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白衣の彼女/オモテ

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ナース服。だ。
「琥珀…………………どうした」
「……ぃ………なぃ……で……」
顔を真っ赤にした琥珀が、蚊の鳴くような小さな声で、言わないで、と言った(ように聞こえた)。
太股の半分ほどまでしかない短いワンピース…ナース服の裾を強く握って、丈の眠るベッド脇の椅子に座っている。
スカートの中が見えそ──いや、何でもない……。
俯いた頭にもナース帽(あれの正式名称を知らない)をセットして、落ち着かない様子で絶えず視線を動かしている。
それを着けるために合わせたのか、普段下ろしていることが多い髪も結い上げており、いつもとは違った印象を受けた。
…色っぽい、とかそういう感じの。
琥珀が聞かれたくないようなので事情を聞けないのだが、聞かないからには話が進まない。
丈はひとまず、眠りにつく前の記憶を整理することにした。
無論ベッドからは起きないままで。
理由は…オトコ心というものだ。
先日行われた「11区"喰種"集団・アジト戦」からの一連の騒動により、年の瀬という時期を差し引いても、忙しかった。
作戦の事後処理を行う間も、他所の喰種が活動を控えてくれるかというと、そんなことは勿論ない。
連日、通常業務をこなしながらの処理となり、気付けば家へ帰れない日もちらほらと。
同僚たちも似たり寄ったりで、大抵がゾンビのような顔つきにはなっていたはずだ。
今現在のように交代で仮眠室で休みつつ、疲労をピークより増やさないことが精々だった。
そんな中で琥珀のこのサービス精神というのはやはり、
「…若さか」
「…そ、そうじゃなくてっ。…私に回ってくるのは簡単な書類ばっかりだから」
皆よりは時間と余裕があるの、と。
それにしてもナース服はブッ飛んでいる。
「…ブッ飛んでるのは私もわかってます」
「すまん」
つい考えていることが口から出た。
赤い顔で拗ねる琥珀がスカートの裾を握り直す。
膝上までの白いストッキング、それを留めている同色のベルト…
「(どことどうやって留めているのか聞いたら怒られそうだ)」
…が気になるらしく、位置を直している。
だが待て、スカートの中へ続くベルトはよく見たら生地に透けて──
「……そろそろ聞くが。琥珀…どうしてその格好なんだ」
びくっ、と、琥珀の肩が揺れる。
「…まさかその格好でここまで来たのか…?」
無言の琥珀から視線を移すと、足元にコートが丸めてあるのが見えた。
決まり悪そうに視線を彷徨わせていた琥珀が、おずおずと口を開いた。
「…ま、」
「ま?」
「丸手さん、がね…」
「……丸手特等の趣味なのか。ナース服は」
「ち、ちが…えっと、どこから話したら……」


昨日──12月24日、世界が賑わい華やぐこの日。
しかし"喰種"対策課デスクは、机に伏して眠る者、椅子を連結させて眠る者、来客用ソファーで…、もういいだろう。
「(皆疲れてるなぁ…)」
琥珀は、ボールペンを握ったまま報告書に突っ伏して寝息をたてる宇井に、自分の席から持ってきた膝掛けを掛けた。
頭の横に小分けのお菓子と、一言を添えた付箋を貼る。対策局敷地内のコンビニで買ってきたものだ。
せめて息抜きにでもなればと思って、同僚たちに渡している。
琥珀に回される書類は元々少ない。では外回りはというと、アジト戦で琥珀と組める上位捜査官が数多く負傷したため、それも叶わない。
琥珀が身を置く施設も対策局敷地内にあるため、帰宅通勤は徒歩10分。
「どうしよう…かな」
