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黒耀石の夢

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本当に良いのか──。
丈がそう訊ねると、琥珀は頬を赤らめて静かに睫毛を震わせた。
それは、友人や仲間たちに見せる日向のような笑顔ではなく、密やかな熱を孕んだ女性の顔だ。
「…平子さんこそ、本当にいいんですか──…?」
ここは"黒山羊"のお腹の中。
貴方を掴まえたのはこわーい喰種。
唄うように読みあげて丈の頬に手を添える。
24区の地下深く。
喰種も、地上の"白鳩"も寝静まった夜と朝の境目だ。
丈は琥珀の手を取ると、答えの代わりにキスをした。


丈が琥珀と出会ったのは真昼時の喫茶店「:re」だ。
出会いというか、気配というか。
ちらっ…。
「?」
ぱっ。
「………」
じー。
「?」
ばっ…!
「………」
気配はするのだが、丈が振り返ると姿は見えない…。
店内には丈の他にも、店番の四方や、今後の方針について相談中のカネキやアヤト、何となくカネキの顔を見に来た月山などもいた。
しかしいつの間にか店に入り込み、丈に熱視線を送るフード姿の影について知る者はおらず、皆一様に見守る状態だった。
(特に害もなさそうだし、丈も何も言わないし…というのが心の中での総意だった)
そして数分後。
「琥珀…お前、アジトに居ないと思ったら、ここへ来ていたのか」
「あっ…」
呆れを含むミザの声で、やっと奥の扉から出てきたのが琥珀だった。
カウンターで珈琲を飲む丈が形しか確認できなかった影を、店にやって来るなり見抜いた"刃"の首領の動体視力は流石だと皆が思った。
「……俺に何か用事でも?」
丈に質問をされ、琥珀と呼ばれた少女はフードを外す。
細い指をもじもじと合わせて「…すみません」と赤い顔を俯かせた。
伏し目がちなその顔に、丈は見覚えがあった。
「…平子さん、その……先日の"ピエロ"との戦いでは助けて頂き、ありがとうございました」
「…。」
ぺこりと下がる琥珀の頭を、丈の視線が追いかける。
ミザが、ああ、と気がついた。
「お前が気にしていたのは隊長のことだったか」
「…気にしていたとは」
「いや…、0番隊の捜査官に気持ちを伝えたいからドコへ行けば会えるかと訊かれてな。この店を伝えておいたんだが…」
まさか昨日の今日で押し掛けるとはとミザが零す。
「そもそも用があるのも、取っ付きにくそうな隊長じゃなく、隊員の方だと思っていたしな」
「………」
先日、"黒山羊"のお披露目も兼ねた派手な作戦が行われた。
"黒山羊"に"白鳩"、そして"ピエロ"の入り乱れた戦闘は予想よりも激しい攻防となり、互いに少なくはない死傷者を出していた。
「"白鳩"の新手に私が苦戦していた時、平子さんに庇ってもらって、それで……」
琥珀の説明で事情もわかってきて皆の表情にも納得の色が滲む。
特に月山などは、捜査官と一人の喰種の邂逅という明るい話題に、「平子君も馴染んできたようだね」と鷹揚に頷いた。
しかし次の言葉に店内の空気が固まった。
「私、貴方に…平子さんに一目惚れをしてしまいました」
お付き合いしていただけませんか、と。
ストレートな告白に店内の空気がふわりと沸いた。
唐突な春の訪れに充てられてミザがくらりと倒れる。
