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(3)

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病欠二日目──…
そんな思いを頭のすみっこに押しやって、丈は女と一緒にコンビニへ来ていた。
自動ドアの開閉に伴い電子音が鳴る。
色の着いたカゴを手慣れた様子で腕に通した女は、さぁ好きな夕食を選びなさい、といわんばかりに顎をあげた。
「………気のせいかもしれないが」
「なによ」
「楽しそうだな」
「は?私はべつに普通よ」
なに言ってるのと、つんとする。
迷いない足取りで店内の棚の間を通り、弁当が置かれた冷蔵庫の前に立った。
夕方の店内ではあったが、パスタや弁当類、丈が昨日世話になったカツ丼なども豊富に並んでおり、女でなくとも別の意味で迷う品揃えだ。
隣に丈が並ぶと女はぱっと表情を明るくする。
「ねえ、昨日の人間がレジにいるみたい。またおすすめ、訊いてくる?」
丈の背後のレジを見て声を弾ませる。
「………。いや…いい」
「そう?…。ねぇ、気のせいかもしれないけど不機嫌?」
「………普通だ」
見あげる瞳が無防備に瞬く。
この様子では周囲から向けられる熱の籠った視線にも気がついていないだろう。
丈はなぜか気持ちが重たく曇り、逃れるために「別の棚を見てくる」ときびすを返す。
当然のように女が離れずくっついてくると、不思議と曇りは晴れた。
「容れ物がたくさん。きつねとか…たぬき?これ、タヌキの肉が入ってるの?」
「比喩だ」
「何の比喩?どうやって食べるの?」
「熱湯を使う」
女が手に取った商品を棚に戻しながら丈が答える。
たぬきときつねの定番も悪くないと思った。
「お湯ならウチでも沸かせるわよ」
昨日、店員にレンジで温めてもらったカツ丼は女にとって未知の代物だったらしいが、これならできると胸を張っている。
純粋に喜ぶ姿だけを見ていれば、どこにでもいる普通の女だ。時おり露呈する食べ物音痴さえ隠しておけば別の場所でも暮らしていける。
「………。」
…出会う以前からそうして暮らしていたのだから、丈がわざわざ心配をする必要もないのだが。
カップ麺と朝食用のパン、そして二つの缶コーヒーをカゴに入れた丈は、携帯のバッテリーが並ぶ商品棚の前を通り過ぎた。
レジで支払いをする間、ちらりちらりと窺う店員に、女は虫も殺さぬ微笑みで「昨日はありがとう」と伝える。
「………」
「なに?」
「…外では愛想が良いんだな」
「ウチに押し入った人間がよく言うわ」
店員がぎょっとしたように動きを止め、ふたたび商品のバーコードをピッする。
「………」
「ねえ」
「なんだ」
「…やっぱり不機嫌でしょ」
「なんのことだ」
「もうっ。手錠のことはキツくしすぎたって反省してるわよっ」
ガタタッとバーコードリーダーが落ちた。
「手錠?」
「だからこの鬱血痕っ!…アナタの手がこんなになるなんて、私も思わなかったから…」
女がスーツの袖を引っ張ると、確かに丈の手首には鎖で圧迫を受けていた痣が広がっている。
微かに痛むが、触れる手はなぜか心地好く、丈の心臓をとんっと跳ねさせた。
赤紫色の皮膚に女の白い指先が重なる様子が倒錯的だ。
………。
「痛くて怒ってるんじゃないの?」
「──…、」
レジ袋を受け取った丈は、店員の視線を払うように女を呼ぼうとして…、しかし腕を掴んで店を出た。
口も開かずにしばらく歩き、女が小走りになっていることに気がついてようやくスピードを緩めた。
廃ビルはもう目の前にある。
すまない、と腕を離す。
「は?謝ってるのは私でしょ」
ひび割れたガラス扉を押して女は建物に入った。
華奢なその腕を無遠慮に掴んだことを謝ろうにも、丈は女の名前を知らない。
「…」
喰種と人質のつき合いに、名前を知らないで困ることはなかった。
訊ねたこともなかった。

