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ナイトメア side-b

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琥珀の祖父も叔父も、琥珀自身も、実験に異論は無かった。生きるために出来る限りの事を行う。それが皆の決意。
──喰種を喰らえば力が増す──
極秘資料で知った叔父の勧めで、それを試したことにも、琥珀に後悔はない。
「どうかな?味は」
「やっぱり……人の方が美味しいかな…」
「無理はするなよ。辛いなら止めとけ」
「一応…全部、食べる……。お祖父ちゃん、今日は"どこ"?」
「肺っつってたか?」
「いや、肺は損傷があったから候補から外した。今日は心臓だ」
「何だろう……ワイン?みたいな味がするの。これはちょっと良い匂い」
「待て待て未成年者、酒は駄目だ 」
「あ。そっか、血が熟成してワインみたいな味になったんだ」
「琥珀、もう詳しく言わなくていいぞ」
CCGに出入りのある叔父が喰種の情報を得て、医者である祖父が琥珀の"食事"を用意していた。
"食事"は人間の検体。希に、そうと気づかれずに検体として運ばれてきた喰種。
持ち出しやすさを考慮して、全て内臓の一部だった。
味に関しては…やはり人間のものが美味だったが。
「今回のは"そう"だったんだろ?どうだ?能力が上がった感じ、あるのか?」
「どうかなぁ…わかんない…」
「はー。やっぱ噂なのかねぇ」
「琥珀、辛いなら無理をせず残しなさい。私たちへの遠慮は不要だよ」
「うん。…でも、もう少し試したいの」


臓器移植を受けた患者が臓器の元の持ち主の記憶を見ることがあるように。
琥珀は夢を "視る"。
「(今日は…静かな夢だった…)」
喰種同士というのは同調しやすいのか、"その食事"を口にした日は必ず視る。
そのことを祖父と叔父に伝えてはいなかったが。
この日は喰種の老人の夢だった。断片的な記憶だったが、伴侶がいて、子がいた。
「(私もそんな風に生きられたら… )」
口にした喰種によっては、穏やかな夢の時もあれば、血に塗れた夢で飛び起きたこともある。
「(24区って…何だろう…?)」
知らない情報を視ることも度々あった。
たが、知り得た喰種の世界の情報も、二人には一切口にしなかった。
あくまで、「断片的すぎて、夢を視るというより感情が伝わってくる程度」だと伝えていた。
知りすぎれば、万が一にも自分が喰種と発覚したとき、二人の罪が重くなるためだ。
「(これは秘密……私だけの秘密…)」
幼少の頃に、琥珀は喰種である父を亡くした。
その後、人間である母と共にその父──琥珀の祖父の元へ身を寄せたが、母もすぐに亡くなった。
祖父と叔父は、琥珀の母が亡くなった後も、喰種である琥珀を家に置いた。
お前も大切な家族なのだと。
だからこそ琥珀は、二人にそれ以上の心配も気苦労も掛けたくなかった。
「("喰種の私"を、これ以上知らなくて良い)」
琥珀の存在が世間に知られたら、二人は「脅されていた」と証言すると、家族で決めた。
そしてその時に琥珀も"喰種"として一人で生きていけるように、戦い方を学ぶことも。


「(夜の散歩は久しぶり…)」
夜風が琥珀の髪を巻き上げる。
ビル屋上に建つ給水塔の、さらに一番上で深呼吸をした。
真夜中の"散歩"は琥珀の訓練だった。
テスト期間ということでサボっていたため、夜の空気が懐かしい。
琥珀は右目の赫眼を顕し、目を瞑る。感覚を研ぎ澄ませれば、足下に広がる世界の出来事が瞼の裏に描けた。
「(久しぶりだし、勘も鈍ってるかもしれないし。…今日は探知だけ)」
琥珀の元々の赫子は尾赫だったが、祖父の元で"食事"を摂るようになって、羽赫も発現するようになった。
羽赫の発現と共に感覚も増し、今では広範囲に渡っての探知が可能になった。
そして──
「(マスクの代わりくらいにはなるかな…?)」
そして部分的にだが、攻撃を行う赫子とは別に身体を覆う、まるで鎧のような──、
「(格闘術は本から学べるけど。赫子の知識も、赫子を使っての戦いも全然未熟… )」
喰種の世界から外れて暮らしていると、どうしても赫子の扱いに劣ってしまう。
そのため琥珀は、実戦を求めて手頃な抗争に首を突っ込むことを思いついた。
…人間にも喰種にも恨みは無いため、自分から喧嘩を売るのが気が引けたというのも理由の一つだった。
"散歩"の合間に聞きつけた戦いに飛び込んで、互いを征すことが琥珀の訓練の定番となっていた。
そのためには相手の力量を計り間違えないことも大切だ。
ただ今日は久しぶりの散歩のため、探知だけにしようと思っていた。
思っていたのに。
──先輩、クインケが…! ──
──俺のことはいいから集中しろ倉元!こいつは報告より格上だ…!──
切羽詰まった捜査官の会話と、それに肉薄する喰種の気配が伝わってくる。
…今日は探知だけ、と決めたばかりなのに。
──くそっ!近くの仲間に救援を……!──
──先輩!後ろっ!!──
美味しそうな人間の──血の匂い。
怪我をしている捜査官がいるという証拠だ。
今日は簡単な準備しかしていないし、スカートという普段着。
上着が長く、全身を隠していることだけが、唯一の救いだろうか。いや、マスクなら…
──下がれ……、くそっ──
琥珀が迷っているうちに声が弱まり、匂いが濃くなった。
「──あぁもう………私のばか……」
琥珀はブーツの踵で給水塔の鉄枠を蹴った。


160625
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