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虎狼

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「っもしかして、クインクスの方…ですか──?」
会議室13と記されたプレートの掛かる木製の扉に、今まさに手を掛けた時だった。
「…そうですが、何か」
俺の肯定の言葉に、資料を抱えたその女は、ほぅと安心したように息を吐いた。
「良かった…。連絡ミスがありまして。今日の会議には別の部屋を使うことになったんです。案内しますね」
こちらです、とUターンする華奢な背中。
折り目の少ないプリーツスカートと肩に掛かる髪が揺れた。
会議の時間にはまだ余裕があったが、変更となれば余裕ではないのだろう。
女は早足で廊下を進む。コツコツコツと、一定のリズムで足音が響く。
男にとっては大股で歩けば済む速さだが。
エレベーターで2つ下のフロアへ。
「班の他の方は一緒ではないんですね」
会議室7のプレートの掛かった木製の扉を空けて促す女。会釈をして先に入る。
「…他の者は用事があったので。俺は先に」
単純に、他のヤツらの支度が遅かったから置いてきただけだ。だが説明も面倒なので適当に伝える。
今現在は不在だが、上官の佐々木によると、今日の会議は特殊らしい。
何でも、"喰種捜査官の喰種"との顔合わせだとか。
Qsの成り立ちを考えれば、そんなモノもいるのかと無理矢理に納得できなくもないが…。
喰種と密室で対談する日が来ようとは。冗談にしても笑えない。
女は何処からかホワイトボードを引っ張り出し、資料を長テーブルに並べている。
…事務方か何かだろうか。喰種とやり合えるようには到底思えない体躯なので、そうなのだろう。
「そっか。偉いね、一人で来たんだ──。あ、迷子にはならなかったですか?」
「は?……迷うような場所でもないでしょう」
「まぁ、そうなんたけど。みんな個性的な子たちだって、佐々木一等が言っていたので」
大丈夫かなと思って、と続けた。
この女…。お前も俺とそう年は変わらないだろうが、と思わず出そうになるのを抑えた。
今度は折り畳みの椅子を、両脇に3脚ずつ持ってきて手際良くセットしている。…腕力はあるらしい。
「あ、他の子たちもそろそろ来る頃ですよね?」
Qs班の年が若いとはいえ、子供扱いが過ぎると苛ついた、が、
「恐らく…」
米林の寝起き次第で集合が決まる状態では説得力がない。…舌打ちものだ。
「私、これから下に行く用事があるから、ついでにロビーで待ってようかと思って。…それで、えっと…」
「瓜江です」
「瓜江くん。申し訳ないんだけど、一応、携帯でも会議室変更の連絡、班の子たちにしてもらっていいですか?」
「分かりました」
「ごめんね、こっちのミスなのに」
女は忙しなくメモ帳にペンを走らせると破って渡してきた。
「これは私の番号。班の子たちがここに来られそうだったら連絡ください」
「あの…この資料とファイルは?」
「フライングだけど、先に捜査資料あげちゃう。あとこっちの追加報告のファイルも、おまけにレンタルしちゃう」
「…良いんですか?」
「うん。瓜江くん、早く来てくれてたのに待たせちゃうかもしれないから。これから会議で説明されるものだしね。暇潰しにでもどうぞ」
「………。」
ぱたぱたと動き回っていた女は腕時計を見て小さく悲鳴をあげる。
「やだギリギリ…もーみんな自分の班の動きしか言わないんだからっ──…」
それではもう少しお待ちください。
そう言葉を終わらせて扉に手を掛ける女。
「あの」
「はい?」
「わざわざご丁寧に、ありがとうございます」
