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30センチ遠距離恋愛(前)

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朝、起きたら隣に寝ていたのは子供だった。
どうして?なんで?とパニックを起こす心を落ち着けて、琥珀はひとまず下着を探す。(だって…昨日はその…ね?)
最低限に肌を隠せる衣類を布団の中から目だけで探しながら考える。
「(…丈兄はもう起きたの?…ほんとに何?……なんで…)」
おそらく男の子と思われる子供が一緒の布団に入っている。
起こさないようにそぉっと布団を捲れば、なぜか琥珀と同様に裸で──…
「(…まって、待ってね……私は昨日、丈兄と一緒に帰ってきたの……丈兄も酔ってなかったし、私もしっかりしてたし)」
丈と一緒だったこともあって気持ちも高揚していたけれど、二人で帰宅した記憶は確かだ。その後の…記憶だって鮮明に残っている。なのに。
「(…この男の子は?…丈兄はどこ…?)」
うつ伏せの小さな頭がすうすうと寝息を立てている。
丈が招いたのだろうか?
ならば知り合い?
…そもそもどうして裸?
「(……うつ伏せに寝ちゃって………苦しくない…?)」
どこか親しみを覚える眠り方に琥珀が「…うん?」と首をかしげる。
子供がもそりと動いた。
「……ぅ、……ん、ん……」
琥珀の方へと顔を向けてうっすらと目を開く。
「…。琥珀……?…どうした…」
琥珀、と呼ぶ声に。
一重の三白眼に。
昨日の夜に散々に琥珀を啼かせた丈の姿が重なった。
…サイズはなぜか低学年ほどの少年で、声もやや高く、まさに幼少の頃の丈の姿だ。
驚いて瞳をまんまるくする琥珀を、小さな丈は眠気の残る顔で見あげて身体を起こした。
起きてもやはり身長差から、やや上を向くことになる。
「た、丈兄…?」
「……?」
「丈兄、ちいさい…っ!」
「………??」
丈はぺたぺたと己の身体に触れながら、自分の小さな手に、筋肉のない腹部に、頼りない下半身に。
不思議そうに口を閉ざした。


「…どうしたんだろうな…一体…」
子供服に身を包んだ丈がストローで、ずず…とアイスコーヒーを啜る。
「私にも…さっぱり…」
カウンター席の隣に座る琥珀の前にも、グラスに水滴のついたアイスコーヒーが置かれている。
今の二人は買い物に出掛けて、その途中。
ファーストフード店で昼食を摂るところだ。
朝、目覚めの動揺から脱した丈と琥珀はベッドの上で事態を確認し合った。
なぜ丈の姿が子供になってしまったのか、どうすれば元に戻るのか、しかしいくら考えても答えは見つからなかった。
時間だけが無為に過ぎてゆく。
結局、二人は普段通りに過ごそうと決めた。(子供服と靴は琥珀が隣のご家族からお借りした)
「あ、丈兄。ミルクとガムシロップは?取ってくる?」
「いや…。今日はこれでいい」
そう?と首をかしげる琥珀に、丈はこくりと答えた。
いつもは琥珀に付き合ってブラックだったり、疲れた時には甘さを追加することもある。
だが今日は丈はブラックを選択する。
子供の姿になってしまったことへの小さな抵抗もあったと思う。
丈は琥珀に気づかれないように嘆息した。
琥珀は色々と心配してくれているが、中身は大人のままなのだから、そんなに気を使われても気恥ずかしい。
むしろ、くすぐったいだけだ。
「(ああ……足もつかないな…)」
固定されたカウンター席が普段より高いことにも、一抹の侘しさを感じる。
丈が手持ち無沙汰に足を揺らすと、間もなく店員が注文のバーガーセットを運んできた。
食べるのは丈だけなので一人分。
子供の胃袋を考慮して量も抑えた。しかし、
「…。多くない?食べられる?」
具のしっかりしたハンバーガーとオニポテのセットは、今の丈と比較すると完全に山だった。
「………平気だろう」
たぶん。
…そう答えたものの数分後。
食べ進める丈のペースは落ちつつあった。
「丈兄、大丈夫?」
「………」
「お腹一杯だったら無理しないでね…」
琥珀は暗に残したほうが良いと勧めるも、注文したのは自分だ。(会計カウンターでも琥珀には頼まず、背伸びをして自分で伝えた)
子供扱いされることに意地を張ったことは否めない。
「丈兄…」
バーガーをやっと胃に納めて、オニオンフライとポテトも小さな山になった頃、琥珀の手が伸びた。
「私も食べるの手伝ってあげる」
「…!」
いつもなら、止せ、と素早くポテトを取り上げる丈だが、今は腕の長さが足りなかった。
「琥珀」
「や」
「ポテトを返せ」
「食べちゃったもん」
「…腹を壊す」
「丈兄こそ」
むむむ、と睨みあう丈と琥珀。
その様子はポテトを奪い合う姉と弟のようにしか見えない。