廊下の休憩スペースにやって来た琥珀は、ソファーに座って呟いた。
カサ、と手の中で、お菓子の入った袋が音をたてる。
「よォ君塚。何だ何だ、今日はぼっちじゃねェか」
ぽつねんと座る琥珀に声を掛けたのは、廊下の向こうからやって来たファイル──いや、丸手だ。
その隣にもファイル──ではなく馬淵の姿もある。
「丸手さん…私、やること無くなっちゃったんです」
「あぁん!?テメェそれを、俺に、言うか!こっちは忙しすぎて血管ブチギレ寸前だっつのッ」
「丸手さんはブチギレ寸前がデフォじゃないスか」
「うるせっ」
きっと両手が空いてたら首絞めてただろうなぁ。
琥珀は二人が抱える分厚い山積みのファイルを見て思った。
「丸手さん、これを食べて怒りを鎮めてください」
「何だコレ」
「ふふ、お菓子です。ささやかですが。馬淵さんにも。はい、どうぞ」
「サンキュー」
二人の持つファイルの上に、背伸びをしながら慎重にお菓子が落ちないように乗せる。
「あ、あと…、ちょっと待ってくださいね」
もみの木型の付箋に一言を書き入れて、ぺたりと貼り付けた。
「あー…今日か。ちっともそれっぽい空気じゃねェけどな……お前、平子には会ったのか?」
「いえ?どうしてですか?」
「それこそお前、そーゆーイベントだろうが…ったく」
気が効かねェ奴だなと言わんばかりに溜め息をつく。
「でも…私の場合、プレゼントを買いに行くわけにもいかないので」
「こんな時だ。顔見せるだけでも励みにゃなるんじゃねェのか?」
「…丸手さん…」
「丸手さんの優しい言葉とかキモいっス」
「馬淵ィ…あとで殴るからな」
ファイルが怒っている。
「しかしプレゼントもなぁ…通販とかで何とかなんねェのか?」
「うーん、味気無く…ないですか?あと、今日明日だと時間も無いですし…」
「森林通販なら即日配達可能っスよ」
「お、森林通販…家具家電から食品まで幅広く扱ってる、あの通販サイトか」
「(宣伝みたい)」
「うしっ。馬淵、携帯出せ。君塚、この斎サマが大人の知恵を授けてやる」
丸手と馬淵がファイルをソファーに置く。
携帯を操作して画面を出した馬淵が丸手に渡す。
「こっちか…コレだな」
「俺ならこっちっスね。時期ネタはこっちっスけど。平子上等、今あれなんで」
「気が合うな。俺も同意見だ」
二人で頭を付き合わせて…相談が終ったらしい。
支払い画面まで進めとけ、と丸手が馬淵に指示して琥珀へ、ビシッと指を指す。
「今日は流石に無理だったが明日の朝イチで届く。届け先はお前のデスク、お前宛だ。支払いは俺がしてやる。お前は平子の予定を確認しておけ。作戦決行は明日終日、平子の予定を押さえ次第だ。証拠写真を撮れ。上官命令だ。異議は認めん」
「へっ?え?何頼んだんですか?あっ私、お代払いますっ」
「丸手さん、ページ出ました」
「よし、……何でお前俺のクレジット番号知ってんだよ」
「上司のデータは全て網羅っス」
こめかみに青筋を浮かべた丸手が馬淵の頭を両手で掴む。…みしみしいっている。
無事に(?)注文を確定すると丸手は「クソ重てぇなァ」とぼやいて、お菓子を落とさないようにファイルの山を持ち上げた。
「余計な荷物を増やした罰だ、しっかりやれよ」
「あのぅ…ほんとに、何頼んだんですか」
ニヤリと悪人のような凶悪な笑顔を浮かべて丸手が背を向ける。
馬淵も親指を立てて後に続いた。
「グッドラック」


「やっぱり丸手特等か…」
「丸手さんだったね…」
あと馬淵。
途中から丈は布団から起き上がって聞いていたが、聞いていて力が抜けそうになった。
「朝受け取った森林通販の箱開けてびっくりしちゃった」
「…そうか」
「トイレで着てみてサイズもぴったりで…どん引きしちゃった」
