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朝.

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白みはじめた東の空を、給水塔に腰かけて眺める女の姿があった。
背後の西の空の、夜空の名残りを背負って、膝を抱えて座っている。
隣の建物の屋上からやって来た男は、とっとっと、と勢いを分散させて、給水塔の──女の下で足を止めた。
身軽な来客を、女が上から「こんばんわ」と覗き込む。
「というより、おはようございます。…こんな時間に、こんな場所に来るということは、お兄さんも喰種ですか?」
「おはよう。うん、そうだね。お兄さんも、っていうことは君もかな?」
にこりと女が微笑んだ。
男がひらりと跳んで、女の隣に立つ。
ピアスやブレスレット、いくつも重ねて着けられた装飾品が重たい音を立てる。
よいしょ、と隣に腰を下ろした男に、女はごめんなさいと謝った。

「私は人間の味方をする喰種なので…あまり近づかない方がいいですよ」
「忠告してくれるんだ」
「一応」
「人間の味方か。珍しいね。でもそれなら、そのことは言わないほうが良いんじゃない?」
「そうなんですけど…なんだかずるい気がして」
「ずるい?」
「だって、お兄さんは私が同じ喰種だから、こんな時間に、こんな場所にいる私とお話しをしてくれるんでしょう?」
「こんな時間に、こんな場所にいる人間だったら普通に食べちゃってたかもしれないけど」
「私も喰種ですけど…安心できる喰種じゃないんです」
「そうなんだ。どちらかというと癒し系に見えるけどなぁ」
「あなたのことは他の人には言いません。これから別の場所で会っても、初対面って言いますから…それは安心してください」
「人間の味方なのに、喰種にも親切だね」
「今は勤務時間外、なので」
「そう。仕事に囚われない、自由な時間は必要だよね」
「あと、お兄さんは強そうだから。負けちゃいました、って報告すれば、大丈夫な気がします」
「強くて良かった」
「ふふふ」
「ところで。僕はウタっていうんだけど。君の名前は何ていうの?」
「…ウタさん。私、人間の味方なのに。名前、言っちゃっていいんですか?」
「君の名前を知りたいから。自分の名前も言わないと、ずるい気がしたんだよね」
「ずるいんですか」
「うん。あとは、君に僕の名前を呼んでほしくて」
「…ウタさんって、なんだか遊んでるヒトっぽいですね」
「そうかな」
「はい」
「……(即答)」
「私は…琥珀っていいます」
「琥珀ちゃん。うん、素敵な名前だ」
「ありがとうございます(…やっぱりタラシっぽい)」
「琥珀ちゃんは、どうして人間の味方をしてるの?」
「大切な…人がいて…その人が人間だからです」
「ふぅん。その人は琥珀ちゃんの恋人?」
「──…はい」
「それは残念だな」
「残念?」
「なんでもないよ。じゃあ、その恋人が殺されちゃったら、琥珀ちゃんは人間の味方をやめるの?」
「味方をやめるかは…わからないです。ただ私は……私の大切な人を殺した人を探します。喰種でも。人間でも。草の根を分けてでも必ず探し出して、必ず、殺します」
「必ず、か。見かけによらず情熱的だね」
「執念深いんですよ、たぶん」

二人の背後を覆っていた夜は一片もなく溶けた。
刷毛で塗ったような薄い色の空が、どこまでも広がる。
遥か足元の街からは、人や車が、生活が動き出す気配がちらほらと伝わってくる。

「ウタさんは、人間と戦ったりしますか…?」
「必要なら戦うよ」
「じゃあ、マスクは持ってますよね。忘れちゃダメですよ、絶対」
「僕は人に売れるくらいたくさん持ってるから、大丈夫だよ」
「なら安心です」
「琥珀ちゃんにも選んであげたかったな」
「ふふ。ありがとうございます」

琥珀の長い睫毛が伏せられて、柔らかな髪がさらりと滑って頬を隠した。
睫毛も、耳も、頬も、その横顔が見えなくなってしまい、ウタは何となく気に入らないと思った。
思って、その髪を耳に掛けようと手を伸ばしたが、琥珀が立ち上がる。

「でも、私にはもう必要なくなっちゃいましたから」

琥珀が冷たい空気を吸い込むと、呼応するように舞い上がったビル風がその髪を巻き上げる。
白いうなじまで露になり、気持ち良さそうに瞳を閉じた。
「私、そろそろ行きますね」
晴れやかな空を背負ったその姿を見上げて、ウタは目を細める。
「琥珀ちゃんは、この後どうするの?」
「帰って、寝ます。とっても夜更かししちゃったので」
「そうだね。女の子だとお肌も気になるし?」
「ふふ。ウタさんは?これからどうするんですか?」
「それは添い寝のお誘いかなぁ」
「…ちがいます」
「残念。でも琥珀ちゃんが呼んでくれたら、いつでも行くから」
遠慮しないでね。と。
言いながらウタも立ち上がって、うーん、と腕を伸ばす。
「僕も帰って寝ようかな」
「はい。おやすみなさい、ウタさん」
「さっき、おはようって言ったのにね」

ウタの言葉に、あ、と思い出した琥珀は、「そうでしたね」と笑い声を弾ませた。
ウタに背を向けて、琥珀自身も弾むように駆け出す。
勢い良く、とんっ、と屋上の淵を蹴った。
軽やかに建物を渡ってゆく琥珀の姿を見ながら、朝の似合う女の子だなぁとウタは思った。
琥珀の姿がいよいよ見えなくなり、ウタも背を向ける。
二人が次に出会うのは果たして──


160802
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