慌ててカネキがミザを撤退させ、アヤトが仕方無さそうにメニュー表で扇いだ。
「………」
「…平子さん、あの……」
「………」
「私は喰種です…でもっ、私は──」
「いや…、喰種だからというわけでは無いんだが…」
ならどうしてと問う琥珀の瞳に、丈はやや思案をしてから答えた。
「互いの立場ではなく、そもそも俺は…君のことをよく知らない」
続けて告げる。
「一目惚れをしたと…君は言うが。…混乱を極める戦場で助けられれば、強い恩を感じるのも自然な気持ちではないだろうか」
どこか穏やかに諭す声色で、丈はゆっくりと琥珀に伝えた。
それは短くはない月日を捜査官という立場で戦ってきた丈が、自分よりも若い、少女ともいえる齢の琥珀に教えて聞かせる声色だ。
恩はあくまでも恩であり、恋ではないと。
琥珀は丈の言葉をじっくりと聞いた。
聞いた上で含めるように呼吸をする。
丈を見上げ、「それでも」と柔らかくはにかんだ。
「きっかけは恩だったかもしれません…。でも、今抱く気持ちは…なんていうか…、間違いなくドキドキなんです」
また頬に赤みがさして、琥珀は隠すように手を当てた。
「ああ、もう私…ドキドキとか言っちゃって…ごめんなさい、ちょっとだけ待ってください……」
自分を落ち着かせるように呼吸をし、言葉を詰まらせながらも懸命に紡ぐ。
その熱が伝播して、丈も困惑のような照れのような気持ちが涌いてきたが、琥珀がまだ伝えようとしているため、言葉を待つ。
むしろ、同じ空間で聞いているカネキとアヤトの方が、気恥ずかしさ故にこの場を立ち去れずにいる。
(四方ははじめから真顔だが、目の前の甘酸っぱい展開に動揺しているのか一つのカップをずっと拭き続けている)
「もし、何年もして…後から思い出したら…この気持ちは、全部が全部、恋心じゃなかったかもしれないって…思うかもれません。でも──」
結局、公開告白のような形になってしまったが、琥珀は赤い顔のまま、きゅと手を握り締めた。
「今の私が、平子さんに…伝えておきたかったんです」
「…。なぜそこまで…?」
「それは……地下の喰種は獲物も少ないし…あんまり長生きしないから。早く相手を見つけて子供を作れって…私は"刃"じゃないけど、親に言われたことはミザと同じで…」
「…。」
「あっ!違うんです、私は別にっ子供がほしいとかっそういうのじゃなくてっ…ああっ、何言ってるの、私──」
とにかく!と琥珀は大きく手を振った。
「先のことはわからないからっ…今の気持ちは、ちゃんと今、平子さんに伝えたかったんですっ…」
「…俺が良い返事を返せなくてもか」
「返せ……、うぅっ…なくてもっ」
丈の返答にショックを受けながらも琥珀は首を振る。
その一途さは大人には些か眩しく、そしてまた愛しい。
赤い顔を隠すようにフードを寄せて切なく唸る琥珀の頭に、丈は慰めるつもりで手を伸ばしかけ、けれど、思いを留めた。
琥珀の気持ちはいっときの憧れだろうと。
新しくできた後輩に懐かれたようなものだ。
しかしこの日以降も、事あるごとに琥珀はやって来た。
影から覗くのではなく、ちゃんと丈に姿を見せて、ちょこんと側に居座った。
琥珀が側に来ることは、丈にとってはじめは戸惑いだったが、いつしか日常となった。
琥珀が寄り添う時間は心地好く、恐らく手を伸ばして触れてみれば、さらに愛おしくなるのだろう。
しかし丈はそうしなかった。
この気持ちは、ただの親しみだと。


