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結(ゆい)

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「この写真、娘さんですか?」
デスクに向かう猫背の真戸に声を掛けたのは琥珀だ。
二人分のコーヒーを乗せたトレーを持っている。
「ああ」
「この制服…アカデミー生ですか?美人ですね」
「妻に似てな。今年で17だ…君塚、お前よりひとつ下か」
「はい。私は18なので」
「…道理で…そうか」
「?」
琥珀は真戸のデスクにカップを置くと、自分のコーヒーを手に持ち、トレーを脇に挟んだ。
「お前を見ていると娘と重なる時がある」
「ふふ、本当ですか」
「喰種と同一視しては嫌がられるだろうがな」
「…ええ。そうですか」
ぶすっとデスクに寄り掛かった琥珀の髪が揺れる。
今日は片側に寄せて一つに纏め、肩に垂らしてる。
日によっては下ろしたままだったり、別の結い方であったりと、気分によって変えているようだ。
「でもこんなに短いのに結べるなんて、お嬢さんは器用なんですね」
「アキラの髪は私が毎日結っている」
「真戸上等がですか?」
琥珀が目を丸くする。
しかしそれから、素敵ですねと柔らかい表情になる。
「昔からの習慣だ」
コーヒーを口に運ぶ真戸の前を横切って、カップを置いた琥珀が写真立てを手に取った。
「クインケもいじってますもんね」
「最初は酷いものだった」
「その時の喰種はお気の毒に。…私は不器用なので複雑な結び方ができなくて。…アキラちゃん、ですよね。羨ましいです」
羨ましいという琥珀の言葉が思ったよりも暖かく、真戸は写真に目を落とす琥珀へ視線を向けた。
言葉に嘘は無いだろう。
琥珀の両親は、琥珀が幼い頃に死んでいる。確か母親が人間で父親が喰種だ。
真戸にとって琥珀の過去になぞ興味は無い。
「…それと同じで構わないなら結ってやろう」
娘と同じ年の頃の琥珀が、幼い頃に母を亡くした娘と──アキラと重なったため…別にそれだけだ。
ほんの気紛れだ。
「わ、本当ですか?」
琥珀の瞳が驚きに染まる。
「あっ、じゃあ、櫛持ってきますっ」
写真立てを戻しトレーをデスクに置くと、反対側の自分の席へ向かう。
何を焦っているのだと真戸は思ったが、引っ張り出した鞄を真剣に漁る琥珀の慌てる様が新鮮で、そのまま見ていることにした。
戻ってくる途中、がんっ、ごんっ、と近くのデスクや椅子にぶつかりながら、「予備のゴムと、ピンも持ってきました」と、それらを乗せた手を報告とばかりに広げて見せる。
「急がなくとも逃げやしない」
「だって、辛辣な真戸さんが優しいなんて珍しいんですもん。気が変わらないうちにと思って」
「そうか。今変わりそうだ」
「ダメですよっ、時間切れですっ」
キャスター付きの椅子に座ると、琥珀は髪を留めていたゴムを外した。
「アキラよりも大分髪が長いな」
「…ダメそう、ですか?」
「人生は創意と工夫だ」
「(…私の頭が壮大なことに…)」
真戸は琥珀の髪を手櫛で整えると、それから櫛を通して丁寧に分ける。
昔からの習慣と口にするだけあって、ピンなどは使わずに器用に髪を纏めていく。
「…喜べ君塚。篠原と私がお前を預かるのも今週で終いだ」
「え?」
「動くな」
こちらを向こうとする琥珀の頭をぐいっと掴んで戻した。
「い、いたた…」
「お前が着任して以来ずっと篠原預かりだったが、来週からは有馬の元で働く事になる。元々お前の所有権は有馬にあるから、本来の状態に戻るだけだがな」
真戸は琥珀の喜びの言葉を予想していた。
が、返ってきたのは短い沈黙と、一言、「そうですか」という浮かない声色だった。
「どうした。嬉しくないのか?有馬の現在のパートナーは平子だぞ」
「………思ったよりも、早かったです。それに色々…複雑なんです。乙女心とでも思ってください」
「ふん。下らん」
酷い!と反論しようとする琥珀の頭を、再びがっちり掴んで押さえた。
「痛いですってば…!」
「私は動くなと言ったはずだが」
動くのは無駄だと諦めて琥珀は大人しくなった。
しかしその代わりに、やや沈んだ気配が伝わってくる。
「私はっ──…好きな人に…逞しくなりすぎた自分を見せたくないんです…」
この言葉は琥珀の本音の一つなのだろう。
全てではない。
琥珀を預かることになって以来、真戸が観察をしていて幾つか気付いたことがある。
どうやら琥珀は喰種の力を厭うている。
「ふん。こちらとしては僥倖だ。有馬に回される仕事は我々の任されるものよりハードだからな。地下の捜索が良い例だ。喜ぶがいい、より多く、高レートの喰種を狩れるぞ。今後も遺憾無く逞しくなれ」
「まったく嬉しくないです!」
自身が喰種であることを琥珀は認めている。
勿論、喰種として生きていくことも。
「特にお前は喰種で特に頑丈だからな、多少壊れようが千切れようが簡単には死なん。ついでに死んだところで正式な捜査官でもないから局への損失もない。しっかり盾になってこい」
「〜〜〜っ、歯に衣着せぬ辛辣な鼓舞をどうもありがとうございますっ…!」
ただ、喰種の──その力を認めることと、好むかどうかはイコールではない。
喰種を殺すCCGに在りながら、喰種の力を誇示し続けなければ生きてゆけない。
矛盾であり皮肉だ。
「……微笑ましい光景だと思って来てみたら…なんて会話してるんだ、お前さんたち」
オフィスにやって来た篠原が、呆れ顔で二人に声をかけた。
遠目からは仲良く見えたのに。近付いてみれば琥珀はむくれているし、真戸はさも愉しそうという普段通りの明暗だ。
「遅かったな。待ち草臥れたぞ」
「いつも待たせるのは真戸の方だろ」
ラボに寄るとかそーゆーので、と篠原が付け加えたが、真戸はさて何の事かとシラを切った。
左右を編み込んできた琥珀の長い髪をひとつに合わせて纏める。
真戸の妻は地下で命を落とした。
味方を撤退させる為に唯一人、盾となって。
真戸が手を伸ばし、指も爪先も届くことのなかったその光景──妻の後ろ姿は一生忘れられるものではないし、忘れるつもりもなかった。
自分が強ければ。
彼女を殿に残す結果にならなかったかもしれない。
あの結果に繋がる事態を避けられたかもしれない。
あの事態に陥る前に別の道を取れたかもしれない。
そうすれば自分も妻も娘も、別の"今"を生きていたかもしれない。
"結果"とは全てだ。その"結果"を後悔にしたくなければ、今出来得る事を尽くすしかない。
否も応もない。卑怯と罵られようとも、変人と蔑まれようとも、目的を果たすために効果のある最たる手段を講じる。
それが娘と同じ年頃の、喰種を使うことであったとしても、だ。
真戸の心情とは裏腹に琥珀の髪は綺麗に仕上がった。
時間に余裕があったためか、中々の出来映えだった。
「篠原さん。真戸さんから聞きました。来週から、私、有馬さんのところだって」
さすがに学習したようで、琥珀が視線だけ動かして篠原を見る。もう、髪は結い終わっていたが。
「ああ、そうそう。琥珀ちゃんは来週から有馬んトコに戻ってもらうことになったんだ。だからヒラとも一緒だよ」
幼馴染みだからって仕事の手を抜かないようにね。
そう付け加える篠原に、琥珀が遠慮がちに頷いた。
「そうですね。丈兄…平子一等と一緒にお仕事ができるの、楽しみです」
微かに微笑んでいるのだろう、琥珀は。
諦念のような凪を隠した眼差しで。
そういう性質なのだということを、真戸は観察をしていて知った。
この娘は、他人に心配されることを心配するのだと。
「…君塚、終わったぞ」
「あ、完成ですか?」
琥珀の期待の籠った声。細い指が編み込みを崩してしまわないかとおっかなびっくりに撫でる。小さく歓声をあげた。
「写メっ…、あの、写真、撮っていいですかっ?」
「奇妙な奴め。自分の頭を写すのに他人に許可を求めるのか」
「はは。じゃあ、オジサンが撮ってあげよう」
「奇妙とか失礼ですからっ。そうじゃなくて…その、三人で撮りたいんです──」
今日でお世話になるのが最後なので。
真戸と篠原が顔を見合わせる横で、琥珀が携帯を取り出す。
その辺りは若い娘の慣れた様子だ。
手際良く、なかなか強引に、中年二人を誘導すると自撮りの範囲に引っ張り込む。
カシャッというシャッター音が、念のためにと3回ほど響いた。
こんなオジサンが一緒で良かったのと苦笑する篠原に琥珀は首を振る。
とても嬉しそうに、後でメールで送りますねと笑った。
その笑顔が本心であるように、真戸の目には見えた。