「──沸騰したお湯を入れればいいのね?」
乾燥麺にとぽとぽと注がれる湯を、丈は女の背後で眺める。
不慣れな手つきでカップを満たした女からやかんを取り上げると、不満そうに振り返ったが、口を開かれる前に丈が訊ねる。
「…お前の名を、訊いていなかった」
女は丈に背を向けると、給湯用のスペースから食卓として使っている子供用のテーブルにカップ麺を運んだ。
足を崩して座り「それって必要?」と鼻で笑う。
「呼ぶ時に困る」
「私を捕まえた後、他の喰種と区別しないといけないものね?」
「…そういう訳では」
「私は喰種でアナタは人間。お互いを呼び合うような仲でもないのに。どうして知りたいの?あとカップ麺、食べないの?」
「…まだ3分経っていない」
湯を注ぐとは説明をしたが、その意味までもは女は知らない。
湯を注いで3分待つ常識も、名前を知りたい理由も、わかるように示さなければ伝わらない。
子供用の小さなテーブルの、女の正面ではなく隣に丈は座る。膝が触れると女は挑発的に微笑んだ。
「食い気より色気なの?」
「今は…そうだな」
「否定しなさいよ。…人質が犯人に好意を持つとかいう障害もあるんでしょ。アナタは勘違いしてるだけ」
「…詳しいな」
「映画館で観たの………信じてないって顔ね」
「いつ、誰と」
「忘れたわ。その時に引っかけた男とよ」
「…。勘違いではなさそうだ」
「なぜ?」
「その男に嫉妬している」
ばかじゃないのと呟く唇を塞いで丈が押し倒せば、女は抵抗せず、代わりにため息を吐いた。
丈が首筋に唇を這わせてシャツのボタンを外していく様を、女は呆れた顔で眺め、そっぽを向いた。
「嫌か…」
「いまさら訊く?」
「嫌ならここでやめる」
「………痛いのは…イヤだからね」
丈は軽い身体を支えるようにして下も脱がせて、むき出しになった太腿を手のひらで掴む。閉じた脚の間に指を入れ、ショーツ越しに割れ目を行き来させた。
眉根を寄せて閉じる女の目蓋へ口づける。
喰種とセックスをするなど最高の間抜けかもしれないが、この女になら騙されても良いと丈は思った。
指先に感じる生暖かさと柔らかさに、さらに強く押しつけて擦ると、女が甘く呻いた。
太腿から手を離してシャツを脱がせると、肩から胸の膨らみにかけての引き攣りが目に飛び込んでくる。
「…これがアナタたちの仕事でしょ」
ブラジャーを引き下げ、知らぬ捜査官のつけた傷痕を慰めるように愛撫をした。なめらかな肌とざらつく皮膚を舐めて乳房に吸いつく。
丈に抱かれながら、女はどこか別の場所を眺めるようにぽつりと話した。
昔は家族がいたこと。
夜中に物音を聴いたこと。
もっと自分が注意していれば、
彼らを逃がせたかもしれない。
ゆるりと揺れる女の腰を掴み、自身のものを挿れて、丈は静かに抱き締める。
「痛くて、こわかった」
身体の奥を揺らす熱を受け止めながら、女の腕は頼りを探すように丈の背中に回る。
「ねえ喰種捜査官。今度はちゃんと殺して。…こんな傷はもうこりごりよ」
「……丈だ…俺の名前は」
「それくらい、知ってる」
「お前の名前は」
「………っ、」
丈が強く身体を揺するときゅうと甘く締めつける感覚がはしり、女が声を殺して眉根を寄せる。
開いた唇から息が零れ、琥珀、と呟いた。
「…琥珀」
「……」
「琥珀」
「もうっ、…うるさい…っ」
はじめて知ることができた名を丈は耳元で呼び、口づけをしてもう一度呼ぶと、琥珀は赤い顔をしてぽろぽろと涙を零した。
喘ぎを我慢する顔が可愛くて眺めていると怒られた。
溢れたもので琥珀の膣が満ちた頃、丈の腕の中から寝息が聞こえ、丈はゆっくりと身体を起こした。
スーツの端を掴んでいる指先をそっと外して、琥珀の身体に上着を掛ける。ポケットに入れたままの携帯を一度取り出し、しかし仕舞った。
バッテリーの残量も、連絡を入れることも今は忘れて、琥珀の寝息を聞いていたいと思った。
今夜は深く眠れるだろうかと。
丈は琥珀の頬を撫でた。


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