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「#幼馴染」のBL小説を読む
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black-coffee break.

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すっきりと晴れた空の下を捜査官と喰種が行き交う。
憎しみ合っていた者たちが互いに言葉を交わし、同じ場所に立っている──。
個々にはまだ、わだかまりを抱くとしても、その光景は決して遠くない明るい先を予感させる。
そしてCCGの徽章を掲げる濃緑色のテントの下にも、一足先に捜査官と喰種の境界を取り払った者たちがいた。
会議のために寄せられた折り畳みテーブル。
並ぶパイプ椅子。
役目を一旦終えて、昼時の現在は空席が多い。
その片隅で、平子丈はポットから紙製のコップに、とぽとぽと珈琲を注ぐ音を響かせる。
「僕も珈琲いただいて良いですか?」
広げられた地図から顔をあげたカネキが声をかける。
「…。アイスコーヒーだが」
右から左へ。
注ぎたてのコップをカネキへ渡し、丈はもう一つ紙コップを取って珈琲をまた注ぐ。
ありがとうございますと、カネキがはにかんだ。
「僕が局を抜けた時…こんなにたくさんの人と繋がることができるなんて、思いませんでした」
時おり通りかかる見知った顔に微笑みかけて、コップに視線を落とす。
カネキが喰種となり、やっと見つけた口にできるものが珈琲だった。
喫茶店を営む芳村や、トーカや多くの喰種たちと親しくなった。生きていく術を教わった。
「…。過去のお前の行動が繋がったのだろう」
「僕は…助けられてばかりなんです。"黒山羊"もCCGも、ヒデが間に入って呼びかけてくれたから…」
「それも含めて、お前を助けたいと願う者たちが動いた結果だ。彼らの想いを、ただ受けとればいい」
「……」
「…何だ」
「あ、いえ…。琥珀さんも、平子さんのこういうところになのかなぁって」
「?」
カネキはつい、むずむずと相好が崩れそうになるのを我慢して珈琲を口に含んだ。
ひとくち。…好みの味に誘われて、もう一口。
気持ちを落ち着かせてから息を吐く。
カネキにとって…いや、カネキではなくとも、平子丈という人物はよくわからない。
知っているのは丈が有馬の部下であること。
彼に信頼されていたということ。
捜査官としての経験も長く、有馬の手助けをするように動いていたようだが、丈は自身について多くを話さない。
「平子さんがコクリアで助けてくれたのも、相当びっくりしましたけど」
「…」
「でも昔の僕を知る人たちと、琲世として親しくなった人たちと…どちらも失わずにいられる今は、ものすごく有り難くて……それに良い状態だと思うんです」
「──それは、こちらからも言わせてもらおう」
のそりと、明るい中に大柄な影が現れ、スーツ姿の亜門がテントへやって来た。
その後ろでは錦も笑みを見せる。
「ついでに、お前のあーだこーだ考えるクセも変わんねーなって、みんな思ってるぜ」
錦はガタガタとパイプ椅子を寄せ、「俺にも珈琲」と手を出す。
「あ、これアイスコーヒーなんですが…」
「動いてきたから丁度良いわ」
カネキは苦笑しつつ紙コップを取ると、亜門にも椅子と珈琲を勧めた。
「西尾先輩と亜門さんの組み合わせって珍しいですね」
「たまたまだろ」
「ああ。俺も休憩で寄っただけだ。…この身体になってから、喰種が喫茶店を好む意味を実感している」
「自販機の缶コーヒーも売り切れちまってんだよな」
「水と食料なら配給されているが、自販機の補充は後回しだろうな」
錦は肩を竦めた。
「喰種に対しては準栄養食品にしてほしいもんだぜ」
亜門も微かに表情を緩める。
カネキにも覚えがあるが、人間から喰種へ転身して、一番に直面するのは食料の嗜好という問題だ。
喰種が口にできるのはヒトの肉、水、そしてブラックの珈琲という程度。
