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コクリアにて

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──23区 「喰種収容施設"コクリア"」──

耳に嵌めた通信機から聞こえるザリザリと不快な音。
仲間からの通信が途切れ、琥珀はスイッチを切った。
相手は牢獄から放たれた餓えた喰種。
途切れた通信機の持ち主がどうなったかなど、考えたくもない。
「…っ、君塚捜査官……」
隣を行く武装した喰種捜査官の声が響く。
奥へと続く薄暗い廊下の先、ゆらりと影が蠢いた。
琥珀は無言のまま、同行するその二名、御神苗と染井に、指で背後に下がるよう伝える。
「──来ます」
斜め頭上、排気ダクトの鉄枠が跳ね飛んだ。
飛び出した喰種の口腔に、琥珀が刀状のクインケを刺し込んで振り抜く。
「正面二体ッ!」
ダクトの鉄枠がぶつかる音よりも鋭い琥珀の指示。
硬直していた御神苗の自動小銃が火を吹き、染井も倣う。
人ならざる膂力で琥珀が壁に叩きつけ捨てた喰種が、全身の骨を破砕して絶命。
続けて銃弾を受けて足を止める奥の二体の喰種へ、床すれすれを疾り肉迫する。軽くなったクインケでまず一体、返す刃で二体目を屠る。
「っ、君塚捜査官、ご無事で…?」
「コイツ、ダクトに入り込むなんて…」
一瞬の戦いだったが、緊張は一気に高まった。
銃口を下げて、気を落ち着かせるように呼吸を繰り返す二人に、琥珀は「大丈夫です」と短く答えた。
感覚を研ぎ澄ませて気配を探る。
「(この奥には…いない…)」
地上へのエレベーターと独房の並ぶ中心部は本隊が配備されている。
現在、琥珀たちが居るのは独房を通過したバックヤードだ。
先ほど途切れた通信は、ここへ向かう途中の通路で別れたチームとの回線だった。けれど、このまま助けに向かっても良いものだろうか……。
「回線…戻りませんね…」
御神苗が不安げにヘルメットから繋がるイヤフォンを触る。仲間の安否を気にして──いや、心の底では気づいているのだろう。
「一度、中心部へ戻ります。この先にはもういません」
「わ、分かるんですか…?」
床に伏す二体から流れ出た血が、溜まりを広げつつあるのを見下ろし、染井が恐々と訊ねる。
琥珀は静かに微笑んだ。
「私のこと、怖いですか?」
二人は顔を見合せた。
「"ナイトメア"と一緒なら、俺たちは比較的安全牌なんだと思いますよ」
「君塚捜査官より倒れたコイツらのが怖いっすね、また起き上がりそうですし」
上位レートともなれば、切断したくらいではすぐに修復できるものもある。幸か不幸か、今回の三体に上位は混ざっていない。
「"ナイトメア"…古い名前を知ってるんですね」
「何気に君塚捜査官の隠れファンって奴、局内でも多いんすよ」
今日、君塚捜査官と組むことを自慢してきた、などと冗談を口にできる程度には二人の緊張も解けたらしい。
「戻りましょう。この階層に残る"怖い喰種"を手早く終わらせて、次のお手伝いに行きましょう」
「さすが。料理みたいに言いますね」
「女子力っすか」
「料理くらい…簡単だと有り難いんですが」


『11区に確認された"喰種"集団アジトの殲滅』
急速に勢力を増してきた"喰種"集団殲滅の作戦が立てられた。
作戦の決行は12月19日夕刻。
しかし情報は漏れていた。
11区のアジト組を囮とし、23区にある「喰種収容施設」が、"喰種"集団の本隊に、逆に狙われたのだ。
襲撃の一報を受け、CCGは後手になりながらも対応を行った。
動ける人員を集めて第一隊として先行させる。
琥珀もそのメンバーとして選ばれていたが、現地に到着し、言い渡されたのは「後方にて待機」。