琥珀の右手には買い物袋。
左手は丈の手と繋がれて。
買い物を済ませた琥珀と丈は歩道を歩いている。
はじめに道路側を歩いていたのは丈だったが、途中で入れ替わった。
きっかけは琥珀のお願いからだ。
「丈兄、あのね……手を繋いでもいい…?」
二人で外を歩く時にそうすることは少なくない。
特に疑問もなく丈が頷くと、琥珀はするりと道路側に回り込んで丈の手を取った。
「………」
押し黙ったまま丈が見あげると、琥珀はぎゅ、と繋いだ手を握る。
「今は私の方が大きいから」
ね?と小首を傾げられて、丈は仕方なく了承した。
どうあがいても丈の背丈は子供で、どちらが守られる存在なのかは一目瞭然だ。
せめて荷物を持つと丈は伝えたが、琥珀は今だけだからと買い物袋を隠すように遠ざけた。
「それぐらいの荷物なら持てるぞ」
「確かにそんなに重くはないけど…」
でもだめです、と返事はつれない。
丈が無表情に不満を滲ませると、琥珀はくすくす笑う。
「丈兄は、私が小さい時から丈兄だったんだもん」
丈と琥珀には年齢の差がある。
一般的に、男子に比べて女子の方が成長は早いものではあるが、それでも二人の年の差は大きかった。
「私がお姉さんになれるのは、たぶん、今だけだから」
今だけの時間を楽しむように、繋いだ手をゆらゆらと揺らした。
「……。もしかしたら、戻らないかもしれないぞ」
丈にとって考えたくはない仮定だが、原因が判らない以上は有り得ない話とも言い切れない。しかし琥珀は、
「それは…考えてなかったなぁ…」
丈兄は戻れると思ってるから、と前置いて、面白いことを思いついたように表情を明るくする。
「このままだったら…私、姉さん女房になるのかな?」
「……そうだな」
「えへへ」
お仕事頑張って丈兄に食べさせたげるからね、と琥珀は胸を張った。
それは姉さん女房というよりも保護者では…と丈は思ったが黙っていた。
この身長差では、いくら見栄を張っても頭を撫でられるのがオチだ。
未だに戻る気配の無い身体を丈は眺めた。
…今、すぐに戻られてもそれはそれで困るが。
小さな頭で悩む丈とはうって変わって、琥珀は上機嫌でゆったりと歩いている。
「(……同じ早さに…?)」
気がついた丈が琥珀を見あげた時、別の声が琥珀を呼び止めた。
「おーい、琥珀ちゃん。こっちこっち──」
周囲を探した琥珀の瞳が道の反対側に倉元を見つける。
「──倉元さん?」
「…」
CCGのコートを羽織った倉元と、他二名の捜査官が立っていた。二人に何かを告げて倉元が道を渡ってくる。
「お疲れさまです、倉元さん。捜査ですか?」
「ちょっとした調査かな。そっか、琥珀ちゃんも今日は休みなんだっけ」
聞き込みの最中だという倉元は、ついでに琥珀にも幾つかの質問をして仕事の話を切り上げた。
「タケさんが住んでるのってこの辺だったんだ」
プライベート知っちゃったと呟きながら、琥珀の隣にいる丈に気がつく。
「あれ?その子、もしかして──」
びくっ、と琥珀の肩が跳ねた。
丈の三白眼が倉元を見あげる。
倉元の細い目がじっと思案する。
「…琥珀ちゃんの隠し子?」
「ぅえっ!?」
「違う」
「だよね」
どこか安心したように、倉元はうんうんと頷いた。
「ちょっとタケさんに似てるような気がしたんだけど…やっぱ違うか」
年を数えるように考えながら、琥珀と小さな丈とを見比べる。なな、はち、と指を折る。
「あ、でもギリギリいけるか…」
「何がだ」
「あはは、何でもないよ。……君さ、どっかで俺と会ったこと、ある?」
「無い」
さらっと否定した丈は、これ以上の質問は受け付けないという淡々とした表情で倉元へ返した。
それでも記憶を探る倉元を、琥珀は慌てて止めた。
「あ、あぅ…その…し、親戚?の子の面倒とか、見てほしいってた、頼まれまして昨日とつぜん──っ」
「琥珀ちゃん、動揺スゲェ」
「………。」
挙動不審を体現したような角張った動きで倉元に説明をする。
琥珀が隠しごとや誤魔化しが苦手なのは、親しい者であれば知っていることだ。
倉元は、まぁ色々あるよね、と深くは訊ねなかった。
「…ごめんなさい…えっと………色々ありまして…」
琥珀のひどい狼狽えっぷりに倉元はまた笑い、「じゃあ俺は仕事に戻るから」と答える。
立ち去る前に、少し背中を屈めて丈に言う。
「このお姉さん、ちゃんとしてるみたいだけど危なっかしいから。君が守るんだぜ?」
「そのつもりだ」
「しっかりした子だなぁ」
倉元が同僚の元へ戻っていき、琥珀はほっと胸を撫で下ろした。
「深く聞かれなくてよかったぁ…」
「………」
「ん?なに、丈兄?」
「…いや」


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