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いわゆるアレが翼を授ける

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「平子君を元気づけたいって?」
CCGラボの主席研究員・地行甲乙博士…のキノコ頭が振り返る。
前髪に隠れた彼の目に映るのは、キャスター付きの丸椅子にかしこまった様子で座る琥珀だ。
定期的な検査と研究協力のため、琥珀は博士の研究室をたびたび訪れる。
その雑談として何気無く訊ねたのがはじまりだ。
「はい。最近、平子上等が班を任されたんですが…」
班長となって数週間。丈に大きな変化はないが、それでもたまに、少々疲れた様子が垣間見えた。
「次の作戦には私も同行するので…私にできること、なにかあったらと思って」
「うーん、そうだねえ」
地行はデータを書き込んでいたクリップボードからペンを離すと、魔法の杖のように振る。
「なら、琥珀君がエプロン姿で玄関でお出迎えして、"晩ごはん?それとも私?"ってやってみるとか」
琥珀の虚無の視線が突き刺さり、地行はクリップボードに隠れた。
「うん。…まあそれは冗談としてね」
「…本当に冗談だったんですか」
誤魔化した地行がササッと白衣をはためかせる。
すると手のひらにはカプセル状の錠剤が二錠。
「人間でいうならビタミン剤みたいなものなんだけど」
「人間で…?では、これは喰種用ですか?」
「若者が自分を元気づけるためにエナジードリンクとかサプリメントとか飲むでしょ。あんな感じかな」
「あの…私が元気になっても仕方ないと思うんですが…」
琥珀が上目遣いで窺うと、いやいやいや、とキノコ頭が揺れる。
「琥珀君は任務ではあまり積極的なタイプじゃないって聞いているよ?だから今回は、平子君のために一肌脱いであげたらどうかな」
「…平子上等のため…」
地行の指が、琥珀の手のひらに二粒を落とす。
「人間が使うものと差は無いよ。ちょっとした高揚感を与えるっていうだけさ」
生き生きとした地行の説明がはじまる。
しかし同時に琥珀のジャケットの中で携帯が震えた。
「好奇心で作ったから需要があったわけじゃなくて。ただ喰種は人間を食べることでどの部分からどんな栄養素を摂取してるのかって考えはじめると研究の幅が──」
「博士、あの──」
呼び出されたことを琥珀が身振りで伝えるが、資料を探して引き出しを漁る地行には届かない。
琥珀は迷い、錠剤をポケットに入れて椅子から立った。
「──とまぁ、効果もコクリアで実験済なわけだけど、君は薬が効きやすい体質だからカプセルの中身を半分くらいが丁度良いと思うからね……って、あれ?」
琥珀くーん?


組織に属している以上、異動や配置替えによるストレスは仕方のないものだ。
特に喰種捜査官の場合、現場での連携や相性が任務にも大きく響くために、常に気が抜けない。
[──タケさん、配置に付きました]
「了解──。合図まで待機」
新しく編成された班で掴んだ喰種の情報だった。
四人組で人間を拐って捕食していた内の、一体は既に駆逐済。もう一体はコクリアへ。
残り二体が今、夜闇に沈む雑居ビルの一室に居る。
「…わざわざ他班から応援を借りる必要なんてあったんですか?」
丈と共に身を潜める捜査官が低く笑いを滲ませた声で訊ねる。
捜査官一人を残して、正面からは丈を含めた三人が。裏口からは倉元ともう一人の、合わせて五人が中へと踏み込む手順だ。
丈は道を挟んだ向かいの屋上を仰ぎ見る。
「有馬班の馴染みか知りませんが…班長、少し慎重すぎやしませんか」
「…二体は共にCCGのデータに載る逃亡者だ。警戒をしても、し過ぎということはない」
「………、了解」
不満を隠さない返事を丈は気にせず視線を戻す。
丈は元・有馬班の所属で、大きな作戦への参加や、ベテランからの評価こそ高いものの、目立った功績はない。
なおかつ年下の班長という現状。
彼にとってこの異動は嬉しいものではないのだろう。
「…行くぞ──」
静かに作戦開始を告げて丈は狭い階段を上る。

