×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



彼女は魔法使い

.
デスクで今日の仕事の流れを確認していると、琥珀がやって来て足を止めた。
「おはようございます。平子上等」
おはようと返すと琥珀はふわりと笑みを浮かべる。
琥珀とは同じ班だが、最近は赴く任務が別々ということが多い。
場合によっては何日も顔を会わせないことすらある。
そのために朝一番に会えたことは素直に嬉しく、また、仕事へ向かう気持ちが程好く和らいだ。
「………」
運の良いことに今は周囲に人が少ない。
少しばかり確認をして、俺は琥珀の髪を指に絡ませ、耳にかけてみる。
さらりと軽やかな髪にやわらかい頬。
ほんの僅かな感触でも安心を得られるような気がした。
琥珀は小さく驚いて瞳を瞬かせたが、じわりと滲む照れを抑えるように唇を結んだ。
同じように辺りを気にしてから上目遣いにこちらを見る。
「…びっくり…しちゃった…」
俺としては特に深い理由もない簡単な行為だったのが、琥珀にとってはそうではなかったらしい。
驚くことだったかと視線を返すと、「丈兄、普通の顔して突然そういうことするんだもの…」と琥珀はぶつぶつと唇を尖らせた。
しかし何かを思い出して、あっ、と声をあげる。
「丈兄…じゃなくて…。平子上等に、これを渡しておこうと思って来たの」
今の行ないのお陰か、琥珀も緊張を和らげた様子で俺の手を取る。
スーツのポケットから飴やクッキーやチョコレート、色とりどりの小さな菓子を取り出し、俺の手のひらに乗せていく。
「これと、これと……まだあるから待ってね…」
バランスゲームのように積み上げられる菓子の数々は、一体、琥珀のジャケットのどこに収まっていたのかという量だ。
「じゅうよん、じゅうご………ん、これで全部かな」
手の上にぎりぎりに乗っかった菓子を何事だろうかと考えていると、琥珀がぴくりと顔をあげる。
「あっ…もう来ちゃったみたい」
早いなぁとどこか楽しそうに呟く琥珀へ、趣旨がわからず答えを求めると、今度はにっこりと笑みを返された。
「平子上等からも渡してあげてね?」
「…琥珀、これは──」
これは何だ?か、誰に渡すんだ?か。
俺の言葉の続きは、どちらを選んでも正解になる元気の良い出局の挨拶に掻き消された。
「トリックオアトリート!」
「…おはようございます…」
「平子上等、おはようございます」
上着のフードを目深に被った士皇が部屋に入り、その後ろに眠たげな夕乍と、理界が続く。
「もー。理界も夕乍も、言おうって約束したじゃん」
「…約束はしてないし。"よし、やろう!うん!"って士皇がひとりで決めて頷いてたんじゃん」
「えーうそだぁ」
士皇は被っていたフードを下ろす。もしかしたら彼なりの仮装のつもりだったのかもしれない。
二人のやり取りに表情を柔らかくしながら、理界が琥珀にも、おはようと声をかける。
「琥珀、もしかして今日は僕らと一緒の任務?」
理界に訊ねられた琥珀は残念そうに首を振った。
「ううん、今日も他の場所…かな。でもみんなにお菓子を渡そうと思って。早めの出局」
「あっ、それ!今日はお菓子もらえる日なんでしょ?鈴屋特等に教えてもらったんだ」
「…なんで貰えるのかは知らないけど」
なんで?と問う夕乍に琥珀がハロウィンの説明をする。
その間に士皇が目敏くこちらの手のひらに乗る菓子を発見した。
「あっ、平子上等お菓子持ってる!…平子上等も琥珀にお菓子もらったの?」
「士皇、ハロウィンは子供がお菓子を貰うお祭りだって」
「そうなんだ」
「それに平子上等が食べるのはお煎餅だよ」
「あ、確かに」
「………。」
俺は煎餅専門というわけでもないんだが。理界の口調はやんわりと穏やかで、果たして訂正しても良いものか悩まされる。
まあそのままで良いかという結論に至り、俺は士皇を呼ぶ。
手のひらのお菓子の山を、まだ少年である小さな両手に零れないように乗せてやる。零れそうな分は胸元を使って士皇は抱えた。
「琥珀から、お前たちへのお菓子だそうだ」
「あっ…平子上等っ」
どうやら俺からという名目で渡させたかったらしい琥珀は、困ったようにため息をつき、しょうがないなぁと口許を緩めた。
生憎、俺も世間の行事には疎い。
そんな俺からのプレゼントでは説得力に欠けるだろう。
「全部もらって良いの?」
「ああ…」
三人で分けるようにと士皇の頭に手を置くと、きらきらした瞳がまた笑う。
士皇と夕乍、そして理界は口々に礼を言いながらデスクにお菓子を広げて頭を寄せ合う。
そこへ、琥珀が自身からの分として持ってきたお菓子も追加すると再び歓声があがった。
任務ではベテランの捜査官にも負けない働きを見せる三人だが、山盛りの菓子という魅力は有効らしい。
そしてそれを見る琥珀の眼差しも穏やかであり、今のこの時間は、仕事への思いを忘れられているのではないだろうか。
スーツを着ていても見て取れる華奢な肩が隣に並ぶ。
しかし…一つだけやはり疑問に思うことがある。
「あんな大量のお菓子をどこに仕舞っていたんだ」
琥珀はにっこりと微笑んで唇に指を当てた。


181001
[ 109/227 ]
[もどる]