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(1)

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洗濯機の置かれた地下の物置きを覗いた。
次に喫茶店に顔を出す。
居住用に借りている皆の部屋を見回ってから休憩室へ。
彼女がいそうな場所を下から探して、上へ、上へ。
急ぎの用事ではなかったし、むしろ時間なら有りあまるほどに余っていた。
大人たちは次の作戦や情報の交換で小難しい顔を突き合わせている。自分も参加したいと手を挙げたものの、ハイハイありがとうねと簡単に追い出されてしまった。
まるで子供に対する扱いに少しだけムッとした。
けれど、次の戦いに備えておいてほしいと琲世に言われて引き下がった。
ならしょうがない、と。
会合への参加は諦めて、戦いに興味を持たない彼女の日常の仕事を手伝おうと思いついた。
「──あっ。屋上のドア、空いてる」
上階を仰ぎ、階段を昇る士皇の足取りが軽くなる。
彼女──琥珀が出掛けていないことは喫茶店の面子から聞いてきた。
理界と夕乍から、部屋には来てないとも情報を得た。
かくれんぼでもしている気分になりながら、次第に明るさを増してゆく空間を昇る。
外がよく晴れていればなおのこと。
ただ、以前に一度だけ。
その時は閉まっていた屋上のドアを開けた時。
タイミング悪く、少し背伸びをした琥珀と、彼女に手を添える丈の距離が重なっていた…という場面に士皇は出くわしたことがあった。
「(あれは……ちょっとびっくりしたけどさ…)」
二人が付き合っていることは皆が知っているし、琥珀が丈へ接する際、砂糖菓子もとろけるような甘やかな微笑みを見せることだってある。
ただ、班長として常時平静に自分たちへ指導を行う丈の方から琥珀に触れるという場面は、想像したことがなかった。
「(…タケさんの手が…琥珀の髪を……)」
頬も撫でていただろう丈の指は髪を絡めて。
やや屈んでうつ向いた鼻先は、琥珀のおでこに触れていた。
思い出して士皇は気まずく呻いた。
たったこれくらいを思い出しただけで、頬が熱い。
昇る階段の終わりが近づき、やがて屋上の床に視線の高さが到達する。
外にいる人物は琥珀だけか。
それともまた二人の時間に割り込んでしまうのか。
「…あれ──?」
士皇が階段にくっつくようにして手を置いてそっと顔を覗かせると、開け放たれた扉の外──屋上の正面奥に、探していた琥珀の姿が見えた。
そして、彼女と向かい合うもうひとつの人影。
それは士皇が見知った姿ではなかった。
全体的に黒色の服装をした細身の男だ。
黒い服の所々に鈍色や銀の装飾を重たげに纏い、琥珀と話をする横顔には過剰なピアスの数々が。首筋や手の甲には肌を侵食する入れ墨も見えた。
琥珀を見下ろす瞳もまた、人間とは異なる黒色だ。
「(琥珀と…知らない喰種…?)」
CCGを離反して"黒山羊"に付いた0番隊にとって喰種と会話をするのは、もう驚くことでも何でもない。
しかしいくら慣れたとはいえ、士皇たちが個人で喰種と行動をすることはほとんどない。共闘する関係ではあれど、あくまで目的が同じ方向を向いているからだ。
考え込む一時、士皇の意識が逸れる。
「(…あんな派手な喰種、お店でも見たことないよね)」
ここにいるということは士皇の知らない"黒山羊"のメンバーだろうか。
しかし次に目を戻した時、その姿は無かった。
「え……?」
まるで士皇の疑問が消失のスイッチだったように、黒い男の存在だけがその場からぽっかりと消えていた。
こちらに気がついた琥珀が「士皇君?」と顔を向ける。
「士皇君も、ひなたぼっこしに来たの?」
「僕は…、琥珀を探しにきたんだけど。……ねえ琥珀。今いた喰種は誰?」
訊ねなければ、はじめから此処には誰もいなかったように琥珀は振る舞ったのだろう。
咎めるつもりは無い。ただ士皇の口調は、意識はせずにだが硬いものになっていた。
広い場所に一人きりで取り残されたような寂しさを感じた。…琥珀のすべてを知っているような気がしていたから。
「今のひとは………ちょっとした知り合い、かな…?」
「ちょっとしたって?琥珀の友だちじゃないの?」
「友だち…っていってもいいのかな……あまり会う人じゃないんだけど……でも──…」
友だち、と呟くように反芻する琥珀の隣に士皇が並ぶ。
屋上の手摺りから周囲を眺める。
「あの喰種、ここから帰ったの?」
「うん。会う時はたいてい屋上だから」
来る時も同じよと、琥珀の瞳が指し示すように隣のビルを映す。
たいてい、ということは過去にも何度か会っているらしい。それは自分たちが"黒山羊"に身を寄せてからだろうか。それとも…、
「いつからの知り合い?」
士皇の質問に、琥珀の睫毛が伏せられ、
「それって変な人じゃないの」
わかりやすい棘を含む口調に微苦笑を浮かべた。
「下のお店も勧めたんだけど…悪目立ちするからって…。こっちの方が気が楽みたい」
店で会おうと勧めたこともあるらしい。
そんな親しげな話しぶりに士皇の表情はいよいよしかめ面に近づく。
「…ピアスとかアクセサリーとかじゃらじゃらでさ…入れ墨もしてるし。雰囲気、あぶなそうな感じだし、…それになんか…黒すぎだし」
思いつくだけ並べた不満は士皇の心配でもある。
最後にひねり出した「黒すぎ」という部分に、琥珀はそうねと、くすくすと笑った。
「でも、ウタさんはそういうひとじゃないから平気」
未だに収まらない笑いに口元へ指を当てる。
このように朗らかに笑う琥珀を、そのウタという喰種も見ていたのだろう。
「(あの喰種、ウタっていう名前なんだ)」
士皇が声をかけることを躊躇ったのは、二人の話の邪魔になるからではない。
ウタと話をする琥珀が、気を許す者に見せる柔らかい表情をしていたからだ。