向かいのビルの屋上で琥珀は手摺りに凭れ、気だるく見おろしていた。
事務所らしき部屋の窓には、入れかわり立ちかわり人影が映る。白いコートの捜査官。喰種。また喰種。
僅かにでも丈の姿が見えると心が跳ねた。
先ほど服用した薬のせいだろうか。驚くほどに気分が軽く晴れやかだ。
クインケの刃が月明かりを反射してきらきらと光り、血飛沫が窓に跳ねる。
耳を澄ませれば声が聴こえる。
──一体駆逐!残りが上に…!──
──道端は手当てに残れ。倉元、大山、来い──
どうやら一人が怪我をして一人が手当てに残るらしい。
しかし丈は無事らしく、琥珀はほうっと胸を撫でおろした。同時に身体がトクリと疼く。
普段なら任務へ抱く思いは不安が勝る。けれど今は早く動きたくて仕方ない。
後方支援ではなく、制圧に加わりたかったとすら思う。
間も無く屋上の扉が跳ね飛び、赫子をしならせた喰種が姿を現した。続いて丈と、
「倉元さんと、新人のひと──…」
琥珀は瞳を細めた。

狭い階段から屋上へ出た喰種は、振り向き様に鱗赫を振るう。
胴体にも劣らない太さの赫子の薙ぎを、丈は床にクインケを突き立て全身で防ぐ。
その間に屋上へと出た倉元と大山が左右から迫るも、僅かに一瞬、踏み込みの遅れた大山を喰種の赤黒い眼が捉えて嗤った。
「──穴見つけェ…ッ!」
それを巻き添えに跳んで逃亡を図る──。
瞬間、隣のビルから琥珀が棘を放った。
分厚い風切り音と共に喰種の膝を破壊する。
「倉元──!」
「了!」
驚きの表情で振り返る喰種の赫子を丈が切断。
倉元のクインケが心臓を貫き、屋上のコンクリートへ引き倒した。
ドサリと重たく骸が落ちて血溜りを作る。
「琥珀ちゃんグッジョブ──…、跳んだかと思ったわ」
向かいの屋上から跳躍した琥珀が降り立つ。
倉元に目で応え、吹き飛ばされた大山を助け起こす丈を見た。
「ちょっとヒヤっとしましたけど。大山サン、俺たち組んでまだ浅いですし、応援来てもらって良かったんじゃないスかね?」
「……、ああ…」
倉元の言葉に大山は曖昧に答える。
琥珀はぴくりと眉間にしわを寄せた。
丈と大山の二人の間に立つと、どこか挑むように大山を見上げる。
「な、なんだ…」
「……。万全の態勢だったら、あなたの太刀はあの赫子を刎ねられた?」
「なっ…」
大山が絶句し、倉元がひゅうと歓声を漏らす。
「平子上等は慎重すぎるとあなたは揶揄したけれど、もし私が呼ばれていなかったら?あなたこそ平子上等のフォロー、入れるの──」
「そこまでだ」
珍しく強い口調で意見する琥珀を引き離しながら、丈が「応援、助かった」と言葉をかける。
倉元は空気を取りなすように大山を連れていく。
「…琥珀、どうした」
「………。」
丈が訝しげな眼差しを送るも、琥珀の不満の表情は変わらなかった。