「………そうだな」
慣れないからかな、変な感じ。と頭のナース帽を触る琥珀。
腕を上げると服の生地も引っ張られることになり必然的に裾が……、ああ、まったく、
「それにこれ、結局丸手さんに買ってもらっちゃった」
「…早目のお年玉とでも思っておけば良いんじゃないか?それより琥珀、ちょっとこっちに来い」
「お年玉って…もう年末ではあるけど。…丈兄、やっぱり気づいてないよね…」
琥珀は携帯を取り出すと、電源を入れて丈に向ける。
待受画面には平子家で可愛がられる柴犬のどアップ写真。
「ね?」
「………うちのが写っているな」
「ち〜が〜う〜っ!…もうっ!ひ、づ、け、み、てっ!」
ディスプレイの日付は12月25日。
「………あぁ」
反応は薄いままだったが、ようやく合点のいった丈に琥珀のため息と苦笑が降りかかる。
「…もぅ……そこが丈兄らしいといえば、そうなんだけど…」
椅子から立ち上がった琥珀が、頬に落ちる髪を耳に掛けながらベッドサイドに座った。
…距離が遠かったのか、身体が丈に密着する場所に座り直す。
コホン、と咳払いをした。
「ハッピークリスマス、丈兄」
ふわ、とシャンプーの香りが近づき、口づけられる。
されるがままに、二度、三度と、甘えるように啄まれ、最後に、ちゅ、と小さな音を残して、柔らかな感触が丈から離れていった。
琥珀が頬を染めて、照れを誤魔化すように髪を触る。
「…な、何か言って…」
「……今すぐ琥珀を押し倒し──」
「やっぱりだめっ…!」
どっちだ。
「……その格好は"私がブレゼントw"的な主旨ではないのか?」
「うっ、それは、そのっ…えっと……」
襟元を掴んで思いきり拒絶した琥珀に、丈は少しショックを受けていた。
この数日、忙殺、という言葉が見事に当て嵌まる日々だった。明日もまだ続くだろう。
忙しさの合間のこの時間に、久し振りに琥珀に触れて、人肌の温かさというものを思い出したのは自分だけ、なのだろうか…。
「──そんな感じのことを思っていたのだが…」
「〜〜〜っ丈兄の…ばか……ずるい…」
丈が見つめると、琥珀は真っ赤な顔をしてバツが悪そうに身を引いた。
「…そんなこと言われたら…やだなんて、言えない…」
火照る琥珀の頬に丈が手を当てた。
程好い暖かさがじわりと指に伝わってくる。
「…うそ」
「?」
「私も…丈兄に会いたくて、ずっと触りたかった…」
視線が丈の右耳に移動する。ガーゼで覆われた傷はアジト戦で負ったものだ。
丈の痛みを想うように眉を寄せた琥珀が、おずおずと手を伸ばし、少し下の首を撫でる。
「怪我…痛い?」
「大分良くなった。…看護師が来たからかもしれないな」
「ふふふっ、うそだぁ」
くすくすと笑う琥珀はやはり赤い顔をしたまま。
しかし視線を外すと、緊張を抑えるように何度か呼吸を繰り返し、今日はね、と口を開く。
「…今日は私、丈兄の看護師さんなの。だから…丈兄の看病、してあげる」
熱を孕んだ瞳が丈を見つめて煌めく。
丈の両頬に手を添えて、その片手がゆっくりと首を撫で、胸元を滑り、ベルトまで降りた。
「怪我に響いちゃうような、激しいのはだめだけど…」
膨らんだ桃色の唇が微笑みの形を作る。
焦らすようなゆったりとした動作で、丈のやや下から身体を寄せた。
一体何処で、琥珀はこんな仕草を覚えてきたのだろう。
琥珀は唇を一度舌で舐めて湿らせる。
甘さを含んだ声が、艶かに濡れた唇から零れた。
「丈兄の…したいこと、言って?」
何でも叶えてあげる。
琥珀がそう言い終わると同時に、丈は琥珀の頭を早急に引き寄せて、深い深い口づけをした。


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