数週間後。
CCGの増設部隊により多くの喰種が狩られ、"黒山羊"も地下への退避を余儀無くされた。
難民と化した喰種たちは地上を追われて、最低限の荷物を携えて地下へと降りた。
静かな混乱と恐怖。
足りない物資に喘ぎ、ひしめく喰種たちの中に、丈は琥珀の姿を見つけた。
琥珀もまた、仲間に声をかける最中に、丈を見つけた。
見つけて、ひらこさん、と唇が動く。
ぼろぼろと涙が零れ、くしゃりと顔が歪む。
その時、丈は何を思う間も無く琥珀の元へ行き、濡れたその頬を拭った。


逃げてきた者たちがめいめいに居場所を見つけて寝静まった頃。
丈と琥珀も静かな小部屋に身を寄せた。
0番隊の三人は月山たちと共にいる。
地下で彼らから目を離すのは幾らかの不安もあるが、今は琥珀の側にいることの方が必要だと思えた。
荷物を下ろし琥珀に毛布を羽織らせて、二人は並んで床に座る。
「…平子さんも…地下に来ちゃったんですね…」
ぽつりと琥珀が呟く。
「王様を…カネキさんを助けるためですか…?」
「…それも目的の一つだ」
「…。物好きなひと。…喰種の味方をしても、良いことなんて何も無いのに」
ふっと漏らしたため息が虚空に溶ける。
ぱたりとまた涙が頬を転がり、琥珀は「ごめんなさい…」と拭った。
しかし逃亡の緊張と恐怖までは拭えずに身体が震える。
丈は琥珀の背に手を添えた。
「…逃げてる途中で…もう駄目かなって思いました。ずっと…っ、怖くて……死んじゃった仲間の顔も思い出して……平子さんにも、告白しておいて良かったなって、思って……っ」
「………」
「…でも、また会えるなんて……今も信じられない…」
私、本当に死んじゃってたらどうしよう──。
涙を拭う琥珀の頭を丈は抱き寄せた。
手の温かさも、身体を包む感触も、確かに琥珀に伝わるように。
これは死者の見る夢などではないと、震える頭をゆったりと撫でる。
「…喰種の側に付くことでの利益を考えたことはない…だが、」
俯く琥珀の額に、自身の額を乗せた。
「君に好いてもらえたのは…此方側で戦っていたからだ」
おずおずとあげた琥珀の顔には戸惑いと驚きが混ざり合う。
「それは、良いこととはいえないだろうか…?」
ぱたりぱたりと落ちていた涙が止まる。
その柔らかな髪に、丈が鼻先を埋めて唇を寄せると、頬もほわりと色付いた。
琥珀はゆっくりと丈の胸元へ手を添える。
胸に灯る想いの続きを求めるように、唇を震わせた。
丈が「良いのか…」と訊ねると、琥珀は美しく微笑む。
「…平子さんこそ、本当に…いいんですか…?」
唄うように囁く。
ここは地下だと。
喰種の私が、貴方を欲しても良いのかと。
微笑む瞳の端に溜まった涙が、また落ちる。
深く甘く、丈は口づけ、琥珀をゆっくりと床へ倒した。
互いに身体をなぞり、服を捲り肌を合わせる。
琥珀の白い膨らみが外気に晒されると、恥ずかしさを思い出した琥珀の手が丈の胸を押し留める。
けれど丈は動きを止めない。
琥珀の脚の間、薄い下着越しに割れ目を撫で上げ、ついにはその中へと指先を挿し入れる。
「……ぁ…っ、……ん、…んっ──…」
濡れはじめた蜜壺を、丈の指は水音を立ててゆるゆるとほぐす。
腰を浮かせて悶える琥珀の赤唇を食んで、嬌声すらも舐め取った。
しばらくして琥珀の其処から蜜が伝わると、丈は力の抜けた太腿を開かせ、硬く勃ちあがった竿を押し挿れた。
破瓜の痛みに眉根を寄せて堪える琥珀を宥め、馴染ませて、そしてゆっくりと腰を動かしはじめる。
「…っ、……ひらこ、さ……」
「…琥珀…」
「──…、っ……」
堅く閉じようとする身体を抱き止めて囁く。
「…ここにいる……」
はじめての苦痛から、やがて抗えぬ快楽へ変わりゆく最中、チラチラと琥珀の瞳に赤と黒が煌めいた。

穏やかな微睡みの淵で琥珀は告げた。
私の気持ち、やっぱり勘違いじゃなかったです、と。
丈からの返事を聞いた琥珀は嬉しそうに黒瞳を細めて眠りにつく。
丈も琥珀を抱き寄せると、優しい鼓動を感じながら目を閉じた。


その後、地下で暮らす日々も、地上へ戻ったあとも。
丈の傍らには琥珀の姿があった。
フードを脱いで落ち着かない様子の琥珀の頭を撫でてやる丈の姿も。


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