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ブランケットのゆうわく

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鍵を回す手応え。
やや重たい玄関扉のカラカラと開く音が耳を打つ。
暗闇の中で靴を脱ぎ、ついでにネクタイも引き弛めた。
寛げた首元から夜気が滑り込み、火照る身体を程好く収める。
同僚たちとの酒宴を終えて夜道を歩いてきたが、微酔いの気分がまだ続いている。
以前と比べて気を緩めるようになったからだろうか、自分でも最近は酔うことそのものを楽しめている…そんな気がした。
ふわふわと薄い膜がかかったような手触りの壁を頼りに廊下を進む。
奥の間に近づくと漂ってくる甘い匂いに意識が向く。
優しい陽の射す昼間も、静かな闇に沈む夜中でも、この一角は時間の流れが穏やかなのではと錯覚する。
誘われるように灯りの漏れる襖に指をかけた。
枕元を照らすランプに照らされて室内の輪郭が浮かぶ。
畳の上に揃えて並べられたぬいぐるみ。
天上から吊るされたモビール。
木枠のベビーベッドの中には小さな膨らみがある。
二つ並べて敷かれた布団の片方からも寝息が聞こえ、眠る二人にモビールの影が静かに添う。
声をかけようかと名が浮かび、ため息に溶けた。
「……たけさん…?」
もそりと衣擦れがして布団の中から声が漏れる。
おかえりなさい──…
寝ぼけ眼の琥珀が起きようとし、丈はやんわりと押し留めて布団の境い目に腰を下ろした。
「ただいま、琥珀」
「ん……おふろ……支度する……?」
「…一人で大丈夫だ」
「そう…?」
薄闇の中でふっと琥珀の吐息が漏れる。
ベビーベッドで眠る我が子の延長のような子供扱いがこそばゆい。琥珀は無自覚なのだろうが…。
幼子と接するうちに以前よりも増して世話好きになった気がする。
白い手を伸ばし、お疲れさまと丈の頬を撫でる。
「今日も…げんきだったよ。…いっぱい遊んで、いっぱい寝て。ミルクもたくさん飲んでくれて…」
「今はよく眠っている」
「ふふふ、今はね…。明日は丈さんも遊んであげて…」
囁くような琥珀の言葉があくび混じりにとろりとろりと連なる。
友人や琥珀の実家に頼ることもあるが、一人で子供の世話を行うのにはまだまだ不馴れで、神経も使う。
何かしらの手助けが出来ればと思う反面、母であり妻であるその姿が愛おしく思う。
丈は琥珀と名を呼んで、緩慢に返事をするこめかみに口づけをした。
布団に身を滑り込ませると、横たわる身体を抱き締める。
「…スーツ。しわになっちゃうよー…」
「…ん」
手探りにパジャマの間から手を入れると、あったかいと喜んだ。
「丈さん、ほかほか……お酒のせい?」
「お前は…甘い匂いがする」
「んっ……さっきまで、抱っこしてたから…」
臍のくぼみを撫でてそのまま上へ。円くやわらかな膨らみを手に収めるとぴくりと反応し腰が揺れた。
吐息を零す琥珀の唇に短く口づけをする。
「ぁ……、……わたし、途中で寝ちゃうかも…」
「寝顔を楽しむ」
「……丈さんのえっち…」
へんな寝顔見ちゃっても知らないんだからと琥珀は丈を受け入れた。
ゆっくりと重なり合うように肌を合わせ、零れる笑い声は口づけで塞いだ。
邪魔な服を取り払い、ゆるゆるとした腰の動きに水音が絡む。
太腿を開かせ、確かに奥へ沈んでゆく動きに琥珀は眉を困らせるも、丈は縋る琥珀の身体を閉じ込めてさらに深く、腰を押しつけた。
共有する熱は意識を心地好く蕩けさせ、気がついたときには寝息を胸に抱いていた。
カーテン越しに部屋は薄らと白みはじめている。
点したままの照明が、夜の名残のように消え入りそうな光を放ち、丈は布団からそっと手を伸ばした。
──…、
衣擦れに混じり、ぐずぐずと藻掻く呼吸を耳が拾う。
言葉にならない微かな声に、丈は呼ばれるように身を起こしていた。
その声が悲しまないように。
あるいは安心させてやるために。
下着を身に付け、ヘビーベッドの木枠の中から小さな身体を持ち上げる。
短い手足の動きに合わせて、柔らかな布地のベビー服に包まれた身体がもぞもぞと揺れる。
万が一にも落としてしまわないように慎重に。
丈は胸元に赤子を抱えた。
ひとつの動作にもまだ緊張が抜けないものの、だいぶ慣れてきたと思う。
何もかもが小さなつくりの顔を覗き込む。
「………」
抱えたままの指先で触れた頬は夜気に冷え、まるまるとした輪郭に手の熱を当ててやると「──…だぅ…」と声を漏らした。
「………寒かったのか──…?」
視線を合わせる丈に対して、焦げ茶色の大きな瞳がきょとんと瞬く。
「………。早起きだな…」
何かを話しかけても届いている手応えがいまいち掴めず、つい無言で接してしまうことが多い。
しかし琥珀から「たくさん話しかけてね」と言いつけられていることを思い出す。
早朝を指す壁掛け時計を眺めて、丈は赤子の身体を腕に抱えたまま布団へ戻る。
「……お前のお母さんは、もう少し寝かせてやろうな」
「…ぅー」
丈は自分用に敷いてある毛布を引き寄せる。
すると隣の毛布に埋もれた琥珀が身動ぎをした。
「……んっ、…ぅぅー…」
幼い我が子と同じ反応を示しながら、毛布から鼻先を覗かせた。
もぞもぞと目蓋を擦って、隣の毛布にくるまる丈と胸元の赤子に気がつく。
まず先に「…おきちゃった…?」と心配を向ける様子は母親然としており感心する…と同時に別の気持ちが涌き出てくる。
「少しむずかっていたが、今は平気だ」
丈の言葉に琥珀はほっと瞳を和らげると、それから身体に何も纏っていないことを思い出して顔を赤らめた。
「丈さんも……その……?」
「さっき下だけ穿いた」
「…あ、そう……」
胸元に毛布を引っぱって起き上がる。
「…交代するか」
「ううん。…そのまま抱っこしてて…」
母を求める小さな手に応えて笑いかける。
肩に落ちる髪を耳にかけて囁く琥珀は、今までに見た他の誰と接するときよりも優しい。
そんな姿を眺めていた丈は、毛布を広げ、琥珀の身体も腕の中に収めた。
「──だ…あー、ぅ……っ」
「お父さんにぎゅーってしてもらうの、好きだって」
「喜んで…いるのか…?」
琥珀はにっこりと笑って丈の頬にキスをした。
動いた拍子に肩から落ちた毛布を直してやる丈に自身もぎゅっとくっつく。
あたたかく柔らかな素肌がさらりと交わり、マシュマロか菓子のように滑らかで、もっと触りたいという気持ちにさせる。
胸に抱いた我が子のバランスを取りつつ、丈が琥珀の腰をしばらく撫でていると、琥珀は何かを言いたそうにちらりちらりと視線を向けた。
どうしたと訊ねると、あのね、と囁く。
「…このまま、お風呂入っちゃおっか…?」
三人で。
丈の機嫌を掬い取るように、すくりと言葉を零して肩を寄せる。
幸福の体温で満たされて。
三人が包まれる布団の中はほかほかとあたたかい。


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