無理しないでいーよ?」
「無理などしておりませんっ」
大丈夫ですと力を込める琥珀。口調がちょっとヘンだ。夜だからだろうか。
何かがツボにはまって倉元も笑う。夜だからか。
「根詰めすぎたら、いざって時にふらふらしちゃうんだってよ?」
「それ、さっき私が言った言葉です」
「寝ないの?」
「寝ません」
「おしゃべりしてれば、かー…じゃー…しりとりでもする?」
「しりとりなんて久しぶりです。何かルールつけますか?」
「そだね。何にする?」
「私は…たべもの──食べ物しりとりがいいです」
「へー意外だなぁ。俺はいいけど、琥珀ちゃん、やりにくくない?」
「ふふふ。甘く見られては困ります。私、お料理の写真とか雑誌とか好きなので、ちゃんと知ってますよ」
「おっ、そこまで言うなら受けて立とうじゃん。こっちも伊達に飲み屋渡り歩いてないぜ」
「では」
「尋常に」
し り と り っ !

リブロース!
スルメイカ!
カプチーノ!
ノドグロ!
ロシアクッキー!
きびなご!
きびなごって何ですか?
小魚だよ。甘く煮たり、揚げ物にしたりすんの。
へ〜。猫の鳴き声みたいですね。じゃあ、ゴルゴンゾーラ!
それも呪文みたいだよね。ライチ・ジュース!
スープパスタ!
鯛めし!
ししゃも!あ、やだもう飲み屋がうつっちゃったっ。
じゃあ飲み屋路線に入っちゃおうよ琥珀ちゃん。もつ鍋!
やですよー、女の子っぽいものがいいです。ベーコンエッグ!
etc...


0:35.
対象…動かず。
倉元は靴を脱いで座席に胡座、頬杖をついている。
琥珀も同様に体育座り、その膝に顎を乗せている。
電気点けっぱなしでもう寝てんじゃねーの、と倉元がぼやいた。
「てゆーか30分以上しりとりとか…続きすぎじゃね?俺たち……ひ、"冷やし鉢"」
「まあ…雑談も交えながらですから……"チョコミント"」
「くぁ〜……と、と〜……"トマト煮"」
「ふふ、倉元さんてば、また眠たくなっちゃいました?」
白い街灯の光を反射させた琥珀の瞳が楽しげに煌めいた。
暗い車内で膝を抱えて笑う姿に倉元はぼんやりと見惚れた。
けれどもその途端、琥珀の双眸が瞬きをして、すぅっと細まる。
「──…音が、」
「え?」
琥珀は表情を一変させた。
普段は躾けられた犬のように捜査にも同僚の言葉に忠実であるのに。
今はまるで、獲物を如何に追い詰めようか手管を選ぶ、悪戯めいた猫の瞳。
「倉元さん──」
名を呼ばれ、どきりとした。
「丁度良い頃合いなので、しりとりは私で終わりにしますね?」
"に"から続く言葉は──
唇が。
瞳が。
微笑んで、

" に ん げ ん "

倉元の視界の隅で、アパートの一室が消灯した。
「っ…!動いた──!?」
それとも就寝しただけかと問おうとした倉元の口に、琥珀の指が当たる。
しー…
耳をすませて音を聞き分ける。
「──玄関が開きました。向う側…階段を降りて──バイクで移動みたいです」
準備を整えた倉元がキーを回す。
「よく聞こえたね…っ」
「このために来たんですもん」
薄暗い車内でにこにこと笑う琥珀は、主に褒めてもらった忠犬のような朗らかさで、まるで普段と変わらない。
先程まで自分の隣にいたあの琥珀は一体どこへ消えたのだろう。
琥珀の裡に潜むのか、それともあちらこそが琥珀の本性なのか。
「(…まぁタケさんなら知ってるんだろうけど)」
今はただ、倉元も琥珀も、共に獲物を追い掛けるのみだ。
「あ、シートベルトはしといてね。お巡りさん怖いから」
「はい。ふふふ、私たちも捜査官なのに」
「それね!」


160914
[ 85/225 ]
[もどる]