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(7)end.

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装飾をじゃらりと鳴らしてウタの姿が屋上から居なくなると、途端に普段と変わらない光景が戻ってきた。
薄くやさしい色の空を背景に琥珀が振り返る。
なにかを言おうとした唇が微かに動いて、また閉じて。
意を決して吸い込んだ。
「………っ、ごめんなさい──」
白い手をきゅっと結び、正面から丈と向き合う。
押し黙る丈の気持ちを逃さずに汲み取ろうとして、緊張と不安に瞳が揺らぐ。
「なぜ謝るんだ」
「……丈さんに…内緒で、ウタさんと会ってたから…」
「………」
「ウタさんは…喰種だし、男のひとだし……」
「…。そういう気持ちがあったのか」
「そんなのないっ──…!」
言葉を遮るように琥珀は声をあげた。
だがウタへの特別な気持ちは無かったにしろ、誤解を生むようなことをしていたと琥珀自身もわかっている。
「……ウタさんとはお散歩のときにはじめて会ったの…。そのあとも…たまに会ったら、話をするようになって……」
琥珀の声はどんどん小さくなる。
「秘密に…してるつもりはなくて……。ときどきお話する、普通の…友だちだって思ってたから…」
「…時々、会っていたのか」
「──…」
顔もどんどんうつ向いてゆき、丈が言葉を発すると、ついに睫毛を伏せてこくりと頷いた。
「いつからなんだ」
「……私がCCGに入って…一年くらい、してから…」
「…そうか」
一度逸れてしまった視線はもう戻せず、拠り所のない手もぎゅっと結ばれたまま。
屋上だというのに二人を包む空気は重たい。
実際のところ微風のそよぐ空気は澄んでいるし、雲の少ない空だってのどかに晴れ渡っている。
重たくて息苦しいと感じるのは、互いの心に曇りを抱いているからだ。
丈は足を踏み出す。
そんな動きにも琥珀は敏感に反応した。
ぴくりと身体を揺らして、丈が前に立つとおそるおそる顔をあげる。
息を飲むように唇が動いた。
ごめんなさいと言いかけたのだろう。感情が顔に現れすぎるのが琥珀だ。
萎れた花のように頼りなく揺れる瞳や、情けなく下がった眉、悲しげに引き結ばれた薄桃色の唇を眺めていれば、その心は誰にだってわかってしまう。
丈は琥珀に触れようとして、静かに手を下ろした。
ぽそりと零す。
「……少しへこむな…」
ウタとは短い時間、顔を会わせただけだったが、丈に足りないものを琥珀に与えられるのだと思った。
大概の者と比べても、丈は口数の多い性質ではない。
これが自分の性格なのだから仕方ないと割り切っているが、時々もどかしく感じることもある。
琥珀は弾かれたように顔をあげて首を振った。
ただ伝えたい言葉が気持ちに追い付かず、おろおろと戸惑う。
戸惑って、最後にぎゅうっと丈に抱きついた。
丈が呼び掛けても強く首を振って離れない。
「──…。ずっと……ずっと、黙っててごめんなさい」
コートがぐしゃりとしわを作る。
「…ただの友人なんだろう。それならいい」
「………丈さんを…悲しい気持ちにさせたもの………」
伝え足りないぶんを表すように抱き締める手に力が籠る。
腰や腹、胸元をあたためる琥珀の体温を、丈は嘆息し、穏やかな気持ちで受け止める。
…士皇や四方からウタの存在を聞いてもやもやしたのは否定できないし、……琥珀の隣に立つウタを目にして苛立ちも結構覚えた。
丈が傍にいられなかった間にウタが琥珀に寄り添った時間があることを思うと、言葉の通りへこみもしたが…今はだいぶ落ち着けてきたと思う。
愛しい者の、知らない顔を知りたいという願望と、そのままでいいという受容とが心の裡に混在している。
ウタと話をする時、琥珀はどんな表情を浮かべているのだろう。声は。そこに自分の名が上がることもあるのだろうか──…。
「………。」
よく笑う琥珀の声を自身の耳で聞きたくて、その表情を今、間近に見たくて、丈はやわらかな琥珀の髪に指を通す。
うつ向いたままの頭をゆっくりと撫でる。
「琥珀」
「──…、」
しかし丈が呼んでも、琥珀はまだ返事を怖がって動こうとしない。
どうしたものかと考えながら、丈もまた、しがみつく背中に腕を回した。そういえば騒動の成り行きで上着も羽織らずに出てきてしまったが、琥珀は寒くはないのだろうか。
あやすように、ついでに温めるように丈は腕の中の小さな背中をぽんぽんと叩く。
しばらくそうしていると琥珀の頭が離れた。
やっと此方を向いた──と。
思うよりも早く琥珀は背伸びをした。
短く漏れた吐息が ふっ と唇を掠めて、ひと言を囁く。
再び丈の胸に頭を押しつけ隠れてしまった。
陽の光を受けてきらきらと濡れる焦げ茶の瞳も。
触れたと思ったら離れてしまった薄桃色の唇も。
一瞬の幻のように通り過ぎた。
けれど、腕のなかにすっぽり収まった熱いくらいの体温と、髪の隙間から見え隠れする仄かに染まった耳が、幻ではないと教えてくれた。


