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30センチ遠距離恋愛(後)

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はじめは縮尺の違いに戸惑っていた丈も、夕食の片付けをする今では、すっかり馴染んでいた。
台所の高さや椅子の重さに苦戦したのも遠い記憶だ。
「琥珀」
「はーい」
無表情に…というか平静に、且つ少しだけ得意気に。
琥珀の隣でキュッキュッと皿を洗う。
折りたたみ式の足場に乗って。
「(………かわいい……)」
足場は、高い位置の物を取るときに琥珀が使うもので、普段の丈であれば必要無いものだ。…もしかしたら今日はじめて乗ったのではないだろうか?
「…琥珀?」
「あっ、ううん」
なんでもないと首を振る琥珀を余所に、丈は濡れた手を拭いて足場から降りる。
足場を持って、今度は琥珀の反対側に移動した。
布巾を片手に洗い籠からコップを取り出す。
「あとは私一人で平気だよ?」
「…」
食事の片付けとはいっても、ほとんど丈の一人分の用意しかないので簡単に済む。
二人で拭いたならそれはもう、瞬く間に。
丈は拭いた食器を仕舞い終えると、早々と足場も片付けてきた。
琥珀は食後のコーヒーを淹れるために粉を探す。
しかし引き出しを見ても開けかけの袋が見つからない。
「あれ?」
「どうした」
「…コーヒー、切れちゃったみたい」
「ああ。それなら上の棚に予備が──…」
二人の目がほぼ同時に高みを仰ぐ。
「………」
丈は黙ってもう一度足場を取りに行こうとした。
すると琥珀が突然、丈の身体をぎゅっと抱き締めた。
「丈兄、手伝ってっ」
「?」
丈の身体をくるりと自分に向かせて、琥珀は丈を抱き上げた。
丈の目線は一瞬にして高くなり、腰と尻の下を支えられながら手を伸ばすと、丁度よく棚に届いた。
「袋、取れたぞ」
「ありがとう」
琥珀がにっこりと笑う。
昨日から…約一日振りに、丈は琥珀を見下ろしていた。
本当ならば、この高さこそ正しい位置なのだ。(少しだけ高いかもしれないが)
琥珀の温度を、腹で、脚で感じる。
丈は片方の手を琥珀の肩に置き、掴んだコーヒーの袋は自分と琥珀の間に挟むように乗せた。
「丈兄?」
不思議そうに丈を見あげる大きな瞳。
「………」
琥珀の前髪をよけて、丈はおでこにキスをした。
大きなの瞳がぱちりと驚き、頬がぽっと染まる。
流れる髪を耳にかけてやれば、そこも仄かに色付いていた。
「……と、突然すぎ………」
恥ずかしそうに唇を噛む琥珀は決してお姉さんなどではなく、いつも丈が見下ろしている琥珀だった。
「いつものお前を見たかった」
「…私、いつもと違ってた?」
「少しな」
む、としたように琥珀は上目遣いで丈を見返す。
丈兄をお世話するのが楽しかったの、と唇を尖らせる。
「男の子だって思ってたのに。丈兄は…やっぱり丈兄ね。急に男のひとの顔なんてして」
「がったりしたか」
「…ううん」
ゆっくりと丈を下ろすと、琥珀は膝立ちになって目を合わせる。
「私は、どんな丈兄だって好きなんだもの」
いつもの丈よりも、ややふっくらとした子供の頬に、琥珀は頬をくっつけた。


