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「#エロ」のBL小説を読む
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(2)

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怪我の治りが早いこと。
喰種のそれは特性でもあり、強みでもある。
0番隊や丈が先の作戦で負った怪我が包帯から医療テープに格下げされる頃。
彼らはもう軽やかに動いていた。
「これで飯がアンテーキョウリュウだったら文句ねーけどな」
「安定供給、だ。確かに、地上に出ればいくらかマシになるかと思っていたが…食事の悩みは地下でも地上でもそう変わらないな」
多くの部下を従えるナキとミザは、彼らの要望を聴きつつも明るい答えは返せていない。
協力者である月山観母が人脈を生かしてかき集めてはいるが、喰種の食糧となる人間はそうそう落ちているものでもない。
「──医療施設からの回収と…、同様に繋がりのある葬儀社からも引き取り手の無い遺体を回させています」
「さすが、財閥トップは抜け目ねぇな」
「綺麗事だけでは世の中を生き抜けませんので」
経営者として行う完璧な社会貢献。
その裏には喰種であるという根本からの裏切りを抱えている。築いてきた資産は公表していたものばかりではない。
皮肉と感心の混ざったため息を錦が吐けば、観母もまたすべてを受け入れる瞳で返した。
会合のために広げられた資料から視線をあげたカネキが、もう一度頭を下げる。
「観母さんには感謝しています。月山の…グループを守る役目もあるのに、こちらにまで手を貸していただいて」
「息子が信ずる者に私たちも乗っただけのこと。少しでもお役に立てるならば。…ただ、長期ともなれば持たないでしょう」
「はい…それまでにはCCGとの話し合いの場を……必ず」
"黒山羊"の目的は人間との共存だ。
"駆逐"される対象から、"共に生きる"存在になるためには、人間への敵意が無いことを伝えなければならない。
現在のCCGを影から煽動する旧多にはCCGと"ピエロマスク"──人間と喰種、両方の駒がある。
前回の作戦では彼らの芝居に割って入り、"黒山羊"という勢力を世間に認知させたわけだが、旧多はさらに重ねて手を打った。
"佐々木琲世"を処分したと発表したのだ。
「旧多は…公言通りCCGのトップに就きました。ただ旧多のやり方は性急です。どうにかして、彼と別の意見をもつ捜査官との繋がりを取り付けられれば…」
「旧多二福。随分と厄介な人物のようですね」
「…彼について、何かご存知ですか…?」
カネキの問いに観母はしばし考え、嘆息と共に、多くはありませんと言葉を吐いた。
「彼は、何年も前に私共の参加していた"レストラン"にも顔を出していたようです。入り込めたのも"V"と呼ばれた者達の手引きによってでしょう」
「………」
「個人的に言葉を交わしたことはありませんが、過去の取引リストの整理の際に、気になる記載がありました。…彼自身も、"V"として表に出ない仕事を以前から行っていたのかもしれませんね」
言葉に耳を傾けるカネキの表情がわずかに曇る。
観母は言葉を続けた。
「先日の"ダミーのピエロ"に関しても整いすぎている帰来があります」
「…"ダミー"は…確かに厄介です。"喰種"への憎悪と恐怖を煽らせる」
先日の戦いには"ピエロマスク"をかけられた人間も混ざっていた。
マスクの下は物言えぬように唇を縫合され、身体にも爆発物を巻き付けられて、"ピエロマスク"の一員として使い捨てられた。
彼ら──人間たちを調達し、"それ"に仕立て上げるには時間も手間も掛かっただろう。
「遺体について…これは私たちの食糧を任せている者たちからの情報です。CCGから処理を依頼される遺体の中には身元不明のものも多くありますが、最近、唇を縫合された遺体があったと。これは"ピエロ"戦での犠牲者ですが、縫合痕は医療従事者の手によるものと思われます」
縫合痕は整っており、使用された糸なども関係者が手にする専用のものだったという報告だ。