喰種である琥珀を"喰種"集団と近づけたくないという、ほとんど心情のような理由だろうが。
捜査官としての、未だに扱いはこんな感じだ。
上位捜査官のお目付けは緩まった。しかし琥珀の能力は"信用"されていても、琥珀に対する"信頼"は別らしい。

そのジレンマが、
「(もどかしい…)」
足元に転がる幾つもの遺体。捜査官、喰種、或いはそれら"だった"もの。
琥珀の待機が解かれた時。
それは喰種集団がSSレート"喰種"を収容する地下独房第三層に達したと報告された時だった。
こんな状況に追い詰められるまで待機を食らわせておいて、ジリ貧もいいところだ。
更には、地下に降りてすぐ、下層は問題無いと指揮官に言われ、琥珀は混乱を狙って開放された下位レートの討伐を命じられた。
ここまで攻め込まれたのに下へ行かせてくれないのかという琥珀の反論も黙殺された。
信頼できる、──言外に、お前とは違う──捜査官が降りているという言葉で押さえつけられ、独房第一層を片付けて戻ってみればこの惨状。
琥珀の背後で染井が胃の内容物を吐き出し、御神苗は無意識に呼吸が速まっていた。…極度の緊張状態にあることが分かる。
「…逃げる喰種は、追わなくていいです…」
「し、しかし…っ、君塚捜査官…!」
「いいんです──!…自分の命を、守ることを優先してください……」
喰種の数に対して、捜査官は到着した自分たちを合わせても同人数程度という明らな劣勢。
人数も、戦力も全く足りていない。
更に目の前にいるのは──
「シャバの空気うめぇー!メシも喰ったし、はやく神アニキに会いにいくぞ!」
「まだシャバじゃない。単に換気口に近いだけだ…」
真っ赤な口許を拭って叫ぶのは金髪の喰種。
「(金髪…あの黒瞼…あれは13区のナキ──?)」
それに応えるのは、赤いマスクが特徴的な白い外套を羽織る長身の男。
ヨッシャー!と雄叫びをやめないナキに煩そうに距離を取りながら、それにしても、と向き直る。
「喰種を前にして自分の命を守れとか、珍しい"白鳩"がいるな」
白い髪。
深紅の瞳と、顔の下半分を覆う同じ色をしたマスクが血を連想させる。…その連想が決して間違いではないと、見る者に知らしめる存在感も。
自分がこれまでに相対してきた喰種の中でも、かなりの──
「本当に"白鳩"か、お前」
「ッ!?」
一瞬で間を詰められ、紅く冷たい視線に射竦められる。
防御姿勢を取ろうとする琥珀の手首を掴んだ。
「…っや……」
「クインケは汎用。後ろのがツガイなら、お前の相棒は何処行った?…それとも死んだか?」
「君塚捜査官ッ──!」
琥珀の視界の端で、御神苗がマスクの喰種に銃口を向ける姿──同時にマスクの喰種の視線も御神苗に移動する。
「邪魔だな…」
深紅の目が不機嫌に細められた。
「──やめて…!」
琥珀は羽赫を解放して視界を遮る。
捕む手に力が込められたが、発生させた黒い棘を撃ち込む。自身の腕も範囲内だったが構っている余裕はない。
両者共に後退し、琥珀は御神苗と染井を背後に庇い、マスクの喰種はナキの手前に立つ。
ナキがこちらを指差した。
「あーっ!お前喰種だったのかよ!?」
「君塚捜査官っ、腕が…!」
「…すぐに治ります。ありがとう。……御神苗さんと染井さんは待機していてください。あの二人は…私が相手をします」
血の跡と、ぼろ布となった袖をそのままに、琥珀の白い腕が再生する。
マスクの喰種は自身の怪我には目もくれない。
己を睨み付ける、互い違いとなった琥珀の眼と、その蠢く羽赫とをじっとり見比べる。
「………」
お前なぁ!とナキが一歩前に出た。
「お前っ喰種のクセに"白鳩"のミタカすんのかよ!間違えちゃったんじゃねーの!?」
