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オークション戦(後)

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元は飲食スペースだったのかもしれない、跳ね散らかされたテーブルや椅子の残骸が転がるフロアの一画。
跳び跳ねて逃げる動物面の喰種を、下口と琥珀、やや離れて倉元が追っていた。
「あは!おねぇさんってば喰種喰い漁るの、おじょおずぅ〜」
しなる動物面の赫子が下口と琥珀を同時に狙い、下口が弾いた空白から琥珀が赫子の棘を打ち出す。
動物面には避けられたが、その向こうで戦う喰種の動きを止め、対峙する捜査員らの反撃に繋がる。
先程から既に幾度かのフォローをし、それで仕留められた喰種もいる。
今、捜査員と戦う喰種も徐々にだが数を減らしてきた。
あと少し減らせば上へ戻れるだろうかと、琥珀の頭を掠める。
「(数じゃない…この動物面がいる限り意味がない──…)」
それだけ厄介な相手だった。
動物面と、倉元と下口が斬り結ぶ流れを読みながら、琥珀はほんの一瞬、吹き抜けの上階を見ようとした。
瞬間、動物面の頭上への落下物を確認する。
「っ倉元さん下口上等さがってッ──!」
倉本と下口も気付き、慌てて下がる。
「っと…!」
「くそッ…!」
「んぎゅっ!」
「わあ」
上階から落ちてきたのは、丈と戦っていたはずのノーフェイスだった。
落下の衝撃は大したダメージではないのだろう。
動物面を尻で踏んづけるように乗っかり、側頭部に突き刺さったナイフを、ぎこちない動きで引き抜いた。
「ちょっとヤダー!イキナリなんなのーっ!?」
「ゴメンゴメン。足踏み外しちゃった」
「乙女に座るとかフツー逆だよぉ。それとも…やんっ、もしかして新しいプレイ?」
「うーん。ロマがしたいなら付き合うけど」
ビクビクと痙攣しながら胸部の裂け目を完全に修復して、首もポキリポキリと鳴らして擦った。
「また頭に返されるなんて思わなかった。昔より柔軟になったのかも………あれ?なんか大分減ってない?ウチの面子」
「減ったよぉ!激減!あのおねぇさんがつまみ喰いするせいで!」
「…つまみ喰いかぁ」
今だに尻で踏んづけられたままの動物面──ロマが琥珀を指さし、ノーフェイスもマスクを向ける。
「僕もされたい」
「SじゃなくてMだったの!?」
やり取りをするピエロにクインケを向けたまま、倉元が琥珀に小声で話す。
「ノーフェイスが落ちてきたってことは、タケさんは──」
「…無事でも重傷でも、上で休んでてほしいです」
「…組織的に減点でも、俺もそれ同感」
やっと立ち上がったノーフェイスの手を借りて、起きられたロマが服の埃を払う。
「ロマも頑張ってたんだね」
「ほんとだよぉ。でもメンバーも結構減っちゃったしー、またお腹も減ってきちゃったしー」
チラ、とマスクを向ける。
「だからあのお兄さん…食べちゃおっかなぁー」
舌舐めずりをするロマの動物の目の先には、タイミング悪く階段を降りてくる丈の姿があった。
フロア奥の階段に丈、数メートル離れてノーフェイスとロマ。更にその手前に琥珀たちがいるという配置。
「ヤバい、タケさん──ッ!!」
「ロマ、待って」
「おりょ?」
瞬時にノーフェイスがロマを掴み横へ跳ぶ。
ほぼ同時に琥珀の赫子がうねり、勢い激しく床を打ち据える。敵の動きを妨害するべく礫を飛ばした。
二人の喰種は回避した。
しかし、コンクリートに過ぎない礫の幾らかが、跳び退る喰種の皮膚を抉った。──銃弾すら利かない喰種の皮膚を。
その後ろの壁では、極めて微細に粉砕されて砂と化した元・床の破片がさらさらと丈に降り注いだ。
一瞬の間だった。
この一瞬で、周囲は銃撃戦を終えた室内のように砂埃で煙った。
ゲホッ…。
砂埃で丈がむせた。
「…ええ──…、と。…琥珀ちゃん…?あんまり熱くならないでね…」
「それはさっき、平子上等にも言われたので」
れいせいです。
あてません。
「ちょ、目ぇ据わってるからッ!下口さん、タケさんの確保、お願いしていっスかっ!?」
「平子上等、アンタが死ぬとそいつが暴走するぞ」
「…まだ死ぬ予定はない…」
「死ぬとか不吉なこと言わないでください」
「お前らめんどくせぇな…!」
琥珀が牽制している間に、下口がフロアを回り込んで丈の元へ到着する。
ノーフェイスもまた、距離を空けた場所でロマから手を離した。
「へぇ、琥珀ちゃん良い腕してるなぁ。ほら、僕たちにしか当ててない」
「怖ッ!こっわーい!ちょっとあのおねぇさん前フリなし!?予備動作とかないの!?」
恐怖を訴えるロマの頭にノーフェイスは、まぁまぁ、と手を置く。──それからふと考えるように動きを止めた。
しかしすぐに顔を上げる。