「──丈さんは先に行ってろって言ってたけど」
「そうだけど。ここ何日か、タケさんだけ別行動してから合流ってパターンばっかりじゃん。理由も言ってくれないし」
二人だって気になるでしょ。
そう言って士皇は薄暗い階段を上がる。
理界と夕乍は顔を見合わせて、昇ってゆく軽い足音に続いた。
本当なら0番隊は、この時間は訓練場に向かっている予定だった。
前の日も、前の週も、"黒山羊"に所属してからのルーティンだ。次なる作戦に備えて準備をしておくこと。それが0番隊の今の仕事でもある。
ただ、この数日は少しだけ様子が違っていた。
どういうことか班長の丈が一人で別行動を取っている。
"黒山羊"の打ち合わせや会合ならわからなくもないが、連日、隊を離れるというのは不自然だった。
言いつけを無視してこっそりと丈の後をつけてきた三人は、喫茶店に戻ってきていた。
丈の姿を探すが店にも部屋にもおらず、行く先は屋上に絞られる。
「──やっぱり琥珀のこと気にしてたんだ…」
先日、ウタという喰種と琥珀が一緒にいる光景を思い出して、士皇の進みがぐんと遅くなる。
「…士皇が"琥珀がタケさんに飽きた"とか言うから」
踊り場で士皇を抜き去った夕乍が手摺りを掴んで一段飛ばしに上っていく。
「ノリで言ってみただけだってば」
言い返す士皇のくるくる巻き毛を理界の手がぽんと励ます。
「琥珀はそんなに器用じゃないと思うよ」
「ぼくも…そう思うんだけど」
二人のあとに続いて士皇がのろのろと足を運ぶ。
コツ、コツン、コツコツ──…、
狭い空間に響いていた重なり合う足音が不意に止む。
「夕乍?」
理界の声が降ってきて士皇が顔をあげると、階段に貼りつくように身を伏せた夕乍が振り返る。
「…二人いる…」
「えっ…!誰と誰?確認は?」
「してない」
「なんで」
「……琥珀の…浮気だったらどうしよう」
「もーっ夕乍までっ…!」
「二人とも静かに」
合図を送る理界が、ゆっくりねと目配せをして、士皇と夕乍はこくりと頷いた。
狭い階段に互いに詰めあって身を屈めて。
屋上の床に到達する段に手をかけ、明るい屋外へそおっと顔を覗かせる。

穏やかに晴れた屋上には二人の姿があった。
ほんの一瞬──…
背伸びをして口づけをした琥珀が丈の胸元に頭を押しつける。ボリュームのあるコートに埋もれて収まる頭に、丈は何かを囁いているようだった。
しかし琥珀は顔をあげようとせず、丈はその身体を優しく抱く。
視線がこちらを向いたのはその時だった。
「──…」
覗き見をする子供たちに気がついて人差し指を口許へ当てた。
その一瞬だけ向けられた丈の目は、何事もなかったかのように琥珀へ戻り伏せられた。

「……"タケさんが何にもしないから"って。言ってたの士皇だよね」
「…まぁ、夕乍もそう言わないで。でも良かったね士皇。琥珀の浮気じゃなくて」
「………。」
「士皇?」
「……琥珀…キスしてたね」
「…士皇、顔が赤いよ」
「…夕乍だって赤いよ」
「…………。」
「いひゃい!ほっへた、のびひゃうよ──!!」
「…二人とも、邪魔にならないうちに帰るよ」


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