ナキは地団駄を踏んで怒りを露にする。
「…みた、か…?…味方って言いたいの…?」
子供のようなナキの有り様に戸惑う琥珀だったが、マスクの喰種は見慣れた様子で意にも介さない。
「タタラも予断してんなよなっ!」
「…CCGに飼われている喰種の噂は聞いたことがあるが。そうか、お前の事か」
「CCGってことは俺らの敵だな!?…?喰種なのに、俺らの敵なのか…?ん???」
「ナキ、ちょっと黙ってろ」
ナキの襟首を掴んだマスクの喰種──タタラは、ナキをぞんざいに投げ捨てる。
「ココで餌を貰ってるヤツもいるみたいだけど。お前は?"白鳩"の服を着せてもらって捜査官ごっこ?」
嘲りを含んだ言葉と視線が琥珀に突き刺さる。
琥珀は呼吸を整えるように意識する。…冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
周りの戦いは収束しつつある。捜査官たちは喰種の攻撃を凌ぐことで手一杯だが、喰種達とて長引かせてCCGの増援に囲まれるのは勘弁だろう。
「喰種がさ、道楽で人間を飼うことがある。人間も同じことするんだな」
タタラは挑発するような言葉を投げ掛けてくる。
気にするな。こんな言葉、慣れきってる。
「飼ってる人間のことを"飼いビト"って呼んでる。じゃあ、人間が飼う喰種のことは何て呼ぶ?」
琥珀は周囲に意識を向けつつ、頭の中でシミュレートする。逃げた喰種など手が回らない。捨てだ。増援は?飼いビトって。有馬が到着するまで何分かかる?私は有馬さんの所有物──、
「教えてよ」
「──くっ…!」
タタラの姿がぶれたと思った瞬間に繰り出される手刀での一撃。
クインケで流すには既に近すぎた。
クインケは弾き飛ばされるままにし、琥珀はタタラの腕を抱え込んで骨を砕く。
「この体格差で、まさか力で勝つつもり?」
「アイアンメイデンって知ってます?」
「鉄の処女?可愛い顔して熱烈な歓迎だね」
「初めてなの……逃げないでね?」
琥珀の右目が狂暴に煌めき、羽赫が漆黒となって広がり二人を包む。そこへ、
ブォン──
重たく低く、風を切る音が響いた。
「おらァッ!タタラを離しやがれ!!」
刃の形状の甲赫が大きく振られ、琥珀が一瞬前までいた場所を横凪ぎにする。…タタラもいた場所でもある。
「ナキ、黙ってろと言ったはずだ」
「うるせー!俺を置いた木彫りにすんな!」
「(木彫り…)」
「あとそっちのお前!何で人間のミタカなんだって聞いてんだよ!俺たちとおんなじ喰種だろッ!」
何とか言えばーか!
と、答えさせたいのか罵りたいのか、琥珀にはよく分からない。
ただ会話には混ざりたいのか、再びタタラに首根っこを掴まれても踏ん張って堪えている。
琥珀は体の力を抜いて、ナキ、と呼び掛けた。
「ナキ。……あなたに、大切な人はいる?」
「はあ?何で俺のナマエ知ってるんだよ」
「さっさと答えろ。長引かせるな」
タタラがナキをぶった。
「イッテェ!首とんじゃうだろっ!…俺は、アニキが神だ!神アニキだ!」
アニキ神なんだぞ!と琥珀に喚く。
とりあえず"神"とつけているから、ナキにとって大きな存在なのだろう。
…コクリアから逃げて、真っ先に会いたいと望むような。
「…私にも大切な人がいるの。私は喰種で、その人は喰種ではないけれど…。その人の傍に居たいから、私はここで戦ってるの」
11区アジトの戦力が囮だったということは、人選はこちらを優先させたはず。
本命であるこちらに見劣りしないだけのカードを残してはいるだろうが、11区が、こちらより少しでも戦いやすければ良い。それに…
「(CCGは元々11区が本命。戦力は十分揃ってる)」
それ故に他所への注意が薄くなり、このコクリアが破られた訳だが。