特に珈琲には餓えを紛らわせる効果もある。
「以前は砂糖もミルクも3つずつ入れていたものだが…。Rc細胞は選り好みが激しいな」
亜門は紙コップの中で揺れる黒い水面を見おろす。
「3つ?…アンタ、ガタイに似合わねー甘党だな」
産まれた時から喰種の錦にとっては(まぁそれが普通なのだが)、砂糖もミルクも、珈琲の味を壊す不純物でしかない。
しかし人間がそれらで甘さを調節しているということは知っている。
3つという分量が一般的に多いことも。
重ねて「似合わねー」と呟いた。
それを見ていたカネキも、あれ?と声を漏らす。
「そういえばアキラさんは辛党ですよね」
現在、亜門と行動を共にするアキラは、辛いカレーを好んでいた。
二人が捜査官として組んでいた頃の様子は知らないが、正反対の好みは、二人の性格の違いのようでもあり興味を引く。
「激辛党だ。だが甘いものも好物だそうだ」
「どっちもですか…」
「あー…貴未も言ってたな、ソレ。アジア料理食いに行ってスパイス追加するくせに、デザートのアイス二種類で迷った挙げ句、両方注文するとか」
「見覚えのある光景だ………アキラもやっていた」
「なんだかんだ言って結局食うんだよ、女は」
「頑張っている自分へのご褒美だと」
「それな」
はぁーーーー…。
合わせたようにため息を吐く錦と亜門。
カネキの脳裏にも「選択肢に上ったデザートは皆愛でようぞ!」派である、米林才子という第三の影が浮かぶ。
が、そっと静かに記憶の蓋を閉じた。
「色とりどりのデザート類は確かに女性が好むものですよね。…トーカちゃんもケーキを食べてみたいって言ってたし」
そういう甘いものへの憧れもあるのだろう。
カネキの抱くトーカ像は、しっかり肉を食べる健康的なイメージが強いのだが、やはり女の子なのだ。
騒ぎが落ち着いたら、材料は限られるものの彼女が望むものを作ってあげたいと思う。
カネキの言葉を聞いて錦が「ケーキねぇ…」と頬杖を着く。
「つっても俺らが喰えんの、基本たんぱく質だぞ」
「肉を焼く、蒸す、煮る、揚げる……生でも赤系か内臓の色ですしね」
「ガチで考えはじめたな」
ぶつぶつと思案をはじめるカネキを横目に、今度は亜門が何かを思い出して、丈へと顔を向ける。
「平子上等。君塚は…彼女は確か料理が得意だと聞きましたが──」
自身の食事も何か工夫をしているのでしょうか。
亜門はそう訊ねようとして、さりげなくこの場を去ろうとしていた丈を発見した。
「平子上等……」
「…ポットが空になった。片付けてくる」
「いやいやいや、待て?ちょっと待て、平子サンよ。普通に今、フェードアウトしようとしてたろ。んで帰ってこねーつもりだったろ」
錦は身を乗り出して、ポットを自分の側に引き寄せる。
「捜査官と喰種ってのでもう普通じゃないからな。後輩たちも知りたがってるみたいぜ、色々と」
「………」
ポットを挟んで視線を交わす丈と錦。
その横で見守るカネキと亜門も、好奇心を宿した眼差しをしている。
「ええと…僕も捜査官だった頃は、平子さんとお話する機会もなかったですし…。気になります」
「………」
「自分も同じです。平子上等、保存したい食糧を入れる冷蔵庫はやはり分けた方が良いのでしょうか」
「アンタいきなり質問濃すぎじゃね?」
「いや…衛生的にもどうなのかと常々思っていてだな」
「真面目か」
「…生肉と同じ扱いで良いのではないかと俺は思うが」
「ってコッチも答えんのかよ!」
ツッコミが足りねー!と錦が額を押さえる。
「まぁまぁ先輩。 ヒトにとって生肉の扱いは注意しないとですし」
「…お前が言うとややこしいんだよ…」
カネキは元・人間というややこしい属性のため、従って会話の流れもややこしくなる。
「…ま、その点に関してはカネキとトーカ…お前らは喰種同士で困ることも無いけどよ」
「貴未さんだって、僕たちの食事には慣れてるっていうか、理解があるんじゃないですか?」
「同棲はしてねーし。そもそも俺は外食派」
「でももし、貴未さんと暮らせることになったら?」
カネキに言われ、錦は学生だった頃を思い起こす。