建物外へと目を──意識を向けた。
…音が聞こえる。
「残念。もう少し遊びたかったけど──…、そろそろお開きの時間だね」
「えーっ!もう終わりっ?」
階段から窺う丈と下口に、琥珀も目配せを送った。
敷地内に入ってくる無数の気配。
先に終了した作戦の方から回された班が到着したようだ。
本来ならば怪我人を下がらせ、動ける者が追撃を行うのが定石だった。だがこの喰種らを相手に下手には動けない。
ロマが「帰ったらまた使えるの集めなきゃ」とぼやくのをノーフェイスが宥めた。
周囲の喰種も気付きはじめ、ノーフェイスを窺う。
「うん、結構楽しかったよ。今日は久し振りに平子さんともお話しできたしね。でも」
──今度は彼女のこと、もっと教えてね?
仮面の下では笑っているのだろう。
更にその笑みの下、隠された真意は何処へ向いているのか。
只、マスクの穴が存在するのみ。
「また遊ぼうね」
「またね〜」
二人の喰種が身を翻し、ピエロマスクの喰種らもそれに続いた。

その場に生き残った者達から、ようやく安堵の息が洩れる。
「…悪い…」
「…あのピエロ相手に持ち堪えたのは褒めてやる」
敵をみすみす帰す結果になったことを詫びる丈を、下口が支えて階段に座らせた。
丈以外にも重傷者はいる。
だがそれを言って慰めるような性格でもない。
各々が座り込んだり、怪我人のフォローを行ったりと動く中、離れて戦っていた平子班の武臣が気付いて、丈の元へ走ってきた。
残った捜査員に倉元が指示を飛ばす。
「通信生きてるヤツ、至急救護呼べ!ブジンは丈さん頼むな…行きたいオーラは出すなよ、クインケぶっ壊れてんだから待機っ、動けるヤツは面子確認しとけっ、後続班来たら振り分ける──で、いっスかね下口上等…?」
動けない丈に代わってつい指示をしてしまい、下口を振り返った。
「あぁ、それでいい」
「倉元さん。郡さんたちが到着しました。…私も戻りますね」
琥珀は近付いてくる多人数の靴音を感じ取った。
「えっ!?…や、でも、その──…、タケさんに付いてなくていいの…?」
琥珀ちゃん。
と、何故か琥珀よりも心配そうな面持ちで、倉元の視線が二人を行き来した。
琥珀は小さく頷く。
「…声だけかけたら戻ります。…お願いします」
次々に到着する新たな人員は、各々の役割を果たすべく急ぎ動き始め、フロアがにわかに活気付く。
救護班が来る前に琥珀は丈の元へ駆け寄った。
寄り掛かる壁から起きようとした丈の胸を手で止め、膝を着く。
掛けた声は震えていた。
「…丈兄が喰種だったら良かったのに。そしたら私をあげたのに──」
微笑もうとして、けれど失敗して、俯く。
丈の左袖は多くの血を吸って、既に赤黒く色を変えている。
血の気の失せた顔を見るのは辛かった。
丈は右手を上げると、 琥珀の頭をゆっくりと撫でた。
身を竦ませる琥珀を「それは困るな」と言って、もう一度撫でる。
「…お前は美味そうだから、少しでも食べたら…きっと全て食べたくなる」
安心させるように琥珀の頭を優しく叩く。
顔を上げた琥珀は瞳を見開いた。それから、「全部はあげない」と口許で笑みを作る。
すっくと立ち上がり、下口と武臣に頭を下げて踵を返すと、班編成を行う宇井の元へ、振り返らずに駆けていく。
その場の三人は特に理由もなく、琥珀の背中が慌ただしい風景に溶け込むまでを黙って見届けた。
下口の舌打ちが常の流れに戻す。
「……喰う喰わないの話は聞かなかったことにしておいてやる」
このバカップルがという呆れと苛々の籠った言葉が丈に落ちてくる。
「…自分は、照れました…」
武臣も少し紅潮した顔をして、丈から視線を逸らしている。
血を流しすぎたせいなのか、予想外の事が起こったためか、あまり深く考えていなかった。
多少の惚気はこの際、忘れてもらおう。
班員の元へ戻るという下口に頷いて、周囲を見渡した。
倉元は到着した宇井に状況説明をしている。どうにか上手く立ち回れているようだ。
倉元にしては、やや固い面持ちのようだったが、対する宇井もひとつひとつ頷いている。
遠くから見た分にだが、特に問題も無いように思えた。
このまま任せても大丈夫だろう。
ただひとつ、気がかりなのは…何故──、
「(…ノーフェイスが…琥珀のことを……)」
一体いつ。
何処で。
琥珀にも人間関係があるし、制限されているとはいえ、局外に出ることもある。
「(…ヤツは琥珀の"仕事姿も"と言っていた… )」
琥珀と会ったのは、任務中以外。
あるいは琥珀が捜査官になる前。
ノーフェイスはマスクを着けている。その姿を、琥珀は知らないと言った。(ノーフェイスのマスクが落ち着きなく変化するとはいえ、あの嫌な存在感はマスクひとつで誤魔化せるものではない)
琥珀はノーフェイスの素顔を何処かで見ている──?