そう声を掛けると、女はきょとんとし、それからにこりと相貌を崩した。


「才子、ケータイ没収な」
「はうっ…!」
「才子ちゃん…PSP回収するね」
「ふぉうっ…!」
「…オマエまだ何か隠してないだろーな」
「…。お菓子の匂いはするけど…」
「才子、イイ子アルヨ。会議中、眠気覚マシデ、パチパチ飴ナンテ食ベナイアルヨ」
「めっちゃ喰う気じゃねーか!つーか会議中パチパチさせる気か!」
「…飴も没収するね」
「あれそんな御無体なっっっ」
「「才子(ちゃん)!!」」
「…うぃっしゅ…」
CCG本局・受付ロビーの片隅で、才子を持ち上げていた不知が、限界まで絶えて震えていた腕を下ろす。
「オマエ…引きこもってまたウェイト増やしやがったな…腕マジヤベェ、マジ死ぬ」
「…シラギン、無礼ナリ…。シュッ」
「いッてェ…!ローキックやめろ…!トオル、今の時間は?」
才子のポケットから飴を没収した六月が、鞄にそれをしまって携帯を取り出す。
「あれ…、ウリエくんから電話あったんだ。何だろう?」
「上でかけ直せよ。で?それよか時間は?」
「時間は、……あ。今、ジャスト」
「オイ!ダメだろジャスト!さっさと上行くぞ!」
「う、うん、そうなんだけど…えっと、13…会議室だっけ?…何階?」
「…13だから13階アルか…?」
「受付の人に聞いてみようよ…」
「けどオレら…かなり浮いてるよな…」
少し落ち着いたところで三人が見回してみれば、ロビーを行き交うのは皆スーツ姿の大人ばかり。
自分たちとてアカデミーを卒業した身ではあるが──、
「…スーツとか着慣れてねーし…」
「今まで本局に来ても、先生と一緒だったから気にならなかったけど…」
頼りの上官である佐々木は、急遽の呼び出しで先に来ている筈なのだが。
落ち合うのは会議室だ。
「シラギン、出番アルヨ。受付嬢ハ高確率デ美人ネ」
「逆に緊張すんだろが…!あとその胡散臭い喋り何キャラだよ」
「中華ファンタジーはまったアル」
「才子ちゃん、西洋ファンタジーやってるって先週ツイートしてなかった?」
その言葉に、ならば携帯を見せてしんぜよう、と両手を出した才子。
の、言葉に六月が、その手には乗らないよ、と華麗に躱したその時。
「──ええと、3人はクインクス班の方、ですね?」
ほとんど確信を持った口調で、ある女が声を掛けてきた。
プリーツスカートにジャケット。モノトーンではあるが、この場においてはややラフな姿が、不知らに安心感を与える。
「う、受付嬢っすか!?」
「もしかして同年代の方ですか?」
「現代ジャパニーズ美少女モ守備範囲ネ」
「………。今日、会議を行う部屋が変わったので、ご案内しますね」


「んだよ、瓜江、メッチャ早いじゃねぇか」
「時間より前に到着しているのが常識だ(結局15分遅れ…予想よりはマシか)」
「ウリエくん、資料もう読んだんだ。あれ、そのファイルは?」
ようやく不知らが会議室に到着したが、既に瓜江はホチキス留めの資料も、六月の指すファイルも全て読み込んでしまった。
あとは一人でも勝手に捜査に行けると内心で自負する。
「追加報告のファイルだ。…あの、お返しします」
瓜江は、才子の頭を撫でながら携帯を操作する女に向き直り、ファイルを差し出す。
女は「もう読んじゃったの」と瞳を瞬かせる。
「瓜江くん、熱心なのね。じゃあ、皆にも回してあげて。佐々木一等以外は揃ってるし、時間も押してることだし、出来ることは詰めておきましょう」
「はい…(チッ)」
「私は佐々木一等に連絡するから」
才子を剥がして瓜江に預けると、部屋の窓際へ行く。
瓜江は渡された才子を即座に捨てた。
「あ、琲世君?──うん、全員揃ってるから、あとは琲世君が来たら会議はじめられます。──うん?──…、」