「なんかもやもやするー」
部屋に戻ってくるなり屋上での出来事を訴えた士皇へ、夕乍の黒瞳が向けられた。
向けたものの、そのまま手元のトランプを切り続ける。
「ねえ!聞いてる夕乍っ」
「…聞いてるよ。琥珀だって大人なんだし、知り合いくらいいるんじゃないの」
「喰種の?だって、おかしくない?琥珀はずっとCCGにいたんだよ?」
「………」
夕乍は小さく眉を寄せる。
手の中で組ませたカードをアーチ状にして切りたいらしいが、手が小さいために上手くアーチが作れない。
理界が貸してと受け取って手本を見せると、カードは小気味良くしゅるしゅると音を立てて交ざった。
「琥珀が裏切ってたって言いたいの?僕らも今、"黒山羊"の味方してるけど」
裏切りという言葉の響きに士皇の勢いが削がれる。
今度は理界が穏やかに続けた。
「昔からの知り合いだったとしても別にいいんじゃないかな。琥珀の立場からすれば、そもそもCCGにいたこと自体が本意じゃなかったと思うし」
三人が0番隊に入る前から琥珀は有馬に所有された喰種だった。
半喰種という特性や、その他の状況を加味させて有馬が手元に置くと推し通した。
三人が知る琥珀は班のためによく動き、他の捜査官たちとの関係だって、多少距離を置かれてはいたが悪くはない。
…そうなるまでには苦労も辛い思いもあっただろうが。
「でも士皇が言いたいのはそういうことじゃないよね?」
「…。琥珀、タケさんに飽きちゃったのかなぁ」
「…本人に聞いたら」
こんな所でもやもやしてないで、と夕乍が半眼を向けると士皇は、だってさぁ!と息巻いた。
「二人は見てないからそう言うんだよっ。さっきの喰種、雰囲気もタケさんとは全然違うタイプだしっ。…タケさんがなんにもしないから…琥珀、わるい人に引っ掛かっちゃったんじゃないかって心配だもん」
捲し立てたかと思うと今度はへこみ、はぁーっと盛大なため息をはいた。
「…士皇」
「わかってるよ…琥珀に訊くのが一番だって。…でもしつこく訊かれるの、琥珀だってイヤかもしれないじゃん」
「うん。そうなんだけどね、士皇」
「琥珀っていつもにこにこしてるけど…なんか、他の喰種と話す時よりも仲良さそうだったしさ」
「………」
「前からの知り合いって言ってたけど、結構昔からなんじゃないかなって気がする……」
「CCGに在籍して以降の、数年来という感じか」
「へ…?」
芯の通った声が、平静な口調で士皇のもやもやした未確定な部分を補足する。
「うわーっ!!タケさんがいる!?」
「さっきからいたよ」
奥の続き部屋から出てきた丈は上着を手に抱えており、廊下に続くドアへ向かう。
理界が首を傾げる。
「丈さん、出掛けるの?」
「ああ。留守番を頼む」
「屋上の喰種のことは?琥珀に訊かないのっ…!?」
丈はふと足を止め、それから「そのうち」と士皇に答えると部屋を出た。
「そのうちって──」
パタンと閉じた扉の内側から納得できない声が響く。
話には参加していない丈だったが、少年たちの会話は賑やかしいために大体は聞こえていた。
「(喰種の名…ウタといったか…)」
覚えの無い名を記憶に留めて、丈は階段を下りた。


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