そうなればノーフェイスの、"ピエロマスク"の捜査に大きな進展をもたらすだろう。
「(…だが同時に、捜査時以外に喰種と…接触を持ったと疑われる危険もある──…)」
琥珀が、相手が喰種だと知らなかったと主張しても、疑う輩は必ずいる。
そうなれば喰種である琥珀の立場も危うくなる。
幸い、あの場に居たのは自分達三人のみ。会話は誰にも聞かれてはいない。
"ピエロマスク"の情報は欲しいが、琥珀を必要以上には晒したくはない。
「(琥珀に心当たりをもう一度聞き、後は──)」
自身の胸に留めておくことにする。
こんがらがってきた思考に、丈は深く息を吐く。
廻り廻って悩みは元の場所へと戻ってきた。
──お仕事モードの今の雰囲気も嫌いじゃないよ──
琥珀が捜査官であることを知っていたようなノーフェイスの口振り。
いつ、何処で、ヤツは琥珀と──…。
──どうしてそんなこと知ってるか、聞きたい?──
「………」
「………」
「…すみません」
「…ん?」
思考の沼に嵌まっていた丈は、武臣に突然謝られて顔を上げた。
「…自分は…倉元先輩のようには…話せないので」
倉元のトークの軽さを基準にしなくても良いような気がするが…。
この年若い捜査官もそんな風に思うことがあるんだな、と丈は意外に思う。
武臣の父親である黒磐特等は、どっしりと構えて口数も多くはない。そこを自身が受け継いでいることも分かっているだろうに。
救護待ちという今の状況で、武臣なりに気を使ったらしい。
「…奇遇だな。俺もだ」
倉元は最初からああだったから気にするなと背中を叩くと、武臣はこくりと頷いた。
やって来た救護班の者に言われて、武臣の手を貸りながら丈は上着を脱ぐ。
やっと一日が終わったような気がして、今度こそ気が抜けた。
ただ、戦いの最中も、今も。
一つ丈の中に残った感情がある。
あの喰種を琥珀の傍に近付けたくないという苛立ち。
どれほど軽薄で挑発的な言動だろうと受け流してきたが、その思いだけは忘れることはできなかった。


とても、
とても怖くなるのだ。
喰種はすぐに治ってしまうから、わからない。
あんなに血が出たままで、もし、もしかしたら…、と──。
宇井と顔を合わせるなり琥珀は、「すぐに追いかけますから」と一言残して通路に消えた。
宇井は一通りの指示を終えてから琥珀を追いかけ、そう遠くはない通路の隅っこでその姿を見つけた。
「…合流するのは、鼻をかんでからでいいですよ」
「は、鼻よりも…っ、涙のほうが多いです…!」
人が来ると思っていなかったのか、琥珀が大きく肩を揺らすと、溜まっていた涙が溢れて落ちた。
一粒落ちると次々に零れ、琥珀は顔を背ける。
「…そんな風になるくらいなら、我慢しないで傍で泣いてくれば良いじゃないか」
「怪我人が、本人がいちばん辛いのに、泣けません…っ」
どうあってもこちらを向こうとしない琥珀に、宇井はハンカチを取り出すと顔に押し付けた。
「まったく…こんなに──…、ほら琥珀、涙拭いてっ、水分止めてさっさと行くっ!」
「ハンカチくらい私も持って──い、いたっ…!目じゃないです、郡さん、それ鼻です…!」


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