佐々木と電話をする女の背中を見る。
「なあ、瓜江」
「…なんだ(うるさい)」
「今日ってよぉ、喰種も同席すんだろ?」
捨てられた才子と、助け起こしていた六月も、不知の言葉にピクリと反応する。
「オレ自信ねぇわ。喰種とか、見たら絶対ぇ引く」
「襲いかかってくるわけじゃない。CCGが捜査官として認めているんだ(俺だって喰種の捕食圏内など御免だ)」
「どんな人なんだろうね?…怖い人だったらやだなぁ」
「いや、人じゃねーだろ。喰種だし」
「あ、そっか」
不安げに顔を曇らせる六月。
入れ替わりに、電話をする女の声が聞こえた。佐々木を気遣う優しげな様子だ。
「──ううん、気にしないで──。はい。ゆっくりで良いよ──、」
丁寧ではあるが、何処か砕けた口調でもある。
「…サッサンと知り合いなんだな」
「うん。それも結構仲が良さそう」
「癒し系受付嬢…」
「受付じゃねぇって言ってたろ、さっき」
「…お前たち、知らないのか?」
「あ?ウリ公も知らねぇのかよ?」
「あ、あれ?てっきり、事務とかそういう人かと思ってたけど…」
「………(俺もだ)」
じゃあこの女(の人)
だれ?
全員の心が一つになったその時、会議室の木製扉がバァン!と勢い良く開いた。
壁に当たって跳ね返る扉をダンッ!と止める。反対の手には携帯電話。
俯いて、息切れをするのは、班員らの指導官・佐々木琲世一等。
ぜぇはぁと呼吸の合間に「…みんなさ」と絞り出す。
「携帯、電話は……、ちゃんと携帯してくれる……?それで、電話にもちゃんと……、出ててほしいな……、いい──?」
携 帯 電 話 な ん だ か ら ね ──…!
「げっ!(電池切れてら)」
「あっ…(マナーモードにしたんだ)」
「………(資料を読んで、椅子の上に置いたままだ)」
皆の携帯の、画面の上から下までを占領する着信記録。
前髪の隙間から怨みがましい視線を班員らへ突き立て、鬼モードが垣間見える。
「才子の携帯は没収されてるネ」
「才子ちゃんの、没収されちゃったんだ?」
「パチパチ飴も犠牲アル。だが噛みごたえグミはバレずに生き残ったネ」
たべる?
グミの袋を取り出して小首を傾げる才子に、しかし女は残念そうに断った。
「ありがとう。でも気持ちだけ、受け取っておくね」
「む」
「私、食べ物が食べられないから」
… … … ん?
「全員揃ったから、琲世君とお揃いなところ、 見てもらおうかな?」
「…すみません、琥珀さん…ばたばたした上に準備まで任せてしまって」
「ふふ、慣れてるから平気。それに、説明と顔合わせが逆になって、かえって楽かもしれないし」
女の言葉に、二人の会話に、違和感を覚え始める。
それをどう現したら良いか、動けずにいる班員らを代表するように瓜江が切り出した。
「…説明と、逆というのは?」
説明を求めつつ、違和感の破片を拾い集めていく。
今回の会議は特殊であると前置きされていた。
女は「別の部屋を使うことになった」と瓜江を案内をした。…使ってもらう、と言わなかったのは何故だ。
人数分の椅子を軽々と抱えていた。
子ども扱いが気に触った。
佐々木と対等に、むしろ佐々木が畏まった様子の話し方をしている。つまり上司か先輩。
"食べ物"→"食べられない"
…笑えない冗談だ。
「はじめまして。今回の任務でご一緒させていただく、捜査官の君塚琥珀です」
喰種です。
にっこりと。
"全員"揃ったので会議を始めましょうか、と。
琲世とは反対の瞳に顕れた赫眼が、ゆったりと細まる。
前門の虎、後門の狼。
Qs班員の悲鳴が響いた。


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