「(私にとって最も大切なのは丈兄の無事)」
ナキの質問に答えたことにより、琥珀の心には影が落ちた。
「(こんな考え方……私、薄情なのかな…)」
いや。最初から解っていたことなのに、ずっと目を向けようとしなかっただけだ。
自嘲の混ざった微笑みが、知らず浮かんだ。
「これで質問の答えになった?ナキ」
「ぉ、おう…!」
ナキが顔を赤くして何度か頷く。
自分がこれなのだから、琥珀を前線へ送ろうとしなかった指揮官や上層部を言えた義理ではない。
もちろん、この場の味方を助けない訳ではないし、被害も怪我人も少ない方が良いに決まっている。
ただ、線引きをしてしまったのだ。
優先順位の。
琥珀は静かに嘆息した。
黙ってやり取りを眺めていたタタラが、じゃあ、と小首を傾げる。
「お前のその大切な人とかいうのを殺したら、お前がCCGにいる意味無くなるね」
琥珀の心をまるで読み取ったかのように、ニタァと紅い眼を細める。
琥珀の指先がぴくりと反応する。
ナキに答えただけで別にあなたに伝えたかった言葉じゃないのだけど?と。
琥珀もまた、タタラとは違う感情を込めて目を細めた。
「あの人を傷つけたら──」
苛立ちが琥珀の心を蝕む。
「殺します」
タタラの殺気が濃くなり、ナキが赫子を構えた。
背後で御神苗と染井が体を震わせる。
琥珀の躰の奥底が疼いた。
今は無理して戦う必要などない。足留めでいい。本当に?ほんとうにそれでいい?相手は喰種。時間を稼ぐ。殺す。喰種。守るためには殺さなければ。
丈を傷つけるというのなら、殺さなければ。
「いいね。喰種らしい顔してる」
タタラの言葉に、琥珀から仄暗い笑みが零れた。
何を言っているの。
だって、私、
「喰種だもの」


本部からの救援がコクリアに到着した時、解放された殆どの喰種は逃走した後だった。
周囲を行き交う人員は怪我人の救護と、周辺の捜索を命じられて慌ただしく動いている。
御神苗と染井も駆り出されていった。
「"ニイヨン"、やっぱり琥珀も連れて行けばよかった」
一応の問診を受けてフロアの床に座り込む琥珀の元へ、有馬がやって来た。
「すみません。…結構な数の喰種を逃がしました…」
「責めてる訳じゃない。報告も聞いている。お前が到着した時の状況も、その時に受けた指示も」
琥珀の傷は全て治癒していたが、血の跡と、至る所が擦り切れたスーツは誤魔化せない。
「お前に怪我をさせると丈に怒られる」
「怒らないですよ。…怪我も仕事の範囲ですから」
「丈に同じこと言える?」
「………」
でも、と有馬は言った。
あまり余計な怪我をしないように。
それから、必ず"こっち"に戻ってくること、と。
琥珀を見透すような、どこまでも静かな有馬の瞳が見下ろしている。
「わかってます…」
心の内側を微かに引っ掻かれたような不安に、琥珀は無意識に胸元を押さえて、掠れた声で頷いた。
琥珀は知らないだろうけど、と有馬は琥珀の腕を取って立たせる。
「丈は琥珀が思うより心配性で嫉妬深い」
「心配性は、たまに感じますけど。嫉妬は…どうでしょう」
一人出歩けますと断る琥珀をスルーし、有馬はその身体を支えて歩き出した。
一番の戦力がこんなところで雑談なんてと琥珀が困惑するような、ゆったりとした足取りだ。
「じゃあ、賭けようか」
「賭け…?なにを賭けるんですか?」
「じゃあ、俺が勝ったら誕生日プレゼントでも貰おうかな」
「…あっ」
──深夜0時を回って今日の日付けは。
──くっついた身体もまさか作戦でしょうか。
同時に浮かんだそのタイミングで、視界の遠くに丈の姿が見えた。


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