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チョコレートの言い訳

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重ね合った唇の端から漏れる呼吸を感じて、静かに貪欲に舌でなぞる。
腕に添えられた手が小さく藻掻いて袖を引く。
それ以上の交わりを躊躇い拒むように。
仕方なくゆっくりと離れれば、艶と濡れた唇が色めいた吐息を零した。
これ以上はだめと胸に埋もれておあずけを告げる頭は、もどかしくも愛おしく、心という見えないものを確かに捉えて締めつけた。
やわらかい髪に指を差し入れて。
返事と共に頬を寄せた。
どうにかなってしまいそうな身体の火照りを冷ますため、音のない溜め息を虚空に逃す。


平子丈は黙然として困っていた。
丈が座るソファーの隣には、こちらを向いて正座で乗っかる琥珀がいる。
左手に某チョコレート菓子の赤い箱を。
右手にはその中身である一本を掲げて。
長細いプレッツェルを、持ち手となる2pばかりを残してチョコレートでコーティングをした国民的チョコレート菓子だ。
休日、丈の部屋に遊びに来て「食べてほしいものがあるの」と取り出したものだが。
琥珀はなぜか頬を染め、何かを言おうとしては決心しきれずに口ごもるという動きを繰り返している。
「琥珀」
「…、」
呼び掛ければちゃんと視線を合わせてくれるし、
「…俺はそれを食べたらいいのか」
「──、」
問い掛けにはこくりと頷き反す。しかし、
「…なら貰っても──」
いいか。と、チョコレート菓子に丈が手を伸ばすと、琥珀は慌てて手を引っ込めてしまう。
「………。」
「〜っ…、」
伝える言葉を伝えられない、声を失った人魚姫を相手にしているような気分だ。
だが童話の二人の関係のように知らぬ仲ではない。
二人きりで過ごせる時間を泡にするのも宜しくない。
丈は琥珀が話してくれるまで待とうと決めた。
待ちの態勢に入った丈に琥珀は眉を下げると、心を落ち着かせるために息をこくりと飲み込んだ。
あのね……と緊張で乾いた唇を湿らせる。
「遅くなっちゃったけど……バレンタインチョコ…です…」
国民的チョコレート菓子、ポッキーを持つ手が揺れる。
「…バレンタインのこと…すっかり忘れてて……でも丈兄にはチョコを渡したくて…」
遅れたうえに普通のチョコレートになっちゃってごめんなさいと赤い顔のまま項垂れる。
謝罪の言葉とともに声も小さくなり、しゅんとした琥珀の頭に、ぺたりと下がった動物耳の幻が見えたような気がして、丈は目頭を軽く押さえた。
バレンタイン──。
丈からすればそんな日もあったっけ状態だ。
しかし琥珀にとっては大切なイベントだったのだろう。
「気にしなくていい…忙しかったのは知っている」
「…忙しかったのはそうだけど。14日になるまで私…ほんとに全然…すっかり忘れちゃってて──」
当日の局内の甘い雰囲気を浴びてようやく思い出したらしい。
確かに学生の頃から、琥珀は丈にチョコレートを用意してくれていた。…今思えば、その何年目からかは自分はちゃんと本命だったのかもしれない。
気がついてしまうと心が跳ねた。
「どうしよう…って悩んでたら、通りすがりの倉元さんがアドバイスしてくれて…」
「通りすがりの倉元さん?」
「私より少し年上の、捜査官なの」
「…そうか」
「それで…普通のチョコレートでも、遅れちゃっても…違う渡しかたをすれば喜んでもらえるって…言われて……」
琥珀の言葉がぷつりと途切れる。
代わりに頬が林檎のようにぽっと赤くなる。
ふたたび振り出しに戻ってしまった状態だが、しかしヒントは得られた。
琥珀がバレンタインのチョコとしてポッキーをくれようとしているということと、丈が手で受け取ろうとすると逃げるということ。
「………なぞなぞみたいだな」
「えっ?」
丈はポッキーではなく琥珀の手を取ると、掲げられたそれにかじっと食いついた。