局へ戻る間も、何か我慢するように琥珀は無言だった。
ロッカールームでコートの下に着込んでいた装備を脱ぎながら丈が疑問を口にすると、しかし倉元は琥珀に同意した。
「琥珀ちゃんの気持ち、俺も何となーくわかりますけど」
「…どういうことだ」
「タケさん、班員のことで悩んでる感じだったんで」
黙する丈に倉元は軽く笑う。
そんじゃお疲れ様ですとロッカールームを出ていく。
「………」
自身でも意外だという気持ちで、丈は途中になっていた着替えの片付けを再開する。
しかしすぐ、控え目なノックの音で手を止めた。
今時分に此処へやって来て、しかも許可を必要とする者といえば彼女くらいだ。
「…琥珀か」
声を掛けるとドアノブが回り、琥珀が姿を現す。
「…ごめんなさい平子上等……さっきのことで、私…」
「気にするな。…倉元から聞いた」
琥珀が落ち着きを取り戻し、その原因が自身にあったことも判明して、丈は一先ず息を吐いた。
自分では、班に馴染むのも時間がかかると簡単に考えていたが、倉元や琥珀には気にされていたらしい。
「心配をかけた」
丈が手を伸ばすと、曇らせていた琥珀の表情は明るくなり、嬉しそうに身体を寄せて指を絡める。
「…ううん。今日は私を頼ってくれて…嬉しかった」
「お前が控えていたから余裕を持てた」
「ほんと?…お仕事で一緒なの、久し振りだったから…。私、もっとたくさん…丈兄の役に立ちたかったな…」
丈からすれば、琥珀はしっかりと役目を果たした。
班員への強い言葉も含めて、自分には難しかった部分を行ってくれたと思う。しかし…
「…十分助けられたぞ」
いつの間にか抱き合うほどに近くなった距離で、とろんと瞬く瞳が丈を見上げる。
「…そう…でもまだ……まだ、足りないの……」
丈の胸に置かれた琥珀の指が締めかけのネクタイを緩めて頬を撫でた。
胸を押すようにして丈を後ろの長椅子へ座らせると、そのまま膝に跨がった。
「…、着替えの途中だ」
しかし…この作戦のいつからだろうか、琥珀はどこか熱の籠った瞳を丈に向ける。
「…わたしが着替えさせてあげる──」
ぷっくりと艶やかな唇が微笑み、丈の唇に重ねられた。
甘く舌を絡められ、感触を愉しむ。
そのうちにシャツのボタンもぷつりと外される。
琥珀が腰を深く密着させれば、スカートが捲り上がりストッキングに包まれた太腿が露になった。
「…っ、……琥珀……、」
裾を直そうと丈が下を向くと、頬を掴まえられて、また唇を塞がれた。
琥珀の舌は丈の口腔を、歯列をちろちろとなぞり、上唇を食んでは美味しそうにうっとりと笑む。
「…んっ、…ちゅ……ふふ…、たけにぃ──…、…」
丈のシャツは大きく肌蹴られ、涼しさを慰めるように指が這い手のひらが温める。
「…ふっ、……っ…琥珀、…琥珀、待て──」
互いの唾液に濡れた琥珀の唇が、はふ…と吐息を零す。
とろりと彷徨う瞳が瞬き、微熱を宿した眼差しが丈を愛しげに見つめた。
「琥珀、…ここでは…駄目だ」
「どうして…? 」
もっと触れたいといわんばかりに琥珀は丈の胸に凭れ掛かる。
丈は思わず抱き止めてしまったが、いくら二人きりでも、ここでは誰かが入ってくるかもしれない。
これ以上できないことはわかるだろうに、熱に濡れた琥珀の瞳は丈を見あげる。
「わたし……だって、もっと……、丈兄と──…」
きもちいいことしたいの──
普段なら絶対に照れているであろう言葉を、蕩けそうな微笑みと共に唇にのせる。
胸を撫でる指先が焦らすように腹部へと下りる。
「…琥珀………っ、」
ベルトを越えて、その下の、布を強く押し上げる膨らみをゆるりと愛撫した。
丈の良識とは裏腹に下腹部は強く疼いている。
押し黙る丈の頬をくすぐるように吐息が触れる。
「丈兄だって……ほら…こんなに苦しそう──」
艶然と、それでいて丈を招き入れるような優しい声色で、琥珀は丈の腕を自らの腰に添えさせる。
互いの秘部が擬似的に絡まり合う。
前後にゆっくりと太腿と腰を揺らされ、敏感な其処はすぐに疼いた。
「…っ……ぅ、…」
「ぁっ、……ん……っ、」
睫毛を臥せて腰を動かす琥珀から丈は目を離せない。
「…丈兄、きもちいい…?……こうされるの、いや…?」
琥珀は快楽の中に窺うような表情を浮かべる。
「…誰かが…入ってくるかもしれない……っ、」
これ以上の誘惑を止めるべく、丈は最後の拠り所となる言葉を告げる。
けれど琥珀は丈の頬を撫でると、殊更に甘く含ませた。
「…さっき鍵を閉めたから──…」
だいじょうぶ、と。
吐息は理性を蕩けさせた。


結局、欲望に負けて琥珀を美味しくいただいてしまった後。
丈は床に転がり落ちた一粒のカプセルを見つけた。
琥珀が普段渡されているものとは違う薬だ。
疲労の眠気で夢うつつ状態の琥珀を問い正して、丈は翌日即刻、知行博士に返品した。
「…博士、琥珀に変な薬を与えないでいただけますか」
「うぅっ、ただの景気づけだよ〜…(無表情なのに目が怖い!)…でも…君のために頑張っただろう?彼女」
「………………、まぁ…」
「うんうんそれは何よりだ。(何で目を逸らしたのかな)」
「………。(あんな琥珀は見たことがない…)」
目蓋に鮮明に残るなまめかしい影に、しばらく丈は悩まされることになったが…知る者はいない。


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