「(身体の大きさに体力も比例するのかもしれない…)」
と。
丈は、うつらうつら眠気が迫る頭で思った。
洗面所から聞こえるドライヤーの音が止んだ時、ついに丈の限界がきた。
ソファーであくびを噛み殺すしぐさを見つけられて、風呂から戻った琥珀からは苦笑が漏れる。
小さな手を引かれるままに丈はベッドに潜り込んだ。
「……明日には──…」
戻っているだろうかという丈の言葉は思わず詰まる。
このままでは仕事に支障が出る。というか仕事自体が行えない。
何よりも、第二の人生なぞを今から歩んで琥珀を待たせたくはない。
けれど解決策が浮かばないのだ。
昨日の夜のように、ただ眠ろうとしている。
「(…もし戻らなかったら)」
眠気を上回る不安が丈の胸に浮かぶ。
すると琥珀が打ち消すように丈の身体を抱き寄せた。
慰めの言葉は思いつかなかったのだろう。
共に横になって静かに抱き締める。
額に降る優しい口づけに、丈は鼻先を寄せた。
琥珀の甘い香りに包まれて、てっきり続きが落ちてくるものと期待をしたのだが。
しかし琥珀は、おやすみなさいとあっさり終了を告げた。
「…琥珀」
「ん…。おやすみ、丈兄」
「………。」
丈からすればこれではあまりにも不完全燃焼というか何というか。
不満をあらわに丈がじっと見つめていると、気配に気がついた琥珀がそおっと目蓋を開けた。
照れと困り顔の中間の表情を浮かべて視線を逸らす。
「琥珀」
「だ、だって…その…これ以上は……ね?」
「これ以上は、なんだ」
「…何かに目覚めちゃいそうで…」
「何か?」
「あん、もういいからっ。子供はもう寝る時間なのっ」
「子供じゃない」
不本意だとはっきり顔に出して、丈は琥珀の首筋に頭を埋めた。石鹸の香る白い肌に口づける。
「やっ…ひゃんっ、……ぅんっ…!」
くすぐったさと、ぞくりと感覚が奔って浮く腰に、琥珀は甘い悲鳴を抑えられない。
身体に触れるのは子供の手だが、手の置き方が、その…子供ではない。
「や、ぅ……だ、だめだってば…っ」
「どうしてだ」
「ど、どうしてって…っこれじゃ…犯罪っぽいもん…!」

む か 。

こちらだって好き好んで縮んだわけではないし中身はそもそも大人で第一に丸一日ずっと可愛い扱いをされて遭遇した部下にまで目線を合わせられたりとかフラストレーションが溜まっている。と。
丈の中でぷつりと切れた。
のしっと琥珀に乗っかると、拘束するべく手首を探す。
「きゃ、っ…ひゃんんっ、ふぁ……!」
「………っ」
ぺたぺた身体を探られる感触は、子供ながらの力の弱さも相まって絶妙に効いた。
琥珀はくすぐったさを堪えきれず悲鳴をあげる。
「ち、ちがっ、…そこ、だめ…っ」
「…手はどこだ…」
「やぁ、んっ!……もっ、ふっ……ふにゃーっ!」
失敗した丈の手が脇腹を通過してまさぐり、やっとのことで琥珀の手首をシーツに押しつける。
丈もまた、荒い息を吐きながら、手の力は緩めずに自身の身体を琥珀の上に、ふぅっと乗せた。
しかし。
「…?」
「あ、あれ?」
琥珀の手首を掴む指は骨がしっかりとして長い。
覆い被さる身体も、琥珀を隠すほど大きくて重たい。
乗っかるというよりも押し倒すという体で、琥珀の身体を脚の間に納めている。
「たっ、丈兄っ!戻ってる!」
「………」
思わず緩んだ拘束から琥珀の手が抜け出し、丈の顔を包んだ。
ぺたぺたと、今度は琥珀が丈の輪郭を触って、指先が優しく髪を梳いて撫でる。
なぜ戻ったのかはやはり判らない。
しかし、寝間着ならば大きくても構わないと、自分のスウェットを着ておいて良かったと丈は密かに思った。(借りた服と靴も朝一番に返却しようと心に決める)
丈は、深く深く息を吸い込んだ。
大人の身体での馴染んだ感覚を確かめる。
丈の下で手を伸ばす琥珀からも、ふぅと吐息が聞こえて、視線を合わせると大きな瞳がほっと和らぐ。
まるで狐につままれた気分だ。
丈は頬を撫ぜる琥珀の手に、自身の手を重ねた。
琥珀の華奢な手に守られるのではなく、自分の手がそれを包んでやれることに、深く安堵した。
「…じゃ、じゃあ…その……丈兄…」
恥じらうように瞳が揺れる。
その言葉を口にする前に、琥珀はこくりと喉を鳴らした。
「おやすみ…?」
「………」
明日も仕事があるのはお互い様だが。
なんだそれは。
「明日も早いし、寝ないと…たけ、に──きゃんっ!」
丈は琥珀を強く抱き寄せて、首筋をがじっと噛んだ。


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