「あっ」
ポキッ、とプレッツェルが割れて丈の口に収まる。
ぽかぽかと火照る琥珀の体温を教えるように軟らかくなったチョコレートが、とろりと口内に広がる。
ひと口でも十分に甘い。
噛み砕きつつ目で問うと、琥珀の表情は照れてはいるものの、喜色には少し足りない。
手ずからに食べさせてくれる…という渡し方ではないらしい。
「…不正解か」
「あっ……ある意味正解、だけど…ちょっと違うの……」
残りのポッキーも手を掴んだまま口へと運ぶ。
二口で完食して、空いた手に指を絡めれば頬をますます赤らめた。小さく竦めたその肩を抱き寄せたら…琥珀は嫌がるだろうか。
なすすべもなく丈の口元に見蕩れていた琥珀は、はっと我に返ると観念した。
「………じゃあ、その……正解を…いいます…」
菓子の箱からもう一本。
ポッキーを取り出した琥珀は、箱にも負けないくらいに真っ赤だ。
「丈兄、あのね……。わっ…わたしとっ、ポッキーゲームしてください…っ」
ぎゅっと気持ちを絞り出して告白する。
ポッキーを持つ手は声と同じように震えている。
チョコレートもますます甘く蕩けるだろう。
本当は…私も食べられたらよかったんだけどなぁと、困ったようにくしゃりと笑う。
「ハッピーバレンタイン、丈兄──」
そんな姿に惹き寄せられて、丈は琥珀にキスをしていた。
唇を静かに重ね合わせ、膨らみを舌でそっとなぞる。チョコレートの余韻も混ざって思考ごと甘くじんわり、身体の奥へと痺れがはしる。
微かに開いたそこから吐息が漏れた。
やわらかな感触をしばらく味わい続けたい。
ただこれでは手順が逆だったかもしれないと思い離れると、案の定、戸惑い潤んだ琥珀の瞳が丈に縋った。
「…。早かったか」
「っ………じゅ、…順番がっ……ちがうもん…っ」
「一本は食べたぞ」
「…ぅぅ〜っ………。い……、一本で…よかった…?」
もはや順番も目的もごちゃ混ぜだ。
せめて強がりのような上目遣いをして琥珀は虚勢を張ろうとする。
「ああ…一回だと足りない──…」
丈は菓子を取りあげると、琥珀の肩を掴んで寄せた。
唇を軽く押しつけ、鼻先が触れる。
続きを受け入れるきゅっと閉じた睫毛や、緊張を残してぴんと伸びる背筋に気がついて、丈はふっと口元を緩めた。
互いに触れられる関係になっても、琥珀は相変わらず琥珀のままだ。
方や喰種、方や人間だとしても。
この腕に隠れてしまう小さな身体を離したくない。
愛しむ気持ちを隠れ蓑にして、皮膚の下で欲が疼く。
「…ん…、…っ…」
眉を寄せる琥珀の呼吸を割って、丈は深く舌を挿れた。
開かせた唇を感じながら、つぅと溢れた唾液も舐めとる。もっと奥へ。身体を繋げたいと沸き立つ思いのままに腰を抱き寄せる。
そんな時、弱々しく袖が引っ張られた。
「…、っ………まっ…て──…」
「──…」
濡れた唇で短く呼吸を繰り返す琥珀が、待ってと掠れた声で懇願する。
潤んだ瞳を瞬かせる様がゆっくりと目に映り、今にも泣き出してしまいそうな顔が胸に押しつけられた。
飛び込んできた身体を抱き止めて、やっと丈も我に返る。
トクトクと打つ鼓動がどちらのものか分からないくらいに熱い。
衣擦れと、すんと鳴らした琥珀の鼻の音が響く。
丈の呼び掛けに頭を振って答える琥珀は、それでも離れようとはせず、幼子のようにしがみつく。
関係を深めることは避けても身体をくっつけるというのは如何なものか…。
「琥珀…」
「………」
しなやかな曲線を描く琥珀の腰から、丈は安心させるようにそっと背中へ手を移す。
それでも想いが減ることなどなく。
寧ろ逃しきれなかった熱がじくじくと身体の奥で増している。
丈は困ったと密かに息を吐く。
ふと気を紛らわせるために視線を移すと、原因となったポッキーが目に留まった。
…チョコレート菓子に罪はない。
が、あれは琥珀が帰った後、気持ちが落ち着いてから一人で食べようと思った。


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