地域の治安も悪くはなかったが、家賃の安いアパートだった。余分な食糧を家に置いておけば、ばれる可能性だって無くはない。
だから、その都度殺して喰っていた。
以前はそのように暮らしていた。それが普通で、殺して喰らうことに何を感じることもなかった。
しかし今は、身分を明かすことになり、人間たちと深く繋がりを持つことになった。
…そしてもし、この先…恋人とも一緒に暮らせることになるのなら…。
「………。分けんじゃねーの、冷蔵庫」
「投げ槍ですね、先輩」
「ケッ」
照れのような、喜びのような、期待のような。
むずむずとする感覚が錦の胸を疼かせる。
「捜査官のせいで妙な流れになっちまったじゃねーか」
「俺はただ生活について訊いただけなんだが」
「亜門さんも、アキラさんを大切にしてることがわかりましたよ」
「お前を相手にする時には、話しすぎないように気をつけなければならないな」
微苦笑を零す亜門にカネキも笑う。
「ひどいなぁ…。でも聞き出せない人だっていますし」
錦にポットを奪われて以降、諦めて話を聞いていた丈に三人の視線が集まる。
「…。琥珀と生活を共にしていても、特別に気にする事柄もないが」
「…その特別じゃないってとこ訊いてんスけど」
逆に、普通に過ごしすぎて、人間と喰種が共にいて感じるはずの違和感も差異も平らに均されてしまっているらしい。
せめて何か聞き出そうと、カネキが身を乗り出す。
「例えば…こう、琥珀さんは喰種だからこうなのかなー…みたいな違いとか。平子さん、何かありませんか?」
「………」
力の籠る瞳を向けるカネキに、錦と亜門も答えを待つ。
丈は無言で、やや下を向くようにしてじっと考える。
何かとは…。
何秒かそうした後に、ふと動いた。
「……。実家から送られる歳暮の瓶ビール──」
「あ?ビール?」
「先輩、しーっ!」
「──平子上等、瓶ビールが何か…?」
カネキが錦を静かにさせ、亜門が速やかに促して。
丈が答えた。
「琥珀が指で開けられるのは便利だと思う」
「期待した俺らがクソだった」
「平子上等、そこは栓抜きを……いや、君塚もそれで良いんだろうな…」
「なんていうか、二人の晩酌は楽しそうですね…」
カネキの言葉に丈は「そうだな」と頷く。
すっきりと晴れた青空の下。
どこかで鳥が鳴いている。
「ったく、何の参考にもならなかったぜ」
椅子から立った錦が背筋を伸ばす。
「みんなそれぞれ、感じることや悩みも違うでしょうし」
カネキも広げていた地図や資料をまとめる。
「同意だな」
亜門も椅子から立ちあがり、錦も紙コップをゴミ箱に落とした。
「まぁ久々に旨い珈琲も飲めたし、どっちの意味かわかんねーけど、気ィ抜けたわ」
「自分も、少し休憩にと立ち寄っただけですが… このポットの珈琲、旨かったです。インスタントですか?」
錦に奪われていたポットを引き寄せる丈に訊ねる。
「琥珀が会議の前に置いていったものだ」
先ほどの「片付けてくる」というのは、ポットを琥珀に返してくるという意味だったのだろう。
…あの時、行かせていたらやはり帰ってこなかっただろうが。
「アキラに教えてもらって以来、この種類がお気に入りになったそうだ」
「アキラに?」
「なら、亜門さんは飲んだことあるんじゃないですか?」
「それは…」
そうなのだろうか、と考えはじめる亜門の横を錦がにやりと笑って通り過ぎる。
「その身体になって、だいぶ味覚も変わっただろーし。意外と飲んでたのかもしれないぜ?」
本人に聞いてみろよ、とテントから立ち去る。
丈もポットを持って出ていく。
「今まで飲んでいて何故気づかないと一笑に付されそうな気がするが」
「これからは一緒に味を楽しめますよ。亜門さん、僕たちの鼻赫子を信じてください」
「鼻赫子?」
聞いたことがないと亜門は口許を緩めて立ち去る。
やがて背中は遠くなり、行き交う者たちの向こうへ紛れた。
青空の下、ひとり残されたカネキは腕をあげて大きく伸びをした。


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