夜。
捜査を終えて局付近まで戻ってきたところで、琥珀が軽やかに数歩前へ飛び出して振り返った。
篠原さん、真戸さん、と直立する。
「短い間でしたが、私を育てて下さってありがとうございました」
真戸が鼻を鳴らした。
「その文句は狙ってか、君塚」
「あ、わかって頂けます?」
「悪趣味だな」
「真戸さん程じゃないですよ」
「琥珀ちゃんも強く育ったもんだ」
「ふふふっ」
弾むように、ぺこりと深く、頭を下げた琥珀の動きで結われた髪がさらりと流れた。
「来週からは有馬のクインケか」
「真戸も結局変わんなかったな」
「すっかり慣れました」
「有馬も目的の為には躊躇わない性質だ。お前の仕事がこれまでの延長だと思ったら大間違いだぞ」
「おいおい真戸。あんまり脅してやるなよ」
「ふん」
琥珀ほどの喰種なら、地下で一人で残されても生き残る確率は高いだろう、と真戸は思う。
ついでに有馬の元で扱き使われれば、否が応にも更に強くなるだろう。本人は望まないかも知れないが。
強くなれば、つまりは、よりマシな選択ができるということだ。
「精々足掻け」
そうしたらこの、眉を寄せたふくれっ面ともまた顔を会わせることがあるかもしれない。
「もうっ。精々、努力させていただきますっ」

クインケの素材として、…それから髪結いの練習台程度にしか、君塚琥珀に興味など抱いてはいないが。


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