冷静な声色で観母は語り、惨状を脳裡に甦らせたカネキが口をつぐむ。
肩を竦めた錦が代わりに続けた。
「"ピエロマスク"もグループとしてはそれなりにデケェけど、資源や組織力って意味では"V"、だな」
グループとして"ピエロ"は名が通っているものの、享楽的な集まりである彼らに謀略の色合いは低い。
「CCGの"人間"に、喰種に仕立てた"人間"を殺させる。 喰種なんかより"V"ってヤツらのがよっぽど凶悪な生き物なんじゃねーの?」
"V"の黒帽子に苦い記憶のある錦は、壁際に立つ丈に話を振る。
仲間たちの情報の交換を静かに聞いていた丈は、然したる異見もないと頷いた。
「かもしれないな」
「…肯定しちまうのかよ」
元・捜査官がと錦が大きく肩を落とし、暗い話題に沈んでいた場の空気がわずかに緩む。
カネキが"こちら"側に戻り、契機であったように様々なことが変化をした。
変化というよりも、隠されていた事実が浮かび上がってきたと表す方が正しいのかもしれない。
明確であったはずのCCGは歪みが露になり、喰種へ手を貸す人間もわずかながらに増えている。
今は微々たる協力者たちとの連携を深めること。
合言葉のように確認を行ない、会合は終了となった。


日付も変わって少し経った真夜中。
丈が喫茶店に戻ると、当然のことながら看板は仕舞われ、店の灯りも消えていた。
店から入れなければ裏口を使うように言われている。
ひと気のない道に立ち止まって、ふと視線を遣る。
ブラインドの下がったガラスに自身の姿が映っている。
この店が0番隊の拠点になって日も流れた。
CCGを離れ、仲間から追われる身になることを覚悟した時、もっと暗く、密やかで侘しい生活を想像していたものだが…。
「………。」
この温かな喫茶店の上の部屋で、隊のメンバーも琥珀も安心して眠っているだろう。
いつまで続けられるとも知れないこの暮らしだが、平穏でいられる間は彼らを休ませてやりたいと願う。
一度でも崩れてしまえば、二度と同じかたちには戻らないのだから。
車のエンジン音を遠くに聴き、冷たい空気を吸い込む。
そろそろ裏口へ向かおうかと丈が思ったその時、真夜中の通りにドアベルが響いた。
灯りのない店内からぬっと突きだした逞しい上半身。
営業時間外であるにも関わらずエプロンを着けた彼は、喫茶店の店員と呼ぶにはやや厳ついかもしれない。
「………」
「………」
しばし無言で視線を交わしたのちに、エプロンを着けた四方蓮示が「…入るか」と訊ね、丈もまた「…ああ」と答えた。
夜分になぜその格好なのか…丈が疑問に思っていると、「…店に出るときの習慣だ」と事前に返答が来た。
四方蓮示という人物について丈が知っていることは少ない。が、このように律儀な性格であることは知っている。
「…飲むか。コーヒー…」
カウンターの照明だけが朧気に照らす席を勧める。
「直にケンも戻る…出迎えのついでだ」
「………」
会合から戻った労いの意味もあるらしく、それならと丈もカウンターに着く。
四方を含めた喫茶店のメンバーも"黒山羊"の仲間だ。
店の管理を行う分、会合に出る頻度は少ないが、その中でも四方と丈はそこそこに言葉を交わす。
互いに口数が少ないという点に於いて気が合った、というのが最も大きな理由かもしれない。
…口数が少ないのに言葉を交わす頻度が多いというのも不思議な話だが。
丈は漂う珈琲の香りに目を伏せる。
このような静かな時間を置けるからこそ心地が良いと感じ、そして仕事とも離れた考えを廻らせることもできるようになる。
昼間、士皇が伝えた喰種の名が丈の頭に浮かんだ。
喰種として"黒山羊"内でも年嵩な四方なら心当たりがあるかもしれない、と。
どこか自然に考えた。
「…。四方蓮示」
名前のすべてを呼ぶのは互いの癖だ。
幾度目かの湯をフィルターに注いだ後に、四方が顔をあげる。
「ウタという…喰種を知っているか」
その名前にどんな意味があるのか、丈の手持ちの情報は皆無だ。(士皇は印象を総合して"悪そう"と言い表していたが)
そのため、四方の現した反応は意外だった。
「………。ウタに…何か用があるのか」
ひそめられた眉からは疑問に上塗りをした警戒と疑念が見てとれる。
「用というほどではない。…琥珀が親しくしてもらっている」
自身が喰種であれば、もう少し穏やかな反応だったのだろうかと思いつつ、丈は敵意のないことを含ませて窺う。
「こちらも挨拶をしたいのだが、知っているならどういう人物か教えてもらえないか」
「……。彼女に直接訊いたらどうだ…」
「訊いた。ただ、次にいつ会えるかはわからないと」
訊いたのは士皇からの印象だが、話を移す。
「この店には来ないのか」
「……最近は顔を出していない」
「何故?」
数時間前には琥珀と会っていたというのに。
「………」
滴がぱたりと落ちる。
ネルフィルターを外して、言葉の続きを待つ丈の手元へ珈琲を置く。
しかし答えたくない問であれば無回答も答えの内だ。
濃い薫りの立つ珈琲を静かに飲み終えしまっても構わない。丈は一口を含む。
戻したカップの黒々と揺れる水面を眺めていると、しばらくして「ウタは…」と声が落ちてきた。
「俺たちとは違うグループに属している。…今は店には現れない…」
「…。そうか」
話は終わりかと思ったが、四方は続けた。
「ウタは"ピエロ"のメンバーだ」
すっと、頭の隅から温度が下がるような、鮮明に涌き出でる冷えきった感覚を抑え込む。
"ピエロ"は丈が有馬の元で戦っていた頃からの因縁がある。
琥珀も同様に。有馬の元で戦っていたため、その名を耳にすれば思うところはあるはずだ。
…なにより先日の戦いで目の当たりにした、人間を楯に使うという凄惨な光景は忘れられるものではない。
「…ウタとは古い付き合いだ。だが…」
丈の思い浮かべるものから引き離すように四方の声が響く。
「今、アイツが現れても店には通せない…」
"黒山羊"と"ピエロ"の現在の関係を思えば当然かもしれないが、四方にとっては複雑な胸中だろう。
どちらかに一方に属するものが無ければ、今までと変わらず対面できていたはずだ。
彼女にも伝えるといい。と、四方は庇うことをせずに丈に言った。
「わざわざ会いに来るということは、彼女を気に入っているんだろう。…悪いようにはしないだろうが…」
「……"黒山羊"への敵対心があって動く喰種ではない…、ということか」
「…その点に関しては、そうだ……」
丈の言葉を肯定し、四方は片付けをはじめた。
「………」
四方にとっての有馬が仇敵であったように、"ピエロ"に属する喰種であれば捜査官にとっては厄介な存在だったはずだ。
しかし今、人間も喰種も、互いの過去に言及していては話は進まない。
無意識に丈は長い息を吐いた。
変哲もない尋ね人のはずだった。
琥珀が接しているのも、"ピエロ"としてではなく"只の喰種"としてのウタだろう。
しかし指をかけてみれば、引き抜いたカードは見事なまでにジョーカーだった。
現実のババ抜きでは生来の無感動なポーカーフェイスが役に立ち、丈は敗けとも無縁で過ごしてきた。
なのに今は道化の絵柄が鮮明に浮かぶ。
「("ピエロ"のメンバーか…)」
泣き笑いで人を惑わすその姿がふと丈の脳裡にきしりと軋んで留まった。
…いつだったか、"ピエロ"にからかわれたことがある。
整理のつかない記憶の中で、なぜか有馬の端正な顔が思い浮かび、思考を戻そうと丈が視線をあげると四方の重たげな二重とぶつかった。
「…」
有馬に討たれた四方の姉は、トーカとアヤトの母親だと聞かされた。
そのように認識して見れば、確かにあの二人と四方の目元は似ていると丈は改めて感じた。
考え続ける丈を気遣ってか、四方もまた、やや難しい顔をして考えているようたった。
古い知人として、ウタへは義理があるのだろう。
しかしそのウタが琥珀に会いに来ているとなれば、丈が抱く心配もわからなくはない。
新旧の付き合いの間で板挟みになりながら四方は、せめて何かを、とウタの情報を絞り出したらしい。
平子丈…と。次第に慣れてきた仲間の名前を呼ぶ。
「……。ウタは…モテるぞ」
「………そうか」
有益な情報とは言い難かったが、丈